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#17.イヤすぎる一心同体



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 朝、いつもの魔法修行がはじまった。


「ぶっ! ぐはっ! ぐえっ!」


 今日もまたヌイグルミのクマに一方的に殴られるオレ。

 腹が立つやら情けないやら……。


「この野郎──おぶっ!」


 反撃をするけどかわされ、カウンターをくらった。


 ミナの力になる。そのために霊鎖を解くんだ!


 と決意したオレだけど、一方的に殴られ続けていると、その決意もボロボロになってゆく。

 くそぉ、ブラック企業で精神が鍛えられたと思っていたのに。全然強くなってないじゃないか。


「やめ!」


 ミナの合図で、クマちゃんの攻撃が止んだ。


「帝国流の修行はハジメに向いていないな」


 ぜぇぜぇと息も絶え絶えのオレの足下に、光る魔法陣が現れた。霊鎖を見る魔法陣だ。


「第一の霊鎖は解ける気配もない。ハジメの負担が大きい割りに効果が薄い」


 オレも自分の霊鎖を見た。第一の霊鎖は相変わらず、オレの股間辺りでとぐろを巻いている。


「すまない、ハジメ」

「え?」


 突然のミナの謝罪に、オレは驚いた。


「ここは異世界でハジメは戦士の生まれではない。霊鎖を解くことを急くあまり、ハジメを苦しめてしまった」

「たしかに、ちょっとキツかったよ」


 これでこのスパルタ魔法修行はなくなるのか。

 ほっとする自分が、ちょっと情けない。


「方針変更だ。まず、ハジメの基礎体力向上と霊体を活性化することを目的とする」

「基礎体力……」


 なんかイヤな予感。

 基礎トレニーングって、ランニングとか腕立てとかウサギ跳びとか、地味でキツいものだと決まっている。


 恐れおののくオレの横で、ミナがクマちゃんに魔法をかけていた。

 クマちゃんの足下に光る魔法陣が現れ、ふわぁ…とクマちゃんが宙に浮かび上がる。ミナが左の手の平をかざすと、そこから光の粒子が放たれ、クマちゃんに注がれた。


 それは数秒で終わり、クマちゃんはすたっと地面に降り立った。


「クマちゃんに、我が国の伝統格闘技の型を仕込んだ」


 と、ミナが言う。

 あの光は技をダウンロードしていたのか。


 クマちゃんが、さっと格闘の構えを取った。ボクシングと空手をミックスしたようなファイティングポーズだった。


「これからは、ハジメに型稽古をしてもらう」


 武術の型を繰り返す、ということか。素振りみたいなものだな。


「いいっ!?」


 いきなり、身体が勝手にクマちゃんと同じファイティングポーズを取った。


 シュッ、シュッ! と、クマちゃんが拳を連続して突き出す。シャドーボクシングだ。


「わっ? わわぁっ!?」


 するとオレの身体が、クマちゃんと同じ動きをしはじめた。


「抗うなハジメ。動きに身を任せるんだ」


 ミナが言う。


「ハジメとクマちゃんとは霊体がリンクしている。今、ハジメとクマちゃんは一心同体。クマちゃんの動きをそのまま行っているのだ」


 強制マリオネット、操られ人形かよ!


 抗うなと言われても、身体が勝手に動くことに意識がついてゆけない。

 息が上がり、腱とか筋とかが突っ張ってすごく痛い。


 そんなオレにお構いなしに、クマちゃんはシャドーボクシングを続ける。

 息も絶え絶えなのに、強制的に身体が動かされる。

 この野郎、わざとやってないか?


「やめ!」


 ミナの合図が出た直後、オレはぶっ倒れてしまった。



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「い、息ができない…体中が痛ひ……」


 心臓が破裂しそうなくらいバクバクいっている。息するだけで胸が痛い。そして腕といわず足といわず全身が痛い。筋肉とか腱とか関節とか、全部が悲鳴を上げている。


「頑張れ、ハジメ」


 と、ミナがオレの手を握った。

 このやわらかい手を握って、オレは死ぬのか……。


「おお!?」


 ミナの手から、オレの内にあたたかいものが流れ込んできたかと思ったら、身体中の痛みが消えた。ミナの治癒魔法だった。

 呼吸も戻り、疲労もうそみたいに消えている。


「少しトバしすぎだ」


 ミナがクマちゃんに言う。クマちゃんは頭をかくような仕草をした。てへぺろしてるつもりらしい。


「では再開だ!」

「ちょっ、ちょっと! 心の準備が…うぉおおお!」


 再びはじまった強制マリオネットによるシャドーボクシング。


 突き、突き、蹴り、ガード。突き、肘打ち、ガード。格闘の型が繰り返される。


「身体の内面を意識しろ。力の流れを感じるんだ」


 ミナが言う。


 何度も繰り返されたことで型を覚えてきた。これならミナが言う、内面に意識を向けることもできるかも。


 突き、突き、蹴り、ガード。前蹴り、ローキック、しゃがみローキック…ってさっきはこんな型なかったぞ?

