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#28.一難去ってまた一難



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 こういうのを一難去ってまた一難っていうのか。

 赤坂のおばばに、あの噂好きのおばばに、ミナが見つかってしまった! 


「もしかしてハジメくん、カノジョができたの?」

「ち、違うよ!」


 そして必ずこういう誤解をする。


「彼女? 代名詞的には私は彼女でよいはずだが?」


 横で聞いていたミナが言う。


「やっばりカノジョね! ハジメくん照れ屋だから」


 あああ…! やっぱりこういう展開になったぁ!


「ここではなんだから、中に入って!」


 と、おばばを茶の間に誘導し、


「クマちゃん、おばばの相手してて」


 と、小声で頼み、オレたち三人はキッチンに入った。


「どうやってごまかす?」

「問題があるのか?」


 どうして? という顔でミナが聞く。


「ウチのおばばは噂好きなのですよ。昔、自転車で転んでケガした時、オレAB型だからって輸血の血が足りないかも…って知り合い中に聞いて騒ぎになりまして」


 小学四年か五年の時だったな。転んだ時にツブみたいな石のカケラで切ったんだ。

 ジョージの頭から後から後から血が出てびっくりした。幸い、出血の割りにケガはたいしたことなくて、絆創膏貼って終わり、という程度。輸血どころか縫うこともなかった。


「女の子二人と話してただけで、ウチのアキラはモテモテだって噂になったこともあった」

「高二の時だよな。三人で同人誌作ろうとしていて、噂のせいでポシャったんだっけ?」

「いや、空中分解した原因は、腐女子二人が推しカプを巡って争ったからだ」

「……よく分からないが、おばば殿に、私の正体が知られるとマズいということなんだな?」


 困惑した顔でミナが言う。

 血液型だの推しカプだのは、異世界の人には説明が難しいので放置しておく。


「おばばが噂を広めたら、姫のことが警察にまで知られるかもしれない。それはマズいでしょう」

「そうだな……」


 ミナはイマイチ納得していない様子だった。


「ラファナード──ミナの国はヨーロッパの小国ってことにしたらどうだ?」

「スマホやPCで検索されたらアウトだ」


 オレのアイデアに、ジョージが首を振る。


「おばばがスマホ?」

「令和のジジババ舐めるな。昭和や平成と違い、スマホも使えばゲームもするぞ」


 さすが二一世紀。そういやSNSで、「ウチの祖母がネトフリでアニメにハマっている」とか見た記憶もある。


「じゃあどこか適当な国するか。──ミナの国ってどんなところ? 暑い? 寒い? 森とか湖は多い少ない?」

「そうだな…気候は穏やかだ。帝都は海に面した美しい街だ。建物の多くは白い壁と赤い瓦屋根で、それが青い空と海に映えている」

「取りあえず、クロアチアにしとこう!」


 ジョージが声を上げた。


「どこだっけ?」

「イタリアの横だ。首都のザグレブは、魔女宅や進撃の舞台のモデルになった街だ」


 クロアチアの人には申し訳ないが、ヲタ二人の認識はそんなものなのだ。後で調べたらサッカーが強いとか、ニコラ・テスラが生まれた国とか、色々出て来て驚いた。


「……気が進まぬな」

「姫の事情を話せば、おばばは噂を広めてしまいます。〈ゲート〉──世界の危機なんて話しが広がったら、太刀川、いや日本中がパニックになります」


 ミナはまだ引っかかっているようだが、ジョージも譲らない。


「うまくごまかせるかな? あれでおばばは鋭いところがあるし」

「ごまかすんだよ。姫のため、世界のために」


 不安なオレに、ジョージは力説した。


 そうだな。ミナの安全、パニックを起こさせないためにも、ごまかすしかないんだ。



     2



 お茶を淹れて、三人で茶の間に入ると、おばばはクマちゃん相手に「せっせっせーのよいよいよい」と遊んでいた。


「あら、ありがとう」


 おばばはお茶を一口飲んで、興味津々な顔でミナのほうを見た。


「それで、こちらの娘さんはどなた?」

「ミナ・リリア・ラファナードだ。よろしく、赤坂のおばば殿」


 軽く会釈してミナが言う。


「アキラの祖母です。よろしく」


 ニコニコしておばばがミナを見る。


「どちらからいらしたの?」

「それは……」


 おばばの問いに、ミナはちらりとジョージを見た。


「クロアチアだよ」


 慌ててジョージが答える。


「まあまあ、それは遠いところから。クロアチアのどちら?」

