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#09 第一の鎖



     1



「では、まずは一つ目の霊鎖を解くぞ」


 そう言うと、ミナがオレに手を伸ばした。


「わっ!」


 ミナの手から半透明な手がするりと現れ、オレは息を呑んだ。まるでスタンドか、腕だけの幽体離脱だ。


「私の霊体でハジメのそれに干渉するぞ」


 ミナの霊体の手がオレの身体の中に入り込んだ。

 痛みもなければ、何かが触れた感じもない。


 ……いや。


 感じてきた。身体の中、深い部分に、温かいものが広がる感じがする。

 痛くはない。しかし──


「なんかくすぐったいな」


 身体の内側をくすぐられている…と言えばいいのだろうか。そんな感じだ。


 ミナはかわいく首を傾げると、霊体の腕を動かした。すると──


「は、ハックション!」


 くすぐったさは消え、代わりにクシャミが出た。


「ヘックション! ヘクションっ! ぶぇっくしょい!!」


 止まらない。クシャミが止まらない!?

 これも霊体が干渉されているせいなのか?


「異なる世界の人間だからか? それともハジメの体質か?」


 こんなはずでは…と、眉をひそめるミナ。


「干渉深度を上げる。身体の中からわき上がる力を意識しろ」

「内なる力……」


 ミナに言われ、内なる力を感じようとする。


 ……うまく行かない。


 どうやったら感じられるんだろう?


「仕方ない。別の方法を試すぞ」


 ミナは霊体の手を引っ込めると、また二本の指を自分の額に押し当てた。


「おお?」


 魔法陣が消え、デザインの違う別の魔法陣が現れる。今回の魔法陣で、オレの立ち位置は中心ではなくはじっこだった。


「おおおお?」


 光る魔法陣が、ゆっくりと回転しはじめた。しかも、オレを乗せたまま!


 まるで回転する巨大なCDかDVDに乗っているみたいだ。倒れないように必死でバランスを取る。


「走れ! ハジメ!」

「お、おうっ!」


 つまりこれは円盤型のランニングマシンなんだな?

 回転する魔法陣の上を、オレは走り始めた。すると魔法陣の回転速度も上がってゆく。


「もっと早く! 呼吸を整えろ!」


 ミナがムチャなことを言う。

 昔から、オレは走るのが苦手なんだ。しかも社会人生活で、ここ何年も運動らしい運動をしていない。


 たちまちペースが落ちて来た。


「もっと早く! 速度を上げないと痛いぞ」

「へ?」


 その直後、どこからともなく稲妻が降って来た。


「いてぇ!」


 尻に痛みが弾けた。

 冬、静電気でバチっと来ることがあるが、あれの何十倍も痛い。

 ペースダウンすると電撃をくらわせるとか、とんでもないランニングマシンだ。


 オレは必死に走る速度を上げた。

 しかし運動不足の悲しさ、すぐに息が乱れて速度が落ちる。落ちるとたちまち尻に電撃が弾ける。


「やめて! もうやめて!」


 もうマジ泣きして悲鳴を上げてしまう。しかし、


「ダメだ! ハジメが魔法を習得するまで、止めることはできない」


 し、死ぬぅううう!



     2



 ぜぇぜぇ……。


 ──十数分後。

 オレは力尽きてぶっ倒れてしまった。


「ハジメは体力がないのだな」


 庭で伸びてしまったオレを見下ろし、ミナはつぶやいた。


「それに、ここまでやって霊鎖が外れる手応えがない……。もしやハジメには魔法の才がないのか?」

「多分そうだ。もうやめよう」


 ミナに失望されるのはいやだが、今は電撃付きの修行から逃れたかった。


「いや、誓いを立てた以上、それはできない」


 しかしミナの眼は、やけに強い光をたたえていた。


「天は落ちていない。地は我らを呑み込んでいない。ハジメが魔法を習得できるまで、全力を尽くすぞ!」

「ひぇえええ~っ!」


 こういうのコーチ魂に火が付いたというのだろうか。

 ミナは容赦なく、魔法陣ランニングを再開した。


 ──十数分後。


「し、死ぬ…。もう死んじゃう……」


 オレは息も絶え絶えになっていた。


「死ぬ死ぬ言っているうちは、まだまだ大丈夫だ」

「お、鬼ぃいいい…!」


 かわいい顔で容赦がないミナ。もしかして楽しんでないか、この姫さま?


