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#15.一番の親友だから



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「この気配は人……二人だな」


 魔物じゃなかったのか。

 ほっとした。でも、ビビリすぎだろ自分。


「意外と近所なんだねぇ」


 塀の向こうで、おばあさんの声がした。


 けげっ! あの声は赤坂のおばばだ! じゃあもう一人はジョージか?


「ミナ! 隠れて!」


 オレは焦った。

 ジョージはまだしもおばばはマズい。


「何故だ? ハジメの知り合いなのだろう」

「いいから! はやく!」


 首を傾げるミナの背中を押して、縁側から家の中に押し込む。


 ──赤坂のおばば。


 ジョージこと赤坂あかさか あきらの祖母で、昔からオレも色々と世話になっていた。

 おじじことジョージの祖父と共に、この太刀川市に住んでいる。


 このおばば、世話好きで人は良いんだけど、詮索好き、噂話が大好きなのが玉に瑕だ。

 おはばの耳に入ったゴシップは、翌日には町内全域にひろがってしまうという厄介な人だ。


 金髪グラマー美少女のミナと一緒にいるところを見られたら、ましてや一つ屋根の下で暮らしていることを知られたら、どんな噂が立つことか…!


 そもそもミナのことをちゃんと説明できる自信が無い。

 異世界から来た剣聖だなんて言ったら、頭がヘンになったと救急車を呼びかねない。


「後で説明するから、今は隠れていて」

「ハジメがそう言うなら、従おう」


 渋々、という顔でミナは縁側に上がり、茶の間の中に消えた。


「よっ」


 その直後、ジョージの声がした。

 振り向くと、入り口におばばを連れたジョージがいた。


「おばばがイッチの新居に連れてけとうるさいから連れて来た」

「ハジメくん、元気そうね」


 ニコニコ笑っておばばが言う。


「これ、ウチで採れた野菜。食べてね」


 と、スーパーのレジ袋を差し出した。おばばは趣味で家庭菜園をやっている。昔から、こうして庭で採れた野菜をよくもらってたっけ。


「ありがとうございます」


 レジ袋は何度も使い回してわしわしにシワが寄っていた。その中にはカブ、小松菜、それにポリ袋に入ったミニトマトがぎっしり入っていた。


「仕事辞められて良かったわね。顔色いいわよ」


 と、ニコニコ笑うおばば。


「心配かけました」


 応えながら、オレはほっとしていた。


 クマちゃんの打撃は、驚くほど痛いが、どういうわけか傷跡が残らない。もし残っていたら、言い訳を思いつく前に救急車を呼ばれていただろう。


 ……クマちゃん?


「ハジメ、それはなんだ?」


 ジョージがオレの足下を指差していた。

 そこには、挨拶するように手を振るクマちゃんがいた。


 コイツのこと忘れてた!



     2



「何これ! 動いてる!」


 動くヌイグルミに、おばばが大きな声を上げた。


「ロボットだよ!」


 オレはとっさに言った。


「ネットで、ハンドメイドのロボットを売っているのを見つけてさ。つい、衝動買いしたんだ」


 あははは、と笑って誤魔化す。


「すごいわねぇ。生きているみたい」


 と、おばばがしゃがんでクマちゃんに手を伸ばした。

 クマちゃんが手を差し出し、おばばがその手を握って軽く上下に振った。

 この野郎、オレ以外には愛想が良いな。


「ロボットねぇ…‥」


 ジョージの目が、疑わしげに細められた。

 コイツ、意外と鋭いからな。


「お家の中、見せてくれる?」


 おばばは言うなり、玄関へと回った。


「あわわわ! 中は散らかっているから!」

「気にしないわよ。それにハジメくんは、ウチのアキラと違って片付け上手だものね」


 オレの抵抗も虚しく、おばばは靴を脱ぐと、ずんずんと中に入ってゆく。


「やっばり。キレイに片付いているじゃない」


 茶の間を見回し、おばばが関心する。

 ミナの姿はない。隣のキッチンに隠れているのだろうか。


「キッチンもキレイね。新築みたい」


 って、キッチンのぞき込んでるし!

 あわててオレも後に続いた。だが、ここにもミナの姿はなかった。風呂かトイレにでも隠れたのか?