「それは……」


 またミナがジョージを見る。


「ザグレブだよ。首都の」


 ジョージが答える。


「どうしてアキラが答えるの?」


 おばばが不満そうに言う。ミナと話したくてウズウズしているのだろう。


「それは──」

「ミナは、日本語があまり上手くないから」


 思わず、口ごもったジョージの代わりにオレが言う。


「そうね。かわいらしい声なのに、時代劇のお侍みたいな話し方ね」

「日本語を習った先生が特殊でさ!」


 ミナが何か言う前にジョージが答えた。


「日本に来る外国の人の中には、アニメとかで日本語覚える人がいるんだよ」

「そうね、ネットでそんなニュースを見たわ」


 うげっ! おばば、ネットの記事なんかも見てるのか! ジョージが言う通り、令和の年寄りは侮れない。


「日本へは観光? それとも留学かしら?」

「仕事…だな」


 違法な魔力の井戸の調査をしていたら、それが暴走して世界をつなぐ〈ゲート〉になり、こっちに飛ばされた…のだから、仕事といえば仕事である。


「まあ、若いから学生さんだと思ったけど、お仕事されているのね。どんなお仕事?」

「調査…だな」


 こっちに来た魔物や、〈ゲート〉を探しているのだからウソじゃない。


「日本の文化やなんかの研究してるんだよ」

「あらまあ、研究者さんなのね」


 ジョージのデマカセに、おばばは目を丸くして感心した。と、思ったら──


「で、本当のところは?」


 厳しい目で、おばばがオレたちを見つめた。


「ほ、本当って?」

「アキラ、あなたウソつくと貧乏揺すりするクセがあるの。気づいてないのね」


 げっ! ハナから見破られていたのか!



     3



「な、ななななんのことかなぁ?」

「往生際の悪い。ホントのことを話しなさい」


 必死にとぼけようとするジョージに、おばばが迫る。


 もう、どうにもならない。ミナのこと、〈ゲート〉のことを話すしかない。でも、噂になるのはマズい。だったら──


「ジョージ、小細工はやめよう」

「イッチ!」


 驚くジョージからおばばに視線を移し、


「正直に話すよ。おばば、ミナの故郷はクロアチアじゃない」

「では、どちら?」

「それは……言えない」


「「「えっ?」」」


 おばばだけでなく、ジョージとミナも驚き、戸惑いの声を上げた。


「詳しくは話せないけど、ミナはある事情があって、オレの家で暮らしている」

「まあ! 同棲!」


 両手を口に当て、目を輝かせるおばば。


 しまった、そこに食いつくのか。でも、もう続けるしかない。


「このことは、他の人には黙っていてほしい。誰かに知られると、ミナが困ったことになるんだ」

「困ったこと…国際問題?」


 常識的にはそう考えるよな。そう考えてくれたほうが都合がいい。オレは否定せず、


「それは言えない。でも、けっして悪いことをしているわけじゃないんだ。オレたちを信じて、ミナのことは追求しないでほしい」


 そう言って、オレはおばばに頭を下げた。


 おばばは、しばらく黙っていたが、


「ハジメくんを信じるわ。ミナちゃんのことは詮索しない」


 と、言ってくれた。


「SNSに書くのもダメだよ?」


 ジョージが釘を刺す。


「飽きたからもうやってないわ。今はサークルの仲間と連絡に使うくらいよ」


 SNSやってたのか。令和の六十代、侮れないな…。


「ミナちゃん」


 おばばはミナに向き直り、言った。


「ハジメくんはちょい不器用で、おバカで妄想癖があるけどよい子なの。ウチのアキラは、ヲタクでお調子者だけど、友だち想いの優しい子よ。二人と仲良くしてあげてね」

「うむ、ハジメは知恵があり、誠実だ。ジョージは明敏で思慮深い。私は、ふたりと出会い、親しくなれた幸運に感謝している」


 ミナが答える。

 まっすぐ誉めまくるミナに、ちょっと気恥ずかしい。


 これでなんとか、ミナのこと、〈ゲート〉のことが広まるという危機は脱した。


「ハジメは良き人々に囲まれているのだな」


 ジョージの車でおばばが帰って行くのを見送ったあと、ミナが言った。


「めんどくさいと思うこともあるけどね」


 照れくさいので、そう言った。


 茶の間に戻ると、オレのスマホにメッセージが届いてた。


「おばばから?」


 メッセージの中身は、


「──公園のボランティアが足りないの。今度、ミナちゃんと手伝いに来てくれると助かるわ」


 と、いうものだった。


 また厄介なことが起きるような予感……。


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