「こ、根本的に修行が間違っている可能性はないの?」

「……それはあるかもしれぬな」


 少し考えて、またミナが魔法陣を出した。

 最初に出したヤツと同じで、オレの霊鎖を観るためのものだ。


「ふーむ……」


 自分の顎に手を当て、ミナはじっとオレを見つめる。


 スパルタ特訓が止まったのはいいが、こう見つめられると落ち着かない。


「うーむ……」


 美少女の熱い視線が注がれ続ける。


 ……なんかミナの眼、ヘンなとこ見てないか? 具体的にはオレの股間の辺りを。


 いやいや、ミナはお姫さまだぞ。皇女さまだぞ。そんなはしたないこと、あるはずない。


「……ハジメ」


 オレの股間に熱い視線を送りながら、ミナが口を開いた。


「はい、な、なんでせう?」


 緊張して声が裏返る。


「服を脱げ」


 はいぃいいいいい!?



     3



「な、なななんで服を?」


 思わず、両手で自分の肩を抱き、オレは飛び退いた。


「魔法の修行のためだ」


 じりじり迫りながらミナが言う。


 魔法の修行でなんで服を脱ぐ?


 ……はっ、そう言えば!


 昔、なんかで読んだぞ。

 古今東西の宗教や魔術には、性的興奮とか性的絶頂のエネルギーを利用する修行や儀式があるんだ。

 房中術たっけ? 道教だか仙術とかでそういうのがあるとかなんとか。

 ヨーロッパの魔女が乱交パーティしていたのも、魔力を得るためとかなんとか。


 昨夜のミナの姿が頭に浮かんだ。


 バスタオル一枚の姿。Tシャツとパンツだけの姿。


 ゴクリ…思わず、喉が鳴った。


「どうしたハジメ?」


 ミナみたいなグラマーな美少女と、そんなことができたら……。そう思うと破裂しそうなくらい興奮する。


 でもここは庭だ。外だ。青カンだ。

 さすがに抵抗がある。


 いや、だがしかし! こんなラッキー、二度とない。いいじゃないか、ミナが相手なら!


「は、はじめてだから優しくしてね?」


 震える声で言うオレに、ミナは首を傾げて


「それはムリだ」


 と、冷たく言った。


 えぇええ! それって逆レ○プ? それはイヤだ!


 …………でも。


 ミナならいいか。


「などと考えている間に、脱がされていたよ!」


 気がつけば、ミナの手によって、オレはジャージの上下とも脱がされていた!


 残るはシャツとパンツのみ。

 ミナの手が、パンツに伸びる……


「やっぱムリ! 恥ずかしい!」


 思わず叫んでしまった。


 すると、ミナの手が止まった。


「そうか、恥ずかしいのか」


 こほん、と、ミナはかわいいせき払いをした。


「つい、勢いに任せてしまった。すまない。ここまで脱げば十分だろう」

「えっ? それって、半脱ぎプレイ?」

「何を言っている?」


 ミナの眉が、いぶかしげにひそめられた。


「ハジメのそれ──第一の霊鎖が珍しい色をしている。それが修行が上手く行かない原因かもしれない、と考えたのだ」


 ミナの指がオレの股間を指差した。


「第一の霊鎖って、ここにあるの?」

「ああ。ハジメの家に来るまで、こちらの人々の霊鎖を見た。全員、第一の霊鎖の色は乳白色だった。だがハジメの霊鎖は灰色をしているんだ」


 なんだ、ミナが見ていたのは股間にあるブツじゃなくて霊鎖だったのか。

 ああ、アセった。


「でも、それでなんで服を脱ぐことに?」

「魔法の修行は薄着であるほど良いんだ。霊体の働きを強めるには衣服は邪魔になるからな」

「なんだ、そういうことだったのか」


 残念なような、ほっとしたような気分だ。


「ハジメは何を期待していたのだ?」

「いや、それは……」


 口に出して言えない。かぁっと顔が熱くなる。

 それを見て、ミナは察したようだ。オレにつられるようにミナの顔も赤くなった。


 ──沈黙。


 二人の間に微妙な空気が流れた。


「きょ、今日の修行はここまでとしよう」

「お、お疲れさまでした」


 かくして、魔法の修行、その初日は気まずい空気のまま終わった。


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