1
ぐぅうう…、オレの腹が鳴った。
気がつけば19時を大きく回っていた。今日もハードな一日だったから、身体がカロリーを求めているのだ。
「しまった。食材がないな」
ジョージの店からの帰りに食材を買うつもりだったけど、色々あってすっかり忘れていた。
パンとパスタはまだあるけど、おばばから貰った野菜は使いきっていた。残っていたのは、玉子とベーコン、ソーセージくらいか? でも三人ぶんとなると……。
「じゃあピザとか取ろうぜ」
と、ジョージが提案した。
「
ミナが興味津々、という顔で聞く。
オレはジョージと顔を見合わせ、「よし!」と笑い合った。
異世界の皇女さまに、日本のピザをくらわせてやろう!
てなわけで、ノートPCでピザを注文した。色んな種類があるといいだろうと四種のピザにする。支払いはカードですませた。
届くのを待つ間、ジョージの店で買った防犯カメラをミナに見せることにした。
「ウチの店にあったのはコイツだけだが」
ジョージが出したのは、Wi-Fiでスマホに映像を送れるタイプだ。
カメラを充電して、オレのスマホに専用のアプリを入れる。
準備が整い、ミナに披露する。
「これはスマホに映像を送るタイプだけど、レコーダーに録画されたり、ネットワークで警察につながっているものもある」
説明しながら防犯カメラをちゃぶ台に置いて、入り口の方に向ける。するとスマホの画面に、茶の間の入り口が映し出された。
「ほう、このように映るのか」
ミナがスマホに映るカメラの映像を見てつぶやく。その画面に、ジョージがひょっこり現れピースサインをした。
「ふむ……」
ミナがカメラに手をかざすと、カメラ本体にはり付くように小さな光る魔法陣が現れた。
ぎょっとなるオレとジョージに、
「壊したりせぬ」
ミナは笑うと、視線を魔法陣に戻した。
「微かな力が出ているな。これが
ミナが目を細めて言う。
「電波が見えるの?」
「見える…というのとは違う。感じるのだ」
霊鎖を解放した者が得られる超感覚だろうか。それとも魔力は電磁波の一種なのか?
「他のカメラも似たようなものなのか?」
「仕組みは同じだ。無線か有線かの違い──ミナの言う、力を飛ばすのと、こういう線を通して伝えるかの違いがあるけど」
オレはTVのケーブルを見せて言った。ちなみに、ミナが一刀両断にしたTVの後継はまだ届いていない。届いたらすぐ接続できるよう、ケーブルはそのままにしてあるのだ。
「ふぅむ…ジョージ。私と代わってくれ」
一瞬、魔法陣が現れ、ミナの姿が消えた。
「イッチ!」
オレの横に来たジョージが、スマホを指差して叫んだ。
「これは!」
肉眼で見ると茶の間の入り口には誰もいない。しかしスマホのカメラ映像には、入り口の前にいるミナが映っていた。
画面の中のミナは、ジョージを真似てピースサインしている。その顔は真剣で、ピースとちぐはぐである。
でも、それがなんかかわいい。これは録画せねば。
「隠形の魔法は効かないか」
ステルスを解いたミナが、スマホに映る自分の映像を見て言った。
「魔法機械なら欺けるのだが…こちらの機械には魔力回路がないためか?」
ミナがまたカメラに魔法陣を出して分析し、首をひねる。
「魔法で電子機器を欺く方法か……」
ミナと一緒に、ジョージも考え込む。そこに玄関の呼び鈴が鳴った。ピザが届いたのだ。
「作戦は後で考えよう。まずは食べようぜ」
と、オレは玄関に向かった。
2
「ほう、これがこちらの世界のピザか」
ボックスを開いてピザを目にしたミナが言った。
「あれ? さっきミナはピザを知らないって言わなかった?」
「霊体の翻訳だ。同じような食べ物は私の世界にもある。現物を見たから今はピザと翻訳されているのだろう」
オレはジョージと顔を見合わせた。
「なんだ、ミナにはじめてのピザをと思ったのに」
残念がるオレたちだったが、
「いや、とんでもない。似たものはあるが、こんなに多種多様な具材を乗せたものではない。まるで祭りのように賑やかではないか!」
ミナは早く食べたくてウズウズしている。
「では、姫からお先に」
ジョージに促され、ミナが最初に取ったのはトマトとチーズのスタンダードなものだった。
「これはあちらにあるピザに近いな」
