太刀川警察署は、太刀川駅から北に徒歩二〇分ほど歩いたところにある。
署員数は約五〇〇人。すぐ近くに、所属する警視庁第八方面本部や総合庁舎、第四機動隊庁舎、航空隊飛行センターなどがあり、第八方面部の中枢ともいうべき存在であった。
22時を少し回った頃、刑事組織犯罪対策課の
「こんな時間に悪いね」
「また厄介ごとかい?」
鎚田が碇屋だけを呼び出す時は、だいたい厄介ごとの相談である。
「そういうなよチョーさん」
二人の時、鎚田署長は碇屋を「チョーさん」と呼ぶ。
この二人は中学の頃からの親友である。階級が変わってもその付き合いは変わらなかった。
「これを見てくれ」
鎚田がタブレットが見せた。
画面には動画が再生されている。ファンタジーアニメみたいな衣装を着た女が、ヤクザものをたたきのめす動画だ。
「噂のコスプレ犯か」
しかしニュース番組で流れたものとは別物だ。カメラは上からの視点、防犯ビデオのものだろう。女の顔もよく映っている。
「こんなのが出るとは世も末だな……」
碇屋は苦笑した。
肌も露わな美少女が、悪漢相手にハデな立ち回り……まるでマンガかアニメだ。
「この子なら、生安の連中が追っているぜ」
生安とは生活安全課の略である。少年犯罪、ストーカー、銃刀法違反の摘発、サイバー犯罪などを担当している。
被害者が暴力団関係者だったため碇屋も聴取に付き合ったが、組関係のトラブルではなかっため、生安に引き継いだのだ。
「チョーさんも加わってくれ。この女の行方を追うんだ」
「は?」
「手の空いている捜査員もすべて動員だ。大至急かつ内密にこの娘を見つけてほしい」
碇屋は耳を疑い、署長を見た。
「なんでオレたち刑事課まで? おまけに内密だと?」
「知らないよ。上からの指示だ」
苦虫をかみつぶしたような顔で鎚田が言う。
「上って本部長か?」
「あの感じは、その上から…だろうな」
「霞ヶ関の本部からだってのかい?」
碇屋刑事は素っ頓狂な声を上げた。
鎚田はたたき上げだ。そのカンを碇屋は信用している。
つまり、警視庁の上層部が、あのコスプレ娘を探しているのだ。大至急、極秘で……。
「手間掛けて申し訳ないが、頼むよ、チョーさん」
拝むように頼む鎚田に、碇屋は大きくため息をついた。
「世も末だねぇ……」
つぶやいた碇屋刑事は、得体の知れない不安を感じていた。