1
朝の修行が終わり、ミナと交代でシャワーを浴びる。
「待たせたな」
茶の間に戻ってきたミナ。ジャージから、Tシャツとホットパンツといういつもの格好に着替えている。
まだちょっとだけ濡れているブロンドの髪。それがなんともセクシーである。
「じゃあオレも」
着替えを持って脱衣所へ。汗で濡れたジャージと下着を脱いで洗濯機に入れる。
「あれ?」
そこで、ふと気がついた。
洗濯だ。
彼女が来て何日も経っているけど、服の洗濯について教えてなかったぞ。
まさか同じ下着を着続けている? それとも、汚れた下着は寝室に放置してるとか?
ダメだ! 美少女がそんなことダメだろ!
オレは大急ぎでシャワーを浴びると、服を着てミナのいる茶の間に。
「ミナ! 汚れものはどうしているの?」
「汚れものだと?」
ミナはかわいく首をかしげた。
「こちらに来て、まともな戦いをしておらぬ故、穢れを落とす必要はなかったのだが」
「けがれ?」
汚れとはニュアンスが違うような。
「具体的には血だな。相手によっては怨嗟の念もあるが」
ミナの言う「けがれ」とはそっちのことか。怨嗟の念とかあるのが厨二なファンタジーっぽい。
「そっちじゃなくて、お風呂とかで着替えるでしょ。それまで着ていた服はどうしているの?」
「洗浄しているぞ。まさか着の身着のままだと思っていたのか?」
「洗浄? 洗濯ではなくて?」
「同じことだろう? こちらの世界では違うのか?」
なんか話しが通じてない。オレはミナを脱衣所に連れて行って説明した。
「これが洗濯機といって、服を洗う機械だ」
ドラム式の洗濯機を見せて説明する。一台で洗濯と乾燥、両方ができるタイプである。
「これはそういう機械だったのか」
ミナが目を見張る。
「中で水が回り、服を洗うのだな? これは面白い」
「で、ミナのいう洗浄って?」
「そうだな」
そう言うと、ミナは洗面所のタオルを手に取り、歯磨き粉をその上に落とした。
「これを汚れものとする」
ミナがタオルを放り上げ、人差し指と中指を揃えた左手を向けた。
するとタオルが三つのリングに囲まれ、空中で停止した。よく見るとリングは魔法陣で、まるで原子核モデルみたいにくるくると回っている。
魔法陣は数秒で消え、タオルが落下する。それをミナが空中でキャッチした。
「見てみろ」
渡されたタオルを見て驚いた。
歯磨き粉が消えている。それだけじゃない。使ったタオル特有のにおいも消えていた。
「我が帝国では、水を使った洗濯は何百年も前に廃れている」
豊かな胸をそらしてミナが言う、ちょっと自慢げだ。
「すごい…まさに魔法だ」
これに比べたら、水を使った洗濯機なんて原始的だ。
「我らの世界に、こちらより優れている技術もあるのだな」
むう、なんか悔しい。
でも、ドヤるミナがかわいいから、まあいいや。なんて思っていたら、
「そうだ。これからはハジメの服も私が洗浄しようか」
とんでもないことを言い出した!
