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#12.ランジェリーで一悶着



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「おぉ…!」


 そのファッションビルに入った途端、ミナは驚きの声を上げた。


「なんと賑やかな。それになんという量! これが庶民のための市だとは!」


 事前に教えておいたけど、実際に見たミナは驚いた。

 驚きながらも、ミナは表面的には落ち着いた様子で、店内を歩いて行く。


「……カメラがあるな」


 打合せ通り、ミナは防犯カメラのあるところではメガネをかけたまま、顔を向けないよう注意していた。

 さすが剣聖。警戒しているのに自然体だ。


 しかし表通り以上に、ジャージ姿のミナは目立っていた。

 店員さんの何人かがちらちら見ているし。


 一刻も早く、目立たない服に着替えてもらわないと!


 オレはミナの手を引いて、コスメやらバッグやらのあるフロアを通り過ぎて、レディースファッションの売り場へと急いだ。


「様々な色の服があるのだな」


 ここでもミナが感嘆の声を上げた。


「ミナの国では違うの?」

「緑の染料が高価だ。他の色の五倍も一〇倍もする」

「服の色で値段が違うんだ」


 やはり異世界だ。こちらと似ているようで違うことも多い。


 カジュアルっぽい店へと入り、ミナに好きな服を選んでもらった。


「……もっとかわいいのでも良いのでは?」


 ミナが選ぶのは実用重視、長袖のトレーニーングTシャツやジーンズといったものばかりだった。


「これでは目立つのか?」

「目立つとかじゃなく…‥」


 ミナはかわいくて、グラドル並のスタイルだ。実用性重視の服では、もったいないって思っちゃうんだよね。


「ハジメの好みには合わぬか。ではこういうのはどうだ?」

「それは際どすぎ!」


 オレは慌てた。胸の谷間やらお尻やらがはみ出るようなものだったからだ。エロゲのキャラじゃないんだし、逆の意味で目立ってしまうよ。


「では、ハジメが選んでくれ」

「ええっ!」


 オレはアセった。女の子の服なんか分かんないよ。

 無難で、街中でも浮かないように、でも際どすぎないもの……。ああ、こんなことなら、もっと妹のショッピングに付き合うんだった。


 とりあえず、Tシャツとホットパンツ、あとニーソ。ついでにパーカーもつけることにした。


「私が選んだものと、あまり変わらないではないか」

「その小さな差が、決定的な違いになるんだよ」

「そんなものなのか」


 ミナは苦笑してフィッティングルームに消えた。


 カーテン越しに、サイズの合うものを探して、着たり脱いだりする音がする。

 ……なんか、妙にドキドキする。

 オレはフィッティングルームから二、三歩離れ、ついでに背を向けた。しばらくして──


「どうだ?」


 フィッティングルームから出て来たミナに、オレは息を呑んだ。

 てきとーに組み合わせたのに、すごく似合うのだ。


 ミナの豊かな胸、くびれた腰、腰から足にかけての曲線。ニーソとホットパンツが作る絶対領域が目にまぶしい。


「すばらしい」


 オレは思わずつぶやいていた。

 それ以外にどんな言葉があるというのか。


「私がこっちに来た時のものに少し似ているな」


 鏡に自分を映しながらミナが言う。


 ああ、だからオレはこの組み合わせにしたのか。

 はじめてミナを見た時、その美しさにオレは感動さえ覚えた。その感動が、彼女に似合うのはこの姿だと脳に焼き付いているのかもしれない。


 同じような服を色違い、柄違いで五着ほど買った。サイズはわかったから後は通販でいいだろう。一度にたくさん買うと目立つからね。


 もっとも、ジャージ、サンダル履きで来店した時点で手遅れな気もするけど……。


 別の店でスニーカーを何足か買い、これでミナは上から下まで、どこから見てもこちらの世界の女の子、という姿になった。


「私は目立っていないか? 大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ」


 あまりに魅力的すぎて目を引いているかもだけど、それはどうしようもない。


「では、いよいよブラを買いに行くのだな!」

「お、大きな声で言わないでっ」


 目立たたずにはいられないのか、この姫さまは。



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「オレも一緒に入るの?」


 ランジェリーショップの前である。

 『EOI』と大きなロゴが看板代わりに掲げられている。ブランド名だろうか。


 主人公がヒロインに連れられてランジェリーショップに行く…ギャルゲー(特にR18)なんかにあるシチュエーションだけど、リアルで、自分がそれを体験するとは思わなかった。


