1
こういうのを一難去ってまた一難っていうのか。
赤坂のおばばに、あの噂好きのおばばに、ミナが見つかってしまった!
「もしかしてハジメくん、カノジョができたの?」
「ち、違うよ!」
そして必ずこういう誤解をする。
「彼女? 代名詞的には私は彼女でよいはずだが?」
横で聞いていたミナが言う。
「やっばりカノジョね! ハジメくん照れ屋だから」
あああ…! やっぱりこういう展開になったぁ!
「ここではなんだから、中に入って!」
と、おばばを茶の間に誘導し、
「クマちゃん、おばばの相手してて」
と、小声で頼み、オレたち三人はキッチンに入った。
「どうやってごまかす?」
「問題があるのか?」
どうして? という顔でミナが聞く。
「ウチのおばばは噂好きなのですよ。昔、自転車で転んでケガした時、オレAB型だからって輸血の血が足りないかも…って知り合い中に聞いて騒ぎになりまして」
小学四年か五年の時だったな。転んだ時にツブみたいな石のカケラで切ったんだ。
ジョージの頭から後から後から血が出てびっくりした。幸い、出血の割りにケガはたいしたことなくて、絆創膏貼って終わり、という程度。輸血どころか縫うこともなかった。
「女の子二人と話してただけで、ウチのアキラはモテモテだって噂になったこともあった」
「高二の時だよな。三人で同人誌作ろうとしていて、噂のせいでポシャったんだっけ?」
「いや、空中分解した原因は、腐女子二人が推しカプを巡って争ったからだ」
「……よく分からないが、おばば殿に、私の正体が知られるとマズいということなんだな?」
困惑した顔でミナが言う。
血液型だの推しカプだのは、異世界の人には説明が難しいので放置しておく。
「おばばが噂を広めたら、姫のことが警察にまで知られるかもしれない。それはマズいでしょう」
「そうだな……」
ミナはイマイチ納得していない様子だった。
「ラファナード──ミナの国はヨーロッパの小国ってことにしたらどうだ?」
「スマホやPCで検索されたらアウトだ」
オレのアイデアに、ジョージが首を振る。
「おばばがスマホ?」
「令和のジジババ舐めるな。昭和や平成と違い、スマホも使えばゲームもするぞ」
さすが二一世紀。そういやSNSで、「ウチの祖母がネトフリでアニメにハマっている」とか見た記憶もある。
「じゃあどこか適当な国するか。──ミナの国ってどんなところ? 暑い? 寒い? 森とか湖は多い少ない?」
「そうだな…気候は穏やかだ。帝都は海に面した美しい街だ。建物の多くは白い壁と赤い瓦屋根で、それが青い空と海に映えている」
「取りあえず、クロアチアにしとこう!」
ジョージが声を上げた。
「どこだっけ?」
「イタリアの横だ。首都のザグレブは、魔女宅や進撃の舞台のモデルになった街だ」
クロアチアの人には申し訳ないが、ヲタ二人の認識はそんなものなのだ。後で調べたらサッカーが強いとか、ニコラ・テスラが生まれた国とか、色々出て来て驚いた。
「……気が進まぬな」
「姫の事情を話せば、おばばは噂を広めてしまいます。〈ゲート〉──世界の危機なんて話しが広がったら、太刀川、いや日本中がパニックになります」
ミナはまだ引っかかっているようだが、ジョージも譲らない。
「うまくごまかせるかな? あれでおばばは鋭いところがあるし」
「ごまかすんだよ。姫のため、世界のために」
不安なオレに、ジョージは力説した。
そうだな。ミナの安全、パニックを起こさせないためにも、ごまかすしかないんだ。
2
お茶を淹れて、三人で茶の間に入ると、おばばはクマちゃん相手に「せっせっせーのよいよいよい」と遊んでいた。
「あら、ありがとう」
おばばはお茶を一口飲んで、興味津々な顔でミナのほうを見た。
「それで、こちらの娘さんはどなた?」
「ミナ・リリア・ラファナードだ。よろしく、赤坂のおばば殿」
軽く会釈してミナが言う。
「アキラの祖母です。よろしく」
ニコニコしておばばがミナを見る。
「どちらからいらしたの?」
「それは……」
おばばの問いに、ミナはちらりとジョージを見た。
「クロアチアだよ」
慌ててジョージが答える。
「まあまあ、それは遠いところから。クロアチアのどちら?」
「それは……」
またミナがジョージを見る。
