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#11.一大ミッション! 駅前ショッピング



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 ……暑い。


 五月半だけど、昼間は急に気温が高くなる日がある。


 近頃の日本って、春のあとに夏が来て、そのあと梅雨、そして猛烈に暑い夏が続いて、短い秋のあと冬って感じになっているよな。


 暑い……。

 セミの声が聞こえて来そうなくらい暑い。


 そういやまだエアコン買ってなかったな。

 この新居──ジョージ言うところの円城寺邸は、風通しは良いがさすがにクーラーなしで日本の夏は乗り切れない。


 ああ、そうだ。ついでにミナの下着も買いに行くか。

 パンツはコンビニのでなんとかなったけど、ブラがないんだ。

 マンガだかゲームだかであったよな。ノーブラだとシャツに乳首がこすれて痛いとかなんとか……。


 でも、ミナは指名手配されてる。

 本人がいないとサイズがなあ。男なら、少しくらいサイズが合ってなくてもいいけど、女の子は、下着が合ってないと身体のラインが崩れるっというし。


 ミナの、あの見事なボディラインを崩してはいけない。

 ちゃんとしたブラが必要だ……。


「ブラを買いに行くのか?」

「はっ!」


 そこでオレは目が覚めた。


 昼メシの後、いつの間にか眠っていたようだ。

 昨夜は一睡も出来ず、今朝はハードな魔法修行だったからな。


 時間は…午後2時を少し回ったくらい。寝てたのは2時間弱か。


 ミナは…と見ると、ノートPCで動画を見ていた。

 食事の後、まだしょげていたミナに、こっちの世界のことを教えるため使い方を教えたのだ。

 といっても、彼女はこっちの文字も言葉もわからない。

 教えたのはストリートビューと画像検索、あとYouTubeで太刀川周辺の紹介動画とライブカメラがあったので、それを見せていた。


「って、なんでアニメ見てるの!?」

「何かの拍子に、この動く絵がずらりと出て来たのだ」


 リストに入れてた動画だ。ファンタジー作品だからミナの興味を引いたのか。


 これはマズい……。


 このリストにはいわゆる「紳士向け」も混じっているんだよ。

 ここは健全な動画サイトだから、直接的にアレなシーンはないけど、お色気シーンばかりを集めたMAD動画とかある。


 背中に、ダラダラとイヤな汗が流れる。


「私の国にも、動く絵の芸術はあるが、これほど緻密で色彩豊かなものはない」


 しかミナは、うんうんと感心しているだけだ。


 ほっ、マズい動画は見てないか、見ても分からなかったようだ。


 ミナは、目の前にいる相手なら霊体を通して会話ができるが、それ以外は言葉は分からないし、文字も読めない。


「ところで、ブラを買いに行くようなことを言っていたが?」


 と、ミナが言う。


「ああ、そうだった。他に必要なものがあるから、一緒にいけたらと思ったんだ」


 オレはノートPCをこちらに引き寄せ、動画画面を閉じて、代わりに通販サイトを出した。


「でも、ミナは指名手配されている。髪の色を染めるとかして変装しないと」


 ミナのブロンドの髪はとてもキレイだけど、それだけに目立つ。逆に言えば、髪の色を変えるだけでも大きく印象が違うはずだ。


 とりあえずヘアカラーを検索してみる。ドラッグストアで売っているものがあればすぐに買いに行こう。


 しかし商品画像の群れがずらずらと出て来て、どれがいいのか分からない。

 オレがうなっていると、


「髪の色を変えるのだな」


 と、ミナが言った。


「それなら魔法で変えられるぞ」


 ええっ? マジで?



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「変身の魔法は得意ではないが、髪の色くらいなら簡単だ」


 と、ミナは左の人差し指と中指を立て、集中した。

 するとミナの頭上に三〇センチくらいの光る魔法陣が現れた。

 魔法陣がするすると降下し、ミナの頭が魔法陣を通り抜けて行く。


「おお……」


 驚いた。魔法陣が通り抜けると、ミナの髪の色が変わってゆく。数秒でミナの長い髪は毛先まで色が変わっていた。しかし──


「なぜにピンク色?」


 ミナのブロンドの髪は、やわらかいピンク色に変わっていた。


とやらでは、こんな髪の娘がいたぞ?」


 ちょっと不服そうにミナが言う。


「そういう髪の子は現実にはいないんだよ。コスプレしたレイヤーの人くらいだよ」


 街や電車でピンクに染めた女の子もいるけど、ここまでドピンクではなかったし。


「とにかく、不自然で目立つから。ピンクはダメだよ」

「ダメなのか……」


 ため息をつくミナ。えらくガッカリしてるな。


 とにかく、髪の色は黒に、ついでに髪型も変えてもらった。


「どうだ?」


 黒いツインテールをふわりと揺らし、ミナが微笑わらった。


「いいんじゃないかな」


 冷静に言ったつもりだが、オレの声は裏返っていたと思う。


 なんでこんなかわいいの!?