 慣れてきたと思ったら、クマの野郎、違う型を入れて来やがった。

 プラスチックの眼がキラリンと笑うように輝いた。


「こいつ、やはりワザと…! わぁあああっ!!」


 いきなりバク宙をさせられ、オレは悲鳴を上げた。クマちゃんがしっかり着地したので、オレもキレイに着地できたのだが、膝とくるぶしがすごく痛い。


「少し休憩だ」


 ミナはまた治癒魔法をオレにかけると、そう宣言した。

 痛めつけられた身体を治癒魔法で治す。回復したらまた身体を痛めつけられる。

 これは地獄。終わらない苦痛が続く、地獄の特訓だ!


「次は短剣の型をやるぞ」


 と、ミナは庭の隅にあった木の枝を手に取った。

 ミナがはじめてこの家に来た時、切り落とした庭木の枝だ。


「ええっ!?」


 ミナが枝に手刀を振るうと、枝が切り落とされた。

 無造作にミナは手刀を振るい続ける。白く細い手が、枝葉を切り落とし、樹皮を削ってゆく。

 SFゲームで見たレーザーナイフみたいだ。あっと言う間に長さ五〇センチほどの短い木刀が二本出来た。


「それも魔法なの?」

「魔法と肉体強化の中間だな。第一の霊鎖を解放すれば、ハジメもこのくらいはできるようになるぞ」


 そうなのか。

 よし、もう少し頑張ってみるか!



     3



「ぜぇぜぇ……」

「今日はここまで。よく頑張ったなハジメ」


 いつものように魔法修行は二時間ほどで終わった。

 肉体はミナが回復してくれたけど、精神的にもうヘトヘトで、オレは返事する気力もなかった。


「休んでいろ。飲み物を取ってきてやる」


 と、ミナは家の中へ入っていった。


 もう全身汗だくである。耐えられなくなって、最後の方は上は全部脱いでいた。顔なんかアセだか涙だかでドロドロだ。


 へたり込むオレの隣で、クマちゃんが後ろ手に手を組んで見下ろしていた。

 そのプラスチックの眼は、「だらしないぞ」と、でも言っているみたいだ。


「お前と違ってこっちは生身なんだぞ。痛いし、疲れるんだ」


 そんなことを言ってやる。


 そこに、風が吹いた。

 上半身裸である。五月半ばの風はちょっと冷たかった。


「ぶえっくしょい!」


 ゾクっと来た途端、大きなクシャミが出た。

 鼻水がクマちゃんに向かって飛んだ。ヤツは稽古の木刀でそれを受けたが、一部が顔にかかってしまった。


「悪い! わざとじゃないって!」


 木刀を振り回し、クマちゃんが向かって来た。へたり込んだまま、オレは振り回される木刀を必死に避けた。


「事故じゃないか。怒るなよ!」


 逃げたけど逃げられなかった。クマちゃんの振り下ろす木刀が、オレの股間に当たった。


「あうっ!?」


 おかしな衝撃が走り、オレはヘンな声を上げてしまった。

 クマちゃんの木刀は、オレのアレではなく、第一の霊鎖に当たったのだった。


 その衝撃をなんと言えばいいのか。

 痛みではない。かと言って気持ちいいわけでもない。

 身体の内側に衝撃が反響し、深い場所から熱いかたまりがわき上がってくる…そんな感じだろうか。


「あれ?」


 未知なる衝撃以上に、オレは驚いた。何故なら、霊鎖は物質で触れることはできないからだ。


「ちょっと貸してくれ」


 クマちゃんから木刀を奪い、それで第一の霊鎖がある辺りを突いてみた。


「おうっ」


 あの妙な感覚がして、木刀が霊鎖に触れたことが分かった。しかも一瞬、霊鎖が目に見えた。


「ひょっとして、鼻水…いや、オレの体液がかかったことで、この木刀は霊鎖に触れることができるようになったのか?


 クマちゃんを見ると、「そうだろう」というふうに頷いた。


「試してみるか」


 オレは家の中に駆け込むと、物置にしている部屋に入った。そこにはDIYの道具を仕舞ってある。

 工具箱の中からペンチを取りだし、オレはツバを吐きかけた。


「やっぱりだ!」


 ツバを吐きかけたペンチは、第一の霊鎖を挟むことができた。触れている間は霊鎖も見える。


 これ、ペンチで霊鎖を切れるんじゃね?


 第一の霊鎖は針金みたいに細い。この程度の針金ならペンチで断ち切れる。


「むっ? むむむむっ!」


 しかし細いのに霊鎖は頑丈だった。どんなに力を込めても切れない。


「ダメか…!」


 びくともしない霊鎖に、オレはがっかりした。いけると思ったんだが……。


「いや待てよ。もっとパワーのある工具なら?」


 そうだ。ジョージの店にならペンチなんかとは比べものにならない強力な工具がある。


 ちょうど午後は出かける用事があったんだ。ついでにジョージのところへ行こう。


 頭に、ミナが手刀で木刀を作る様子が浮かんだ。

 第一の霊鎖を解けば、あんなことができるんだ。

 それに、今日みたいな地獄の特訓をしなくてすむようになる。


 希望が見えて来たぞ!


「ハジメ? どこだ?」

「すぐ行くよ」


 と、応えたオレは足取りも軽く、ミナのいる茶の間へと向かった。


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