「おかしなものを選ぶとマズいからな」


 ミナに腕を引っ張られ、オレはランジェリーショップという名の禁断の園に引きずり込まれた。


 たちまち視界が色とりどりのフリフリやヒラヒラやフワフワに埋め尽くされる。


「こちらの下着は、ふわふわヒラヒラしているのだな。色も多い」


 興味津々、陳列された下着を見るミナ。

 一方オレはあちこちに視線をさ迷わせていた。

 あっちを見ても下着、こっちを見ても下着。ランジェリーショップだから当たり前だけど、どこを見ていいのか分からない。

 まるで不審者だ。分かっていてもどうしようもない。そこに──


「カレシさんと下着選びですか?」


 と、店員さんが声をかけてきた。

 スーツをぴしっと着こなし、金縁メガネがキラリと光る、いかにもデキる感じの女性だ。胸のネームカードにはErica.Kinugasaとある。


「うむ、ブラを探しているのだが、私はこちらには疎い。おかしなものを選ばぬよう、一緒に来てもらったのだ」


 ミナの口調に、店員──エリカさんはちょっと驚いたようだが、すぐにデキるスマイルを作り、オレの方を向いた。


「カレシさん、好みがうるさいようですね」

「か、カレシじゃないから!」


 思わず否定した途端、エリカさんの目が、メガネの向こうで細められた。


「カレシでないのに下着を選びに?」


 マズった。

 これ絶対、怪しまれている。


 カレシでもない男が下着を買いについてくるなんて、おかしいよな。いかがわしい仕事していると思われている?


「ハジメ、挙動が不審だぞ」


 と、ミナが耳打ちした。


「私よりハジメのほうが目立っているぞ」


 そもそもランジェリーショップに男が来る時点で目立っているんだけど……。

 目立たないように気をつけているのに、どうしてこうなってしまうんだ。


「それでは、今のショーツと合わせる感じでしょうか」


 困りまくっているオレを置いて、エリカさんはミナをフィッティングルームへと連れて行った。


 そうだよ。最初からこうすれば良かったんだ。モチはモチ屋。ブラ選びはランジェリーショップの店員、スキルマスターに任せれば良かったんだ。


 そう思って、オレは店から出ようとした時──


「なんですかこれは!」


 と、怒鳴り声を上げて、エリカさんが出て来た。

 なんでかエリカさんはブチ切れていた。

 驚くオレに、エリカさんはつかつか歩み寄ると、


「カレシさん! あんな上玉にコンビニショーツはかせるなんて、どういう了見ですか? プラチナの指輪リングにビー玉付けるみたいなものです! 冒涜よ! 美への冒涜よ!」


