自転車を飛ばしてドラッグストアに行き、ジャージを買った。
1DKから服も運んでいたけど、まだ段ボール箱から出してない。何より、ミナにオレが着ていた服を着てもらうのに抵抗があったんだ。
「これは動きやすくて良いな」
安物の黒のジャージも、ミナが着ると安っぽく見えないから不思議である。
それどころかキマって見える。
スタイルが良いせいかなと思ったけど、彼女の姿勢が良いのが一番の理由だろう。
ミナは姿勢がいい。すっと伸びた背筋はさすが剣聖である。それでいてカタい感じがなく自然体だ。
実際の身長以上に背が高く感じられる。
金髪のグラマーさんがジャージ着て畳の上に座っている姿は、やはり違和感バリバリだけど。
とにかく、これで落ち着いて話せるな。
「この世界で暮らすにあたり、必要なことを教えてくれないか」
冷えたお茶を飲み干してミナが聞いてきた。
「まず、この世界というかこの日本という国は法律が厳しい」
オレはちゃぶ台の横に置かれた剣を指差し、
「こういう武器を持ち歩いちゃダメなんだ」
「武器なしでどうやって身を守るのだ?」
憤慨したようにミナが言う。
「そのために警察があるんだよ」
「さきほど話に出た、この世界の騎士団だな」
「うん。泥棒とか強盗とか、悪いヤツらが出たら、警察に通報して捕まえてもらうんだ」
オレはスマホを手に取ってミナに見せた。
「この国の人たちのほとんどが、このスマホを持っている。これで警察に連絡すれば、すぐに警官が駆けつけてくる。キミが剣を持って歩いていたり、乱闘とかしたらすぐ通報されるよ」
「むう…」
ミナが両手を組んでうなる。
「キミは指名手配されているし、パスポート…身分を示すものを持ってないから、面倒なことになるよ」
「ここはそなたの国だ。そなたに従おう」
すごく不満そうにミナが言う。ムクれた顔がちょっとかわいい。
とにかく納得してくれて助かった。
ほっとしたら、どっと疲れが押し寄せて来た。
オレは寝室にと考えていた部屋をミナに提供し、自分は茶の間で寝ることにした。来客用の布団、買い足しておいて良かったよ。
「この国では布団を床に敷くのか」
興味津々という顔でミナが言う。
「今は家によるかな」
と、答えかけて、
「もしかして、ベッドのほうが良かった?」
「いや、これはこれで快適そうだ。郷に入れば郷に従え、だ」
楽しそうに言うミナ。
それにしても、よくそんなことわざを知っているな。
「それじゃ、お休み」
「ああ、お休み」
ミナの声に送られて、オレは部屋を出た。
茶の間で布団を敷きながら、ふと、「お休み」と誰かに言うのは何年ぶりだろう、と思った。
なんか嬉しいな。
ちょっとくすぐったいけど。嬉しい。
電気を消し、布団に入る。すぐにまぶたが重くなる。その時──
──ミナのTシャツ姿が目に浮かんだ。
たちまち胸がドキドキして来た。
彼女、ノーブラだったんだよな。
あんなシチュエーション、二次元だけのもので、現実にお目にかかるとは思わなかった。
続いてバスタオル一枚巻いた姿が思い出された。
豊かな胸の膨らみ。まぶしいナマ足……。
「ね、眠れん……!」
身体は疲れているのに、まるで眠れない。
オレは布団の中で、悶々と寝返りを打ち続けた。