太刀川署の署長室では、署長の鎚田が頭痛を堪えるような顔をしていた。
「例の〈姫騎士〉はまだ見つからないのかと、上から催促だよ」
数日前、ヤクザと乱闘騒ぎ起こした娘。太刀川署では彼女をその姿から〈姫騎士〉と呼んでいた。
「霞ヶ関のヤツら、所轄はヒマだと思ってやがんのか」
碇屋刑事が言う。こちらは苦虫をかみつぶしたような顔である。
「こちとら駅前の騒ぎでそれどころじゃねぇんだよ」
このところ、太刀川駅周辺で電子機器の誤作動が頻発していた。
オフィスのPCにはじまり、防犯カメラが勝手に動いたり、あるいは停止したり。ビルのフロアの電源が落ちたかと思えば、エレベーターが停止せず上下に動き続けたり。
当初は警察が捜査するまでもないと思われていたが、ただの機械の誤作動、不調にしては数が多すぎる。
第一、何故、太刀川市、それも駅周辺でばかり起きるのか。
今日などは駅の自動改札のフラップドアが狂ったようにバタバタ開閉を繰り返し、信号機がバカみたいに点滅したあげく消えるという事まであった。
原因は今もって不明だ。
問題の信号機はすぐに分解、調査されたが、何が問題なのかまるで分からなかった。
生活安全課ではサイバー犯罪の可能性を考え、捜査している。
「ハッカーの攻撃かい?」
「どうかな。犯行声明も出てなきゃメッセージも残されちゃいない。生安のヤツらもお手上げでな、自嘲気味にグレムリンの仕業だって言ってたぜ」
「グレムリン…大昔にそんな映画あったよな。チョーさんとビデオ借りて見なかったか?」
中学の頃だったかな…と思い出しながら鎚田が言う。
「映画のヤツと別ものだよ」
チョーさんこと碇屋刑事が、生安の連中からの受け売りを話した。
「機械に取り憑いて悪さする妖怪だか悪霊のことらしいぜ。アメリカのメーカーでは、納入する部品のコンテナにアメ玉入れるおまじないをしているそうだ。アメちゃんやるからイタズラするなよってな」
「二十一世紀とは思えないな」
鎚田がため息をついた。
「そういや、コウモリ羽の悪魔を見たとかいう通報もあったぜ。通報してきたのはアル中の浮浪者だったそうだが」
「カンベンしてくれよ。そんなもん警察の管轄じゃないよ」
鎚田署長が天を仰いだ。しばらくそうしておいて、鎚田は碇屋に向き直った。
「さっき本庁から送られて来たものだ」
ノートPCの画面を碇屋に向けた。
「これは…!」
碇屋は目を見張った。
場所は太刀川駅北口の歩道だろうか。どこかのオフィス内の防犯カメラから外を映したものと思われた。
髪を両サイドでしばり、眼鏡をかけたジャージ姿の娘が、こちらの方を見ている。
髪は黒いが間違いなくあの〈姫騎士〉だ。
「てっきり他所に行ったかと思っていたが、まだ太刀川にいたのか!」
碇屋がうめく。
「ついさっき、顔認証システムにヒットしたとかで、本庁が送りつけて来たんだよ」
「凶悪事件の参考人でもないのに、顔認証までやっているのか」
「それだけ上は本気だってことだ」
指で天井を指し、鎚田署長が言う。
「これは協力者がいるな」
顎に手を当て、碇屋刑事はうなった。
髪の色を染め、眼鏡をかけるなど小賢しい変装をしている。日本人ないし日本在住の協力者がいると考えるべきだ。
「そっちから探すほうが早いかも知れねぇな」
そうつぶやくと、碇屋刑事は署長室を後にした。