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#10 異世界のお姫さまと一緒にしたいこと



     1



 ──沈黙。


 魔法修行の勘違いで、ミナとの間に生まれた微妙な空気は、昼近くになってもそのままだった。


 幸い、ミナは怒っていないようだ。

 もし彼女が本気で怒っていたら、昨夜のテレビみたいに一刀両断にされているだろう。


 しかし、ぎこちない。落ち着かない。


 ミナに声をかけようとすると、目を逸らされちゃうし。

 逆に、ミナから声をかけられるとオレも目を逸らしてしまう。


 このぎこちなさ、気まずさ。なんとかしたい。早くなんとかしたい。


「ハジメ──」

「そうだ、昼メシ作らなきゃ~」


 せっかくミナから声をかけてくれたのに、オレはそそくさと立ち上がり、キッチンに逃げ込んだ。


 あぁあああ…! 何をやっているんだオレは!


 キッチンで頭を抱え、うずくまってしまう。


 なんとかしたい。なんとかしたいんだけど、その方法が分からないんだ。


 そうだ、ジョージを呼んで助けてもらおうか?


 ……いやダメだ。

 今日は平日。あいつは店の手伝いをしているんだ。


 うぅむ…どうしよう。

 リアルで女の子と付き合ったことないからなあ。こういう時、経験値のなさが出てしまうんだ。

 オレが知っている女の子は、妹と、あとアニメとかゲームのキャラくらいで……。


「……あ」


 ふと、両親と妹に寿司をご馳走した時の会話を思い出した。


 あの時、妹が、最近ハマっているアニメについて話してた。

 ハマった理由が、男の子と女の子が一緒に料理することで打ち解ける、そこに至る流れで、いつもじれじれしつつもニヤニヤしてしまう…って言ってた。


 一緒に料理を作ることで打ち解ける、か。

 現実はそううまく行くはずない。


 ……いや、それ言ったらミナはリアルではあり得ない存在じゃないか。

 一緒に住むのに、こんな空気のままじゃダメだ。


 ……よし! た、試してみるか!


