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#22.一度だけ、一度だけだから



     1



 先日、ミナは素手で木刀を作った。

 包丁で大根でも切るみたいに、ミナは素手で枝を切り落とし、樹皮をむいていった。


「ハジメも第一の霊鎖を解くことができればこのくらいできるぞ」


 ミナはそう言った。


 第一の霊鎖が解ければ、オレにもできるんだ。


 ──力がほしい。ミナの役に立つために。


「よし」


 ジャージもパンツも脱いで、下半身むき出しで座る。


 インパクトドライバーにドリルを付ける。


「……やるぞ!」


 覚悟を決め、インパクトドライバーを構えた。と、そこに、くいくいと袖を引く者が。クマちゃんである。


 オレを見上げ、クマちゃんは「やめろ」というふうに首を横に振った。


「裏技は良くないって? ミナのためだよ。このままじゃオレはミナの足手まといだ」


 首を振るクマちゃん。


「またグリムリに襲われた時、お前やミナが一緒とは限らない。だろ?」


 まだ渋る様子のクマちゃん。 


「一度だけ、一度試すだけだから」


 仕方ない…という感じで クマちゃんは引き下がった。


「よし!」


 と、インパクトドライバーにツバをぺっぺっと吐きかけ、股間に向ける。


 たしかこの辺り…うっかり外したら大事なアレが大変なことになってしまうぞ。慎重に、慎重に……。


 ……こつり。

 ドリルの先が霊鎖に触れた。同時に、あの不思議な感覚が体内からわき上がる。


 見える…アレに絡みつくようにとぐろを巻く、第一の霊鎖が。体液のついた道具触れている間、肉眼でも霊鎖が見えるのだ。


 ドライバーのトリガーボタンに指をかけた。でも……。


「…っ!」


 ちょっとでもズレたら…と想像したらおそろしくなった。思わずドリルを引っ込めてしまう。


 トリガーを離せぱドリルの回転は止まる。でもわずかだがタイムラグがある。場所が場所だけに、一瞬でも当たったら大惨事だ。


「いやいや! 日和ってんじゃねぇ! 覚悟を決めろ!」


 役立たずのままでいいのか! 霊鎖を解いてレベルアップするんだ! 


 何度目かの覚悟を決め、霊鎖にドリルを押しつける。万が一のことを考えて、なるべく端っこのほうに……。

 手が汗でびっしょりだ。 その汗を上衣でぬぐい、再びインパクトドライバーを構える。


「ゆくぞ…!」


 ぎゅいーん! モーターの回転音がおそろしい。

 震動する電動ドライバーを両手でつかみ、ドリルを霊鎖に押し当てる。


「お、おおおおっ!」


 霊鎖を刺激された時に起きる、あの奇妙な感覚、その強いものがわき上がる。


 ドリルの先がブレないよう、力を込めて押しつける。


 奇妙な感覚が強くなる。前にペンチで断ち切ろうとした時とは段違いに強い。これはいけるか?


 さらにドリルを押しつける。

 でも、霊鎖は切れない。針金みたいに細いのに、どんだけ頑丈なんだ?


 また手が汗ばんできた。霊鎖は…切れない。


 ムリか? やはりこんな裏技で霊鎖は切れないのか?


 ──身体の内面を意識しろ。力の流れを感じるんだ。


 突然、ミナがそう言っていたことを思い出した。


 内面、力の流れ……。


 ドリルが霊鎖にぶつかる震動。その震動で、尾てい骨の辺りにある力の塊が震えているのを感じる。


 これを解き放つことができればいいのか? そう思った時──


 霊鎖が弾け飛んだ。


「うおっ!?」


 身体の深いところにあった塊が放たれ、身体を駆け上がって行く。


「お、おぉおおおお……」


 それは、何かが螺旋を描いて背骨を駆け上って行くみたいな感じだった。

 その力が上昇するにつれ、身体が熱くなってゆく。やがて脳に達した時、真っ白い光が頭の中に広がった。


 そこで、オレの意識は途切れた。



     2



 意識が飛んでいたのは一瞬だった。


「はっ!」


 すぐにオレは我に返り、飛び起きた。


 クマちゃんがオレを心配そうに見ているのを感じる。

 横を向くと、クマちゃんのプラスチックの眼が、心配そうにオレを見上げていた。


「え?」


 視界の外にあったのに、オレは、クマちゃんがオレを見ていることを感じ取っていた?


 何かが変わっていた。

 自分の中で、変化が起きている。でもそれが何なのかわからない。


 オレはパンツとジャージの下を履くと、庭に出てみた。


「おおお…!」


 風が、光が、今までより鮮やかに感じられる。

 電灯の下ではよくわからなかったけど、外に出てわかった。


 星が鮮やかに見える。単に視力が良くなったというレベルじゃない。

 輪郭はくっきりと、色は鮮やかに。例えるなら、地デジ以前の再放送ドラマと、現在の4Kで放送している作品くらいの差がある。


 夜目も利いている。

 灯りが届かない影になっている場所。以前のオレなら暗闇である場所も、影をすかし、うっすらとその中にあるものが見える。


「おおお?」


 視覚が強化されたことを意識したら、身体が軽いことに気づいた。


 なんだこれ?

 身体がふわふわしてるみたいに軽い。力が湧いてくる…!

 もう、空でも飛べそうだ!


「わぁ!?」


 試しに、軽くジャンプしたら、三メートルくらい飛び上がった! 目線が、隣の家の二階の窓と同じくらいになった。


 落下も奇妙だった。本来なら着地まで一秒もないはずなのに、二、三秒あったように感じられた。


 これはクロックアップ! 脳の処理速度も上がっているのか!


「うひょお!」


 調子に乗って、何度もジャンプしてみる。


 三メートル、四メートルと軽々と飛び上がる。特撮ヒーローになった気分だ。


 ようし…!


 思いっきりジャンプしてみた。


「わわわっ!」


 一〇メートルくらいの高さまで飛び上がった! さすがにこれはこわい!

 クロックアップしているせいで、なかなか着地しない。それがまたこわい。


 体感的に五秒くらい経って着地した。足首、膝に衝撃。思わず着いた膝が地面にぶつかった。


「いてぇッ!」


 思わずもらした悲鳴。それがとんでもなく大きく聞こえた。


「……っ!!」


 爆音上映の百倍くらい大きい。自分の上げた悲鳴の大きさに、耳が、頭が…ガンガンする!

 とんでもない痛みに、頭を抱えて地面を転げまわる。すると──


「いいいっ!?」


 今度は膝や足首がひどく痛みだした。

 着地のダメージか? いや、膝、足首だけじゃない、全身が痛い。骨という骨、筋肉という筋肉が痛い!

 まるで筋肉が骨を締めつけて砕こうとしているみたいな…!


 ギシギシと骨が軋む音が聞こえる。筋肉が暴走しているのか?


「~~っ!」


 激痛! もう悲鳴を上げられないほどの痛みだ。


 心臓までバクバクいいはじめた。肺がキリキリと痛む。


 もう身体中全部が悲鳴を上げている。


 息…息が出来ない…っ!


 し…死ぬのか…?


 目の前が真っ暗になってきた。


 この痛みが続くくらいなら、死んでもいいかもしれない……。


「ハジメっ!!」


 意識が途切れる寸前、オレの名を呼ぶミナの声が聞こえた気がした。

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