「そんな…ダメだよ!」
帝国の皇女さまに、オレのパンツなんか洗ってもらうわけにはいかない。おそれおおい、ていうかおそろしい。
「世話になっている礼だ。そのくらいさせてくれ」
「ダメだって!」
年頃の娘さんなら、洗濯物は父親とか兄弟と一緒にしないで! っていうのが定番じゃないか。
帝国の姫云々をおいといても、女の子に下着を洗ってもらうのは抵抗がある。
ミナにあきらめてもらうまで、この後数十分もかかった。
2
「なんだ、元気そうじゃないか」
洗濯のあれこれが片付いて間もなく、車でジョージがやって来た。
昨夜、魔法修行をショートカットしようとしたら死かけて
動けないってメールで伝えたので、食料を買ってきてくれたのだ。
「仕事休ませて悪いな」
「イッチの見舞いだと言ったら、速攻オッケーだったぞ」
ジョージのミニバン──クリッパーバンのバッグドアを開け、五キロ入り無洗米や乾麺、缶詰などが入ったダンボール箱を抱えて運ぶ。
「霊鎖を解いた効果が出ているな」
米などが入った段ボール箱は七、八キロはあるだろう。それをオレが軽々と持ち上げ、運ぶのを見てジョージが言った。
「このくらい軽々だぜ」
ふふん、と笑って応える。
以前なら持ち上げる時に「よいせっ、と」かけ声がいるくらいの重さだ。でも今のオレには、キャベツ一玉持つのと変わらない程度の重さだった。
「いや、そっちじゃなくて頭。後退していた生え際が戻っているぞ」
「そっち?」
いや、ある意味、身体能力が上がったことよりも嬉しいけどさ。ていうか、そんなに後退していたのか。
「食料なら、ウーバーでもネットスーパーでも使えばいいだろうに」
庭から縁側に向かいながらジョージが言う。玄関より縁側から運び入れたほうがキッチンに近いのだ。
「それ考えたんだけど、置き配OKのネットスーパーでも、初回は対面必須でさ。オレ、今朝までマジで動けなかったし」
近頃は配達員がSNSでおかしな投稿することもあるから、ミナを受け取りに出したくなかったんだ。まさかクマちゃんに受け取ってもらうわけにもいかないし。
「姫は魔法で変装できるんだろ? それじゃダメなのか?」
「あ……」
言われてから気づいた。その手があった。
「具合の悪い時は、良い知恵は浮かばないか」
硬直したオレにジョージが言った時、ミナが縁側に顔を出した。
「ジョージ、世話をかけるな」
「なんの。姫のため、
芝居がかって応えるジョージ。ノリノリでこの状況を楽しんでいるな。
キッチンに食材たちを運び、簡単に整理した後、ジョージが買ってきてくれたコンビニのサンドイッチで昼食となった。
「昼食はコメではないのか?」
「米は炊く前に、しばらく水につけておく必要があるんだよ。じゃないと美味しく炊けないんだ」
「なるほど」
残念そうにいうミナ。米飯に期待していたらしい。よし、次はがんばろう。
「調べてみたら、駅前でおかしなことが起きていたぞ」
昼食後、ジョージがタブレットを見せた。
それはSNSに上げられた動画だった。
スマホで撮影された縦長の画面では、駅の改札にある小さなドア──フラップドアというらしい、がバタバタと激しく動いていた。
別の動画は交差点の信号機だった。狂ったみたいに激しく、デタラメに点滅している。
「あの交差点だ。信号を付け替えてたのはこのせいか」
エリカさんと出くわし、暴れるクマちゃんを誤魔化そうとアドリブの腹話術をした、あの交差点だった。
「他にもオフィスのPC、防犯カメラ、エレベーターなんかの故障や誤作動が頻発しているらしい。ネットではサイバー攻撃との噂も流れているが……」
「グリムリの仕業だな」
ジョージの言葉に続けてミナが言う。
「こちらの機械に慣れる練習でもしているのだろう」
オレは、電動ハンマに取り憑いたグリムリを思い出した。
「だとしたら、ヤツはかなり上手く憑依できるようになっているよ」
「犠牲者が出る前に退治せねばな」
ミナとオレは目を合わせ、うなずきあった。
「もう一つ、気になるネタがある」
そう言ってジョージが見せたのは、色んなSNSのスクショだった。
「謎の発光現象やUFOを見たというカキコミをいくつか見つけた。バズるほど話題になっていないが、いずれも太刀川駅南側のようだ」
駅の南側といえば、ラブホ…じゃない、ミナがこちらに現れた場所だ。発光現象やUFOは〈ゲート〉と関係があるのかも知れない。
「まずは駅南側を中心に探すとするか」
かくしてオレたちは、ジョージのミニバンで南口へと向かった。