1
先日、ミナは素手で木刀を作った。
包丁で大根でも切るみたいに、ミナは素手で枝を切り落とし、樹皮をむいていった。
「ハジメも第一の霊鎖を解くことができればこのくらいできるぞ」
ミナはそう言った。
第一の霊鎖が解ければ、オレにもできるんだ。
──力がほしい。ミナの役に立つために。
「よし」
ジャージもパンツも脱いで、下半身むき出しで座る。
インパクトドライバーにドリルを付ける。
「……やるぞ!」
覚悟を決め、インパクトドライバーを構えた。と、そこに、くいくいと袖を引く者が。クマちゃんである。
オレを見上げ、クマちゃんは「やめろ」というふうに首を横に振った。
「裏技は良くないって? ミナのためだよ。このままじゃオレはミナの足手まといだ」
首を振るクマちゃん。
「またグリムリに襲われた時、お前やミナが一緒とは限らない。だろ?」
まだ渋る様子のクマちゃん。
「一度だけ、一度試すだけだから」
仕方ない…という感じで クマちゃんは引き下がった。
「よし!」
と、インパクトドライバーにツバをぺっぺっと吐きかけ、股間に向ける。
たしかこの辺り…うっかり外したら大事なアレが大変なことになってしまうぞ。慎重に、慎重に……。
……こつり。
ドリルの先が霊鎖に触れた。同時に、あの不思議な感覚が体内からわき上がる。
見える…アレに絡みつくようにとぐろを巻く、第一の霊鎖が。体液のついた道具触れている間、肉眼でも霊鎖が見えるのだ。
ドライバーのトリガーボタンに指をかけた。でも……。
「…っ!」
ちょっとでもズレたら…と想像したらおそろしくなった。思わずドリルを引っ込めてしまう。
トリガーを離せぱドリルの回転は止まる。でもわずかだがタイムラグがある。場所が場所だけに、一瞬でも当たったら大惨事だ。
「いやいや! 日和ってんじゃねぇ! 覚悟を決めろ!」
役立たずのままでいいのか! 霊鎖を解いてレベルアップするんだ!
何度目かの覚悟を決め、霊鎖にドリルを押しつける。万が一のことを考えて、なるべく端っこのほうに……。
手が汗でびっしょりだ。 その汗を上衣でぬぐい、再びインパクトドライバーを構える。
「ゆくぞ…!」
ぎゅいーん! モーターの回転音がおそろしい。
震動する電動ドライバーを両手でつかみ、ドリルを霊鎖に押し当てる。
「お、おおおおっ!」
霊鎖を刺激された時に起きる、あの奇妙な感覚、その強いものがわき上がる。
ドリルの先がブレないよう、力を込めて押しつける。
奇妙な感覚が強くなる。前にペンチで断ち切ろうとした時とは段違いに強い。これはいけるか?
さらにドリルを押しつける。
でも、霊鎖は切れない。針金みたいに細いのに、どんだけ頑丈なんだ?
また手が汗ばんできた。霊鎖は…切れない。
ムリか? やはりこんな裏技で霊鎖は切れないのか?
──身体の内面を意識しろ。力の流れを感じるんだ。
突然、ミナがそう言っていたことを思い出した。
内面、力の流れ……。
ドリルが霊鎖にぶつかる震動。その震動で、尾てい骨の辺りにある力の塊が震えているのを感じる。
これを解き放つことができればいいのか? そう思った時──
霊鎖が弾け飛んだ。
「うおっ!?」
身体の深いところにあった塊が放たれ、身体を駆け上がって行く。
「お、おぉおおおお……」
それは、何かが螺旋を描いて背骨を駆け上って行くみたいな感じだった。
その力が上昇するにつれ、身体が熱くなってゆく。やがて脳に達した時、真っ白い光が頭の中に広がった。
そこで、オレの意識は途切れた。
2
意識が飛んでいたのは一瞬だった。
「はっ!」
すぐにオレは我に返り、飛び起きた。
クマちゃんがオレを心配そうに見ているのを感じる。
横を向くと、クマちゃんのプラスチックの眼が、心配そうにオレを見上げていた。
「え?」
視界の外にあったのに、オレは、クマちゃんがオレを見ていることを感じ取っていた?
何かが変わっていた。
自分の中で、変化が起きている。でもそれが何なのかわからない。
オレはパンツとジャージの下を履くと、庭に出てみた。
「おおお…!」
風が、光が、今までより鮮やかに感じられる。
電灯の下ではよくわからなかったけど、外に出てわかった。
星が鮮やかに見える。単に視力が良くなったというレベルじゃない。
輪郭はくっきりと、色は鮮やかに。例えるなら、地デジ以前の再放送ドラマと、現在の4Kで放送している作品くらいの差がある。
夜目も利いている。
灯りが届かない影になっている場所。以前のオレなら暗闇である場所も、影をすかし、うっすらとその中にあるものが見える。
「おおお?」
視覚が強化されたことを意識したら、身体が軽いことに気づいた。
なんだこれ?
身体がふわふわしてるみたいに軽い。力が湧いてくる…!
もう、空でも飛べそうだ!
「わぁ!?」
試しに、軽くジャンプしたら、三メートルくらい飛び上がった! 目線が、隣の家の二階の窓と同じくらいになった。
落下も奇妙だった。本来なら着地まで一秒もないはずなのに、二、三秒あったように感じられた。
これはクロックアップ! 脳の処理速度も上がっているのか!
「うひょお!」
調子に乗って、何度もジャンプしてみる。
三メートル、四メートルと軽々と飛び上がる。特撮ヒーローになった気分だ。
ようし…!
思いっきりジャンプしてみた。
「わわわっ!」
一〇メートルくらいの高さまで飛び上がった! さすがにこれはこわい!
クロックアップしているせいで、なかなか着地しない。それがまたこわい。
体感的に五秒くらい経って着地した。足首、膝に衝撃。思わず着いた膝が地面にぶつかった。
「いてぇッ!」
思わずもらした悲鳴。それがとんでもなく大きく聞こえた。
「……っ!!」
爆音上映の百倍くらい大きい。自分の上げた悲鳴の大きさに、耳が、頭が…ガンガンする!
とんでもない痛みに、頭を抱えて地面を転げまわる。すると──
「いいいっ!?」
今度は膝や足首がひどく痛みだした。
着地のダメージか? いや、膝、足首だけじゃない、全身が痛い。骨という骨、筋肉という筋肉が痛い!
まるで筋肉が骨を締めつけて砕こうとしているみたいな…!
ギシギシと骨が軋む音が聞こえる。筋肉が暴走しているのか?
「~~っ!」
激痛! もう悲鳴を上げられないほどの痛みだ。
心臓までバクバクいいはじめた。肺がキリキリと痛む。
もう身体中全部が悲鳴を上げている。
息…息が出来ない…っ!
し…死ぬのか…?
目の前が真っ暗になってきた。
この痛みが続くくらいなら、死んでもいいかもしれない……。
「ハジメっ!!」
意識が途切れる寸前、オレの名を呼ぶミナの声が聞こえた気がした。