 と、まくし立てた。


「えぇっと…彼女、こっちに来たばかりで、替えが無かったんだよ~」


 胸ぐらをつかまんばかりのエリカさんに、オレは必死で言い分けした。


「手荷物紛失? 着替えなくして緊急避難的な?」


 レンズの向こうで、エリカさんの目がキョトンと見開かれた。


「失礼しました。美しい方を前にすると、ついテンションが上がりすぎてしまうのです。私の悪いクセ……」


 と、深々とエリカさんがお辞儀した。


「店員さんが見立ててくれないかな。彼女に似合う下着、上下十着ほど」


 オレの言葉に、エリカさんは


「よろこんで~!」


 と、どこぞの居酒屋のような返事をすると、スキップしそうな足取りで、ミナのための下着を選びはじめた。



     3



「これとこれなどいかがでしょう。お似合いですよ?」

「肌触りはすばらしいが…動きやすく、手入れが簡単で長持ちするものがいいな」


 ミナとエリカさんのやりとりを、オレは背中を向けて聞いていた。

 エリカさんの手にした下着を、ミナが着けた姿を想像してしまい、心臓がバクバク言っていたからだ。


「ウチに来て機能性重視ですか。燃えますね!」


 金縁メガネをキラーンと輝かせ、エリカさんは笑みを浮かべた。


 適当に入ったけど、ここって高級ランジェリーショップだったのかもしれない、とオレは今さらながら気づいた。

 そこで実用性重視の品を注文するなんて、お高いレストランでジャンクフードを頼むみたいなものだ。

 でもエリカさんは怒るどころか、大喜びでミナのオーダーに合う品を用意してくれる。

 エリカさんは、ありがたくも頼もしい人だ。

 そして待つことしばし──


「大した目利きだ、ぴったりだぞハジメ!」


 ミナの声に思わず振り向くと、フィッティングルームのカーテンが開いていた。


「あわわわ!」


 オレは慌てて手で顔を覆った。でも、指の隙間から見てしまった。いや一瞬だけだよ? 一瞬だけだったけど、ばっちり見てしまった。


 ミナのグラマーな身体を、淡いブルーのブラとショーツが包んでいる。シンプルだけどそれがミナによく似合っていた。

 胸のふくらみ、おへそ、お尻のラインが、目に焼き付いてしまった。


「やっぱりカレシカノジョじゃない?」


 と、いうエリカさんがつぶやいたけど、オレの耳には入らなかった。


 数分後、なんとか平静を取り戻したオレがカードで支払いを済ませていると、ちゃんと服を着たミナがフィッティングルームから出て来た。


「世話になったな。エリカ」


 すっかり親しくなったミナがエリカさんに言った。


「ちょっと失礼いたします」


 エリカさんがミナの髪に触れ、その目が細められた。


「キレイに染めているけど、キレイじゃない……」


 げっ、ミナの変装、髪の色を魔法で変えたことを見破ったよ!


「よろしければ、よいヘアサロンを紹介しますわよ」


 と、デキるスマイルに見送られ、オレとミナは店を出た。


「なんか、どっと疲れた……」

「見事な女であったな。素晴らしい目利き、仕事への意気込みと胆力は武人に劣らぬ。あれで店主でないとは驚きだ」


 HpもMpも磨り減ったオレに対し、ミナはエリカさんに感心することしきりだった。


 その後、オレたちは家電量販店に向かい、扇風機とエアコンなど今後必要になるだろう家電を買いそろえた。

 服とかでかなりの大荷物になっていたので、家電は全部宅配で送ってもらうことにした。


 外に出ると、日の光はもう赤く変わり始めていた。


「せっかくだから、食事して行こうか?」


 と聞いた時、隣に居たはずのミナがいなかった。


「あれ? どこ行った?」


 と振り向くと、少し離れたところで厳しい顔をしたミナがいた。


「われらを見ているものがいる…‥」


 ミナが低い声で警告した。

「この気配は…魔物だな」

「ええっ?」


 オレはあわてて見回した。

 周りはショッピングや通勤、通学の人たちがいるばかりだ。まだピーク前だけど、そろそろ混雑しはじめている。

 どこに魔物が?


 ……ふと、近くのPCショップが目に入った。


 陳列された一台のノートPC、その画面に、不気味な目が映っている。

 金色で、その瞳は針みたいに細い。

 と、その目が、ぎょろりと動いてオレを見た。


「っ!?」


 ぎょっとなって、思わず後ずさってしまう。

 しかし、不気味な瞳は画面から消えていた。


 ゲームのデモか? それとも錯覚?


「早くここを離れよう」


 ミナに手を引かれ、オレは駅前から家へと向かった。


 家へと帰るその間中、PCの画面に現れたあの目が、ずっとオレを見ているような気がして落ち着かなかった。


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