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#13.一つの門、二つの世界



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 早足で歩くこと一〇分ほど。街路樹の向こうに駅ビルが見えなくなった辺りで、ミナは足を止めた。


「もう大丈夫なの?」

「うむ。もう魔物の気配はない」


 ミナがうなずく。

 息ひとつ乱れていない。一方、オレはちょっと息が上がっていた。


「私としたことが、うかつだった。私以外にもこちらの世界に来ているものがいる可能性を失念していた」

「魔物ってどのくらいのヤツ? まさかドラゴンとか魔神とか……」


 オレの頭を、アニメやゲームに出て来るボスクラスのモンスターの姿がよぎった。

 そんなモノが駅前に出てきたら……!


「そんなモノが来ていれば、その気配はハジメの家からでもわかる。そう大した魔物ではないから安心しろ」


 青ざめたオレにミナが苦笑した。

 そりゃそうか。ドラゴンみたいなの来たら、それだけで大騒ぎでニュースになるよな。


「武器がなかったから、大事を取って退いたのだが……」


 ミナは駅の方を見た。


「だが、このままにはしておけぬ。どんな災いをなすかわからぬからな」


 ミナが来たんだ。同じ世界から来た者がいてもおかしくない。

 アニメなんかでは必ずといっていいほど来るじゃないか。ライバルとか、姉妹とか、殺し屋とか、幼なじみとか……。


 そこまで考えて、オレはある可能性を思いついた。


「その魔物って、ミナを追いかけて来たとかじゃないの?」


 そもそもミナがどういう経緯でこっちの世界に来たのか、聞いていなかった。

 まんま姫騎士という姿と萌えボイスにドキドキしっぱなしで、聞く余裕なんてなかったんだ。


 今流行りの追放か? ミナの性格からは考えにくいけど。それとも皇女だから御家騒動とか? だとすれば刺客として魔物が放たれたという可能性も……


「それはない」


 オレの厨二病的予想をミナは即座に否定した。


「私がこちらの世界に飛ばされたのは事故だからだ」

「事故って?」


 ミナは言葉を探すようにしばらく考えた。


「私の世界は魔法の文明だ。ハジメの世界の文明が電気の力で動いているように、私の世界は魔法の源となる魔力に支えられている」


 そういやスマホを見て通信機だとすぐ気づいたし、家電量販店でも、


「これがエアコンというものか。我が帝国では、建物に水を巡らせたり、風の魔法で涼む機械があるぞ」


 と、驚いてくれなかったっけ。


 ミナの話を聞くと、こっちの世界にある照明、冷暖房、通信と同じようなものが存在しているらしい。

 テレビはないけど、ネットに似たものがあって、端末を使ってデータベースにアクセスし、ほしい情報を得ることができるという。

 違いは電気じゃなくて魔力で動いてるってことだ。

 いわば魔法のハイテク文明だ。


 誰だよ。ファンタジーな異世界はテクノロジーレベルが低いなんてイメージ広めたのは。



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「かつて我が国では人間など生物が生み出す魔力を利用していたが、五〇〇年ほど前、次元障壁に穴を開け、魔力を湧出させる技術が開発された。マナウェル──魔力の井戸だ」

「次元障壁に穴って…世界と世界の間にあるヴォイドのエネルギーを取り出すって感じかな?」

「ハジメはすごいな。異世界の文明を苦も無く理解するとは」


 ミナが感心する。


「アニメやマンガで見た知識だよ」

「むむむ、とやらは知の宝庫なのだな」


 と、さらに感心した。

 厨二病的思考をほめられると、嬉しいというより恥ずかしい。


「そのマナウェルは国の厳しい管理下に置かれている。次元障壁に穴を開けるのだ。ヘタな開け方をすると、湧出する魔力があふれ出て付近の生物の霊体に悪影響を及ぼしたり、過度に集中して爆発を起こしたりもする」


 なんか原発みたいだな。

 恩恵が大きいほどリスクもデカい、それはどこの世界も同じなのか。


「その日、私は騎士たちと共に定例のパトロールに出ていた。そこで偶然、違法に作られたマナウェルを発見した」

「まさか──」

「そうだ。違法に作られたその井戸は暴走していた。井戸はヴォイドを貫き、こちらの世界とつながる〈ゲート〉になっていたのだ」


 ミナはそこでため息をついた。


「私は〈ゲート〉に呑み込まれ、気がついたらこちらの世界に来ていた…というわけだ」


「じゃあ、さっきミナが気配を感じた魔物も」

「おそらく〈ゲート〉に迷い込み、こちらに来たのだろう」


 なるほど。

 違法に魔力の井戸を作ったヤツのせいで、ミナはこっちの世界に飛ばされてしまった。ミナだけならまだしも、魔物まで来ているなんてヤバすぎだろ。


「しかし迷惑な話だよな。魔力の井戸を勝手に作ったヤツのせいで、こっちの世界にもマズいことになるなんて……」


 そこまで言って、ふと思った。


「そいつは何のために魔力の井戸を作ったんだろう?」

「魔力を溜めて売るためだろう。ここ何十年か、我が帝国は慢性的な魔力不足だからな」


 慢性的な魔力不足? こっちでいうと電力不足みたいなものか。エアコンや照明、最近ではデータセンターが電気だけでなく水までも大量消費してるって話しもあったな。

 それと同じで、ファンタジーな異世界にもエネルギー問題ってあるんだな。


「あるいは、霊鎖を解くためかも知れぬ。膨大な魔力を浴びることで霊体は活性化し、霊鎖を解くことができるんだ」

「そんな裏技があるんだ」

「楽して霊鎖を解こうという輩は多いからな。情けないかぎりだ」


 と、ミナが吐き捨てた。


 ぎくっ!

 そんな裏技があるなら使ってみたい、なんて思っていた。

 いかんいかん、ミナに軽蔑されるところだった。


「件の〈ゲート〉は駅の近くにあると思われる。私が現れた場所もそこだからな。それに常に開いているわけではないのだろう」

「そうなの?」

「もし常に開いているなら膨大な魔力の流入が起きる。それで引き起こされる異変は、霊的な感覚がなくても見えるだろうからな」


 異変? なんか、思ってた以上に恐ろしいことになってるぞ。


「明日にも調べようと思う。協力してくれるかハジメ?」

「う、うん」


 魔物やら異変やらの現場になんか近寄りたくない。ないけど……。


 もしミナを一人で行かせて、魔物とバトルとかはじめたら大惨事だ。

 なんせ家一件、一撃で破壊できる姫騎士だ。

 爆発、両断、炎上、木っ端微塵、太刀川駅周辺は瓦礫の山……。


 それだけはなんとしても防がねば!

 この街の平和はオレにかかっているんだ。


 それに何よりミナとの約束がある。


「〈ゲート〉が見つかれば、ミナも還れるかもしれないしね」


 そう、ミナが還る方法を見つけるまで協力する、そう約束をしたんだ。しかし──


「そ、そうだな」

「?」


 うなずいたミナはそれきり黙ってしまった。


 気のせいだろうか。今のミナの返事は妙にカタいように思えた。

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