「ミナぁ」


 でも、茶の間に顔を出す勇気はなくて、キッチンから声をかけた。


「なんだ?」

「ミナの世界の料理ってどんなものがあるんだ? 作れるものがあれば作ってみるよ」

「それなら、私に作らせてくれないか!」


 その言葉が終わらない内に、ミナがキッチンに顔を出した。


「ミナが?」

「うむ、玉子はまだあるか? 作ってみたい料理があるんだ」


 おおっ、これはイイ感じ。


 あの微妙な空気が消えている。

 案ずるより産むが易し、なんでも試してみるものだな。



     2



 女の子と二人で料理を作る。

 しかもその子は異世界のお姫さまで美少女である。


 このシチュエーションに、オレの胸はドキドキしていた。


「どんな料理作るのか、作り方を教えてくれるかな?」


 まずは、今この家にある食材、調味料、器具でできるか確認する。


「これは母上から教わった料理で、蒸し玉子という。作り方は、玉子を割り、よく混ぜる。塩、出汁ブイヨンを加え、容器に入れて蒸す…というものだ」

「なるほど、西欧風の茶碗蒸しって感じかあ」


 玉子は昨夜買ったものが、塩とコンソメは前の部屋から持って来たものがある。蒸し器はないけど電子レンジを使えばいい。


「あ、そういえば」


 ふと、ミナは皇女さま、帝国のプリンセスだったことを思い出した。


「ミナって、料理したことあるの?」

「いや、厨房に立つのははじめてだ」

「え?」


 かわいいミナの笑顔。だけどオレはイヤな気配を感じた。


 ──メシマズ。


 危険なワードが頭に浮かぶ。


 ……違う意味でドキドキしてきた。


 この家のキッチンは、いわゆるウォール型。壁に沿ってグリル、作業台、二つのシンクが一列に並んでいる。


 作業台にボウルと玉子のパックを置く。パックは10コ入りのもので、今朝四コ使ったからまだ六コ残っている。


「では、はじめるとするか」


 言うが早いか、ミナが玉子を手に取ると、ボウルの縁でコンコンと──


「あ…」


 べちゃっ、と玉子がひしゃげて殻の半分と中身がボウルに滑り落ちた。


「存外、力加減が難しいな」

「ど、どうせ、かき混ぜるからOKだよ」


 悔しそうに言うミナ。フォローを入れながら、オレはイヤな予感をひしひしと感じていた。


「うむ、手の力だけで割ろうとしたのが良くない。魔力でなら──」


 二つ目の玉子を手に取ると、ミナは玉子をじっと見つめた。


 次の瞬間、ボンっ! という音が上がり、玉子が爆発した。


「ぐがっ!?」


 吹っ飛んだ玉子の一部が、オレの額を直撃した!

 意識が遠のき、目の前が真っ暗に……。


 暗いトンネルのようなところを抜けると、一面の花畑に出た。

 あれ…あそこにいるの、ばあちゃんだ。でも、ばあちゃんはオレが中学の時に亡くなった──



     3



「ハジメ! 大丈夫か?」

「はっ!」


 ミナに呼ばれ、オレはこの世へと戻った。

 額の痛みはもうない。どうやら、彼女が治癒魔法を使ってくれたらしい。


「すまない、緊張して魔力を込めすぎた」


 しゅんとするミナ。


「玉子をぶつけられて彼岸に行きかけるとは……」


 辺りを見回すと、細かな破片となった玉子の殻が散乱していた。汚れていないのは、白身や黄身が蒸発したからだろうか。


「次は気をつけるからな」


 まだやる気かこの子は?


「玉子はオレが割るから、ミナはこっちをお願い!」


 オレはミナを作業台から遠ざけると、冷蔵庫からキュウリを二本、取り出した。


「付け合わせに、こいつを切り分けてくれ」


 シンクの一つに作業用プレートを乗せて、そこにまな板と包丁を置く。


「う、うむ。刃物なら任せてくれ」


 名誉挽回とばかり、ミナは包丁を手に取った。しかしすぐに形のいい眉をひそめた。


「このナイフ、切れ味が悪そうだな」

「じゃあ、研ぐよ。確か砥石はここに……」


 作業台下の扉を開いて砥石を取り出す。しかし、


「それには及ばぬ。私の魔力を乗せれば、野菜くらいは」


 止めようとするヒマもあらばこそ、ミナは包丁を振るった。


「おぉお…!」


 まるで包丁が舞っているかのようだ。

 微かなトントンっという音と共に、キュウリが薄く、キレイに切られて行く。


 さすが剣聖!


 優雅なミナの包丁さばきに、オレは見とれた。


 たちまちキュウリを切り終え、ミナがオレのほうを見た。


 ちょっと得意げな、いわゆるドヤ顔をしている。それがかわいい。


「──あ」


 その直後、カラカラと乾いた音を立てて、まな板がバラバラになった。ミナの魔力を乗せた包丁は、まな板までも断ち割っていたのだ。


「ここまでお約束に忠実とは……」


 この惨事に、オレは感動さえ覚えた。


 正に厨房の殺し屋。あまりにマンガ的、あまりにお約束である。


「ミナは、厨房に立たないほうがいいな」


 しかし、厨房の殺し屋を放置しておくわけにはゆかない。

 オレとキッチンの安全のため、ミナにはお引き取りを願った。


「その方がよさそうだ」


 すっかりしょげたミナは、すごすごとお茶の間へと戻った。


「ヤバいな……」


 惨事の始末をしながら、オレの胸は高鳴っていた。


 彼女には悪いが、しょげたミナも感動的にかわいいと思ってしまったからだ。


 これからミナと暮らすことへの不安はある。


 でも、それ以上に、彼女との生活が楽しくてしかたないオレだった。


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