1
ジョージがクリッパーバンをとばし、大急ぎで駐車場から離れる。
スクラップ同然に大破してたのにエンジンは快調、ちゃんと走っている。
途中、自販機のところでクマちゃんを回収した。
自販機の残骸の影に隠れていたヤツは、ミニバンが停まってドアが開くや、さっと飛び込んで来た。
「そうだ、オレのスマホは──」
オレの言葉が終わらないうちに、クマちゃんがスマホを差し出した。自分が入っていた紙袋も回収するあたり、抜け目ないヤツだ。
「ありがとう」
お礼を言うと、クマちゃんは、プラスチックの眼を輝かせ、ドヤって胸を反らした。
「まんま魔法少の変身シーンを拝めるとは…! ああ動画撮っておくんだった!」
「盗撮なんかしたらミナに成敗されるぞ?」
ハンドルを握りながら大興奮のジョージに、オレはそっと忠告した。と言いながら、オレもミナのヌ…もとい、変身シーンが脳に焼き付いていたのだけど。
「ふたりとも、何をそんなに興奮しているのだ?」
後席からミナが言う。
お約束の変身シーンを見たから…と、つい言いかけて、
「それはさておき、あれはどういう仕組みなんだ?」
質問に言い直した。
「剣と鎧に装備召喚の魔法を掛けておいたのだ」
「あ、いつか装備に魔法かけていた。あれか!」
思い出した。
探索に出る前、ミナが甲冑と剣に魔法をかけていた。
そういや、その後「今回は備えがある」と言っていたっけ。
「じゃあ、さっきまで着ていた服は?」
「これと入れ替わりにハジメの家にある」
バックミラーの中、ミナが自分の甲冑を指差して言った。
「アポートではなく、入れ換え型のテレポートか!」
と、ジョージがまた興奮する。
前にジョージとみた古いSFアニメにあったな。テレポートは空間転移ではなく、物質と物質を入れ換えるというのが。ミナの変身──装備召喚も同じようなものらしい。
「一方通行っていうのは、そんな理由があったんだ」
「うむ。だから着替えを用意してある」
と、ミナは後席で
「車を停めます!」
キキィーッ! と、ブレーキ音を立ててグリッパーバンが急停止した。あやうく後ろにいた車がぶつかりそうになる。
路肩に寄せたクリッパーバンの横を、文句のクラクションを鳴らして後続車が通りすぎていった。
「どうした?」
「姫はお気になさらずに!」
「オレたちは外にいるから、ゆっくり着替えて」
首を傾げるミナに、ジョージとオレは急いで車から降りた。
変身シーンを見ておいて、今さら着替えなんかと思うかもしれないけど、アレはアレ、コレはコレである。ミナみたいな美少女が、目の前でお着替えされたら困ってしまう。
「姫には羞恥心がないのか?」
「オレもそう思うことがある」
……いや、ないわけじゃないな。
いつか、腕を組んでオレがパニクった後、ミナも照れていた。
「多分、姫だし、戦士だし、下着を見られるくらいは気にしないって感じじゃないかな」
お姫さまってメイドが着替えとか風呂とか手伝ったりするイメージがある。またミナの話しからすると何度も戦場に出ているという。戦場とか軍隊とかにプライバシーはないからな。
そんなことをジョージと話していると、ミニバンのドアが開き、
「待たせたな」
ジャージ姿になったミナが現れた。髪はブロンドでツインテ。オレにとって見慣れたミナの姿だった。
2
車に乗り込んで、今後のことを相談する。
「あの魔物──グリムリは死んだんだよね?」
「ああ、間違いない。しかし〈ゲート〉がある以上、また別の魔物が現れるやもしれぬ」
ミナが答える。
「ヤツが最後の一体とは限らない…ってヤツか」
ハンドルを握るジョージが嬉しそうに言う。一度言ってみたかったんだな、このセリフ。
「なるべく早く〈ゲート〉を見つけ、閉じねばな」
一方、ミナの声は真剣そのものだった。
「〈ゲート〉を閉じるってどうやって?」
「〈ゲート〉となっているマナウェル──魔力を湧出する井戸を処理するのだ。不安定なもの故、破壊したほうが早いかもしれぬな」
「その〈ゲート〉を破壊したら姫は…!」
「そなたらとはお別れになるな」
バックミラーの中で、ミナがさびしそうに笑って言う。
そうだ。そうだった。
〈ゲート〉を見つけるのは、ミナが元の世界に還るためだ。そして〈ゲート〉を閉じれば、ミナとは二度と会えなくなる。
そう思っただけで、なんか胸が苦しくなってきた……。
「〈ゲート〉は閉じなきゃダメなのかな? 魔物がこっちに来ないよう結界とか張ったりとかは?」
「できなくはない。だが〈ゲート〉の存在は魔物以上に危険なのだ」
「危険って?」
「私の世界とハジメたちの世界、どちらかが滅びることになる」
「「ええっ!?」」
オレとジョージが同時に声を上げた。
驚いた拍子にジョージがまた急ブレーキをかけ、ミニバンが停止した。
「滅びるって、マジで?」
「二つの世界が〈ゲート〉で結ばれると、魔力の流入が起きる。高いほうから低いほうに流入する魔力は、魔力の低い方の世界を侵蝕し、ついには崩壊させてしまう。個人でマナウェルを作ること、〈ゲート〉か禁忌とされる所以だ。〈ゲート〉は世界を滅ぼすのだ」
そんなことが…!
「ミナからみて、どっちの世界が魔力が低いと思う?」
おそるおそる、オレは尋ねた。
「……こちらの世界だ。〈ゲート〉を閉ざさぬ限り、いつかこの世界は滅びる」
ミナの答えに、オレとジョージは声も無かった。
とんでもないことになった。
単にミナが還る、還れないの問題じゃない。この世界が滅びるおそれがあるのか…!
「そう深刻になるな。今日明日、世界が滅ぶということではない。何年、もしかしたら何十年か先のことだ」
「なんだ」
「ビビったぁ…!」
オレとジョージは大きく息を吐いた。
「だが、放置しておくのは危険だ。世界の崩壊、その前兆ともいうべき異変でも、大きな災害が起きる可能性があるからな」
「発光現象やUFOの記事には注意しようぜ」
「ああ」
何も変わらないいつもの街並み。
この街が、いやこの世界が終わる……。
それを防ぐことができるのは、オレたち三人だけなのだ。
しばらくして、オレの家に着いた。
「せっかくだ。メシ食ってけよ」
車を降りたところでジョージに言う。
「おお、それは有り難い」
「コメか? 夕食はコメを食べるのか?」
ジョージ、そしてミナが言う。
そんなに楽しみにしてもらうと、嬉しくなってくる。
じゃあ晩メシは何を作ろうかな。
世界の危機は深刻だが、腹が減っては戦はできぬ、だからな。
ポケットから玄関の鍵を取り出した時だ。
「あらあらハジメくん、お出かけしていたの?」
という声が、後ろからかかった。
振り向くと、赤坂のおばばだった。
「おや、外国の娘さん?」
ミナを見て、おばばが目を丸くする。
マズい! おばばにミナが見つかってしまった!