「ザグレブだよ。首都の」
ジョージが答える。
「どうしてアキラが答えるの?」
おばばが不満そうに言う。ミナと話したくてウズウズしているのだろう。
「それは──」
「ミナは、日本語があまり上手くないから」
思わず、口ごもったジョージの代わりにオレが言う。
「そうね。かわいらしい声なのに、時代劇のお侍みたいな話し方ね」
「日本語を習った先生が特殊でさ!」
ミナが何か言う前にジョージが答えた。
「日本に来る外国の人の中には、アニメとかで日本語覚える人がいるんだよ」
「そうね、ネットでそんなニュースを見たわ」
うげっ! おばば、ネットの記事なんかも見てるのか! ジョージが言う通り、令和の年寄りは侮れない。
「日本へは観光? それとも留学かしら?」
「仕事…だな」
違法な魔力の井戸の調査をしていたら、それが暴走して世界をつなぐ〈ゲート〉になり、こっちに飛ばされた…のだから、仕事といえば仕事である。
「まあ、若いから学生さんだと思ったけど、お仕事されているのね。どんなお仕事?」
「調査…だな」
こっちに来た魔物や、〈ゲート〉を探しているのだからウソじゃない。
「日本の文化やなんかの研究してるんだよ」
「あらまあ、研究者さんなのね」
ジョージのデマカセに、おばばは目を丸くして感心した。と、思ったら──
「で、本当のところは?」
厳しい目で、おばばがオレたちを見つめた。
「ほ、本当って?」
「アキラ、あなたウソつくと貧乏揺すりするクセがあるの。気づいてないのね」
げっ! ハナから見破られていたのか!
3
「な、ななななんのことかなぁ?」
「往生際の悪い。ホントのことを話しなさい」
必死にとぼけようとするジョージに、おばばが迫る。
もう、どうにもならない。ミナのこと、〈ゲート〉のことを話すしかない。でも、噂になるのはマズい。だったら──
「ジョージ、小細工はやめよう」
「イッチ!」
驚くジョージからおばばに視線を移し、
「正直に話すよ。おばば、ミナの故郷はクロアチアじゃない」
「では、どちら?」
「それは……言えない」
「「「えっ?」」」
おばばだけでなく、ジョージとミナも驚き、戸惑いの声を上げた。
「詳しくは話せないけど、ミナはある事情があって、オレの家で暮らしている」
「まあ! 同棲!」
両手を口に当て、目を輝かせるおばば。
しまった、そこに食いつくのか。でも、もう続けるしかない。
「このことは、他の人には黙っていてほしい。誰かに知られると、ミナが困ったことになるんだ」
「困ったこと…国際問題?」
常識的にはそう考えるよな。そう考えてくれたほうが都合がいい。オレは否定せず、
「それは言えない。でも、けっして悪いことをしているわけじゃないんだ。オレたちを信じて、ミナのことは追求しないでほしい」
そう言って、オレはおばばに頭を下げた。
おばばは、しばらく黙っていたが、
「ハジメくんを信じるわ。ミナちゃんのことは詮索しない」
と、言ってくれた。
「SNSに書くのもダメだよ?」
ジョージが釘を刺す。
「飽きたからもうやってないわ。今はサークルの仲間と連絡に使うくらいよ」
SNSやってたのか。令和の六十代、侮れないな…。
「ミナちゃん」
おばばはミナに向き直り、言った。
「ハジメくんはちょい不器用で、おバカで妄想癖があるけどよい子なの。ウチのアキラは、ヲタクでお調子者だけど、友だち想いの優しい子よ。二人と仲良くしてあげてね」
「うむ、ハジメは知恵があり、誠実だ。ジョージは明敏で思慮深い。私は、ふたりと出会い、親しくなれた幸運に感謝している」
ミナが答える。
まっすぐ誉めまくるミナに、ちょっと気恥ずかしい。
これでなんとか、ミナのこと、〈ゲート〉のことが広まるという危機は脱した。
「ハジメは良き人々に囲まれているのだな」
ジョージの車でおばばが帰って行くのを見送ったあと、ミナが言った。
「めんどくさいと思うこともあるけどね」
照れくさいので、そう言った。
茶の間に戻ると、オレのスマホにメッセージが届いてた。
「おばばから?」
メッセージの中身は、
「──公園のボランティアが足りないの。今度、ミナちゃんと手伝いに来てくれると助かるわ」
と、いうものだった。
また厄介なことが起きるような予感……。