 着ているのは地味なジャージなのに、ツインテにしたミナは、やたらかわいくて魅力的だったのだ。

 ツインテ好きというわけじゃないけど、ヤバいほどドキドキしてしまう。


「そうか。ハジメはこの髪型が好きか」


 むふふ…と萌えボイスで含み笑いするミナ。

 なんかギャルゲーのツンデレヒロインみたいだ。そういやツインテヒロインはツンデレが多いよな。


「では、街に出る前に、気をつけるべきことを教えよう」


 オレはせき払いしてノートPCを操作した。

 ストリートビューで太刀川駅近くを標示する。


「まず横断歩道と信号機。道路はこの白い線が描いてある場所で渡るのが基本だ。で、これが信号機。赤は止まれ、青は進めの合図だ」

「あれはそういう意味があったのだな。よく出来ている」


 ふむふむ、と頷くミナ。


 その他、車や交通ルールを教えた後、オレは画像検索で防犯カメラを出した。


「街のあちこちに、こういうものがある。防犯カメラだ」


 屋外の壁とかにある箱型のカメラ。お店など屋内の天井にある半球形のもの。色んなタイプの防犯カメラを出して見せ、その機能を教えた。


「常に見張られているのか、この世界は」


 緊張した声でミナが言う。


「ミナが目立つことをしたら、警察がこいつの映像から見つけてしまうんだ」


 まあ警察もそこまでヒマじゃないと思うけど。注意するに越したことはない。


「外ではこの防犯カメラに注意すること。いいね」

「承知した」


 ツインテを揺らしてうなずくミナ。いつの間にかすぐ近くにいた。

 ヤバい…またドキドキしてきた。


「もし、こういうものを見つけたら、どうしますか?」

「叩っ切る!」

「壊しちゃダメだよ! かえって目立つよ」


 大丈夫かな。


 ミナを連れて外に行くことは大きなリスクがある。

 でも、このミッションをクリアしないことには、ミナの服そしてブラが手に入らないのだ。


 ジャージ姿でさえこんなに魅力的なんだ。

 ちゃんとした服を、ミナに似合う服を用意しなくては!


 かくして、一大ミッション、ミナを連れて駅前ショッピングがはじまった。



     3



「ふぃ…やっと着いたか」


 中央分離帯の街路樹越しに、駅ビル前の赤いクロスアーチが見えた時、オレはため息をついた。


 今の家から駅まで、歩くと15分くらいかかる。

 いつもは自転車だから、歩いて来たのは久しぶりだ。ちょっと疲れた。


 車、買おうかな。


 前に乗っていたミニバンは、ブラック企業に勤めて半年で処分した。

 あの会社までは自転車で通えたし、独り暮らしではそうそう大荷物を買うこともなく、また車に乗る暇もなかったんだ。


「ハジメは体力ないのだな」


 隣を歩くミナが、今朝と同じことを言う。

 彼女はジャージに健康サンダルを履き、地味なメガネをかけていた。

 サンダルはオレが近所に出かける用で、メガネは前の仕事で使っていたブルーライトカットのメガネで度は入っていない。

 こんな地味な身なりなのに、ミナはえらくかわいくて困ってしまう。 


「魔法は体力がものをいうんだぞ」

「オレの知っているファンタジーとは色々と違うな……」


 魔法使いってのは、体力が少なくて防御力が低く、接近戦はNGっていうのがオレの常識だった。

 しかしミナの世界の魔法使いは、いわゆる魔法戦士らしい。

 剣の修行も霊鎖を解いて魔力を高める手段の一つだという。


 そんなことを話している間に、駅前に着いた。


「明るい中で見るとすごいな」


 駅のシンボルである赤いクロスアーチと、その向こうの駅ビルを見上げ、ミナがつぶやいた。


「このように大きな建物が、宮殿でもなく、要塞でもなく、大きな市場だとは驚きだ!」


 と、感嘆している。


 一方、オレは自分のうかつさに、内心頭を抱えていた。


 ジャージにサンダル履きのミナは目立つのだ。


 ここは駅前。

 オサレなお店が詰まったファッションビルがある。デートスポットもある。

 ショッピングやデートにジャージで来る女の子はいない。

 ミナの魅力にとらわれ、オレはこんな初歩的なことも見逃していた。


 気のせいか、周りからジロジロと見られている気がする。その時──


「ハジメ、警察だ」


 ミナの低い声に、オレはぎくっとなった。

 おそるおそる、ミナの視線を追うと……。


「あれは警備員だよ」


 オレは脱力してため息をついた。


 駅前にある緑の看板の銀行。そのガラス壁越しに、店内で警備中の警備員が見えた。それを見て、ミナは制服警官だと思ったのだ。


「何が違うのだ?」

「警官は公務員…ええっと、国が雇っているんだ。警備員はこの銀行に雇われていて、銃とかも持っていない」


 異世界の人にも分かるように説明するのは難しいな、と思いながらオレは答えた。


「なるほど。つまり私兵なのだな」


 なんか聞こえが悪いな。


 そんなことを思いながら、オレはミナを連れ、駅北口のファッションビルへと向かった。

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