「ばあちゃん、そろそろお暇しようぜ。イッチ、用事があるってよ」


 ジョージが言った。

 オレがあわあわしている様を見て、察してくれたのだ。

 さすが我が友。持つべきは察しの良い親友だ。


「あら、そうなの?」

「えっと、車を買うから、その準備を」

「準備?」

「買う前に、車庫証明とか手続きしておかないと納車が遅れるんだよ」


 首を傾げるおばばに、ジョージがフォローを入れてくれた。


「それじゃ、また来るわね」


 と言って、おばばとジョージは引き上げていった。


「なんとか誤魔化せた……」


 玄関で二人を見送ったオレは、大きく息を吐いた。


「ハジメは愛されているのだな」


 すぐ後ろからミナの声がした。


「ミナ! どこに隠れていたんだい?」

「ずっといたぞ。隠形の魔法でいないように見えていただけだ」


 ミナが笑って言う。


「それって透明になる魔法?」

「見えなくなるのではなく、結界を張って他者が認識できなくするものだ。ハジメの魔法トレーニングの際も、これの拡大版を使っているぞ」


 認識阻害魔法ってヤツか。

 庭であれだけ大騒ぎしていたら近所の人が気づかないわけがない。ヘタすりゃ通報案件だ。それが無事でいられたのは、他人の認識を阻害する結界が張られていたからか。


「何にせよ、ミナが見つからなくて良かったよ」

「男がハジメの友だな」

「うん、ジョージはオレの一番の親友だ」


 その一番の親友に、オレは隠し事をしているんだよな……。

 ミナのことがバレなかったのは良かったけど、オレは罪悪感も感じていた。



     3



 ぐぅうううう……。


 突然、オレの腹の虫が鳴った。

 今日のトレーニングもハードだったからなあ。


「少し早いけど、昼メシにしようか」


 おばばからもらった野菜があることだし、これで昼メシを作ろう。


「うむ、私も何か手伝い──」

「ミナは茶の間で待機!」


 厨房の殺し屋をキッチンに入れるわけにはいかない。


「むぅ……」


 ふくれっ面でミナは引き下がった。

 ムクれてるミナもかわいいな、と思いながら、オレはキッチンに入った。


 おばばにもらったのは、カブと小松菜とミニトマト。

 これはパスタだな!


 鍋でパスタをゆでる用の湯を沸かしながら、野菜たちを洗い、カットしてゆく。


 ああ、この野菜をカットしたり、皮を剥いたりの作業って、なんでこんなにハマるのだろうか。ミニトマトのヘタとって洗うのなんかチルタイムだよなあ。


 うっとり、まったりしながら作業していると湯が沸いた。パスタを投入する。

 その横で小松菜のおひたしを作る。五センチほどにカットした小松菜にラップをかけてレンジでチン。水気をしぼってから器に盛り付ける。小松菜はとりあえずこれでよし、と。


 カットしたカブをベーコンと炒める。カブは意外と火の通りがいいから、熱しすぎてグズグズにならないよう注意っと。


 セットしたキッチンタイマーがピピピと鳴って、パスタのゆで時間が終わったと知らせてきた。

 パスタをざるにあけて水を切り、オリーブオイルがないのでゴマ油をからめる。今回の味付けは和風である。


 カブがやわらかくなったところでミニトマトを投入。トマトが少し崩れるくらいまで炒める。


「よし!」


 頃合いよしとみて、醤油を入れる。じゅわぁ…醤油の香りがたちこめる。この香り…たまらん!


 塩コショウで味を調えて、ゆでたパスタを入れてからめたら──完成だ!


「春野菜の和風パスタ! 召し上がれ」


 皿に盛り付けたパスタ。副菜はカツオブシをふってめんつゆをかけた小松菜のおひたしだ。


「おお、これがこの国のショーユなる味か」


 器用にフォークを使い、パスタを一口食べたミナは


「うむ、美味だ!」


 にっこり笑った。

 和風の味を気に入ってもらってよかった。


 これまでミナには、いわゆる洋食を食べてもらっていたが、今後を考えると和風の食べ物にも慣れてほしい。

 今回はその一歩だった。


「野菜をくれたおばば殿に感謝しないとな」

「そうだね」


 ミナのこの笑顔は、おばばからもらった野菜があったからだもんな。


 野菜をくれたおばば。そして何かあると気づいても、追求せずフォローしてくれたジョージに、オレは感謝した。


「近いうち、ジョージにミナを紹介するよ。色々と力になってくれるだろうし」


 あいつは一番の親友だ。隠し事をしているとモヤモヤするからな。


「うむ、私もジョージとやらと話すのが楽しみだ」


 と、ミナは笑ってパスタを口に運んだ。

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