オレとジョージが見守る中、ピザを一口食べたミナは、
「おお、これは美味! こちらのチーズはなんとも濃厚だ」
と、笑顔になった。
オレとジョージは「大成功!」と、ハイタッチした。
続いてミナが食べたのは、クリーミーツナコーンだった。
「これは魚のようだが? 食べたことがあるようなないような……」
「ツナです。日本ではマグロと言います」
ジョージがマグロの画像を標示したタブレットを見せた。
「そうだマグロだ! こちらではこういうソースで食べるのだな」
うむうむとうなずいたミナは、次にもち明太に手を伸ばした。
「むむっ! これはなんだ? 魚卵は分かるが、この白く四角いものは?」
青い目を見開いてミナが叫ぶ。
「モチというものだよ。もち米という米の一種から作ったものなんだ」
「なんと! これがコメというものか。こんなに美味だとは知らなかったぞ!」
オレの解説を聞いたミナは、ニコニコしながらもち明太を食べた。今回、これが一番気に入ったらしい。
「姫の国にもお米があるので?」
ジョージが尋ねた。
「ああ、南方では小麦とともに食されていると聞く。この国でもそうなのか?」
「この国では米が主食です」
「そうなのか?」
ミナがオレを見た。
「ミナの国は小麦文化だと思ったから、パンやパスタを食べてもらっていたんだ」
「食べ物にまで気を遣ってくれていたのか。ありがとうハジメ」
ミナが礼を言う。
「しかし、気遣いは有り難いが、郷に入っては郷に従えという。遠慮は要らぬ。コメも食べさせてほしい」
お姫さまだから好き嫌いがあるかと思ってたけど。オレの思い込みだったようだ。
「ようし。では遠慮なく日本の食べ物をどんどん食べてもらうぞ!」
「うむ、楽しみだ」
3
「このニホンという国はおそるべき国だな」
食事が終わった後、ミナが言った。
「様々な地域の食材や料理が食べられるとは。どれほど広大な地域を支配しているのだ?」
さっき日本では世界中の料理や食材が食べられる、ということを話した。それを大きな領土を持っていると思ったみたいだ。
「支配というわけではありませんが」
と、ジョージがタブレットで世界地図などを出して講釈をはじめた。
「なんと! 帝国ではなく通商で栄えている国なのか!」
「技術と文化か…統治の仕組みは、我らの世界と大きく異なるのだな」
ジョージの説明に、ミナは驚き、感心してる。
さすがジョージ。登録者数三〇万の動画配信者は伊達じゃない。ただ地理を説明しているだけなのに面白く、聞き入ってしまう。でも……。
……なんか仲間はずれな気分。
こうなるとオレはお茶を淹れるくらいしかやることがない。
そんな時間がどれだけ続いたか。
「やべ! もうこんな時間だ」
ジョージがタブレットに標示された時間を見て叫んだ。
時間は22時を大きく回っている。
「ジョージ、そなたのおかげで、こちらの世界を多く知ることができた。そなたは、我らにとって軍師のような存在だ」
「軍師…! かぁあああ! 光栄です! 非才の身ですが姫のため、微力を尽くします」
眼をウルウルさせて感激するジョージ。
「頼りになる男だなジョージは」
玄関でジョージを見送った後、ミナが言った。
「うん、オレの親友だからね」
そう答えながら、オレの心には、ミナが言った「軍師」という一言が引っかかっていた。
ジョージが軍師なら、オレは何なんだろう。
そんなことを考えながら茶の間の先にある奥の間に入った。
クマちゃんが放置されていた、多分、仏間だった六畳間だ。
茶の間で寝るのは何かとよろしくないので、ここをオレの寝室にしたのだ。
ミナにとってオレはどんな存在だ?
ミナの付き人、コックか?
軍師と比べるとイマイチ…いやイマ三つも四つも下だよな。
なんかジョージに嫉妬している自分がイヤだ。
ジョージが軍師ならオレはミナの騎士、
って、そんなのムリだよ。第一の霊鎖も解けないのに……。
「……そうだ」
ドタバタしてすっかり忘れていた。
ジョージの店で、防犯カメラと一緒にインパクトドライバーを買ったのだ。
電動のドライバーで特殊鋼のドリルも装着できる。
あれなら霊鎖を解けるかもしれない……。
騎士はムリでも、第一の霊鎖を解ければ、ミナの役に立てるはずだ。