1
「我が国の金貨は使えない。魔法で稼ぐこともできない。となれば匿ってもらう礼が出来ないからな」
「お礼とかいいよ」
「私はラファナードの皇女だ。対価も支払わず、一方的に世話になることはできない」
キリっとした顔でミナが言う。
こういう所は姫騎士だ。
でも萌えボイスだから、カッコよさはない。かわいいけど。
「剣聖の称号は伊達ではない。いざとなれば剣を頼りに生きて行くまで」
彼女は立ち上がり、オレに背を向けた。
頼っちゃ駄目ぇ! エンド・オブ・タチカワになっちゃうよ!
でも、どうしたらいい?
この子はプライドが高い。対価のない施しは受けないんだ。
…‥ということは?
お金以外の対価をオレが受け取ればいいのか。たとえば……。
……身体で払ってもらうとか。
細い肩。くびれたウェスト。優美な曲線を描くヒップと脚……ミナのグラマラスな身体に、そんな言葉が浮かんだ。
だぁあああ! 最低!
冗談でもそんなこと考えるな! バカ!
思わず頭を抱え、うずくまってしまう。
「具合が悪いのか? どこが痛いんだ? 私が治療してやるぞ」
ピュアなミナの言葉がオレの心を抉る。こんな子にオレはなんてことを…と情けなくなる。
……治療?
そうだ!
「じゃあ、交換条件! オレに魔法を教えて!」
「魔法を習いたい、というのか?」
「こっちの世界じゃ、どんなにお金積んでも魔法を習うなんてできない。だから、キミを匿う交換条件ってことで、オレを魔法が使えるようにしてくれ」
プライドの高い彼女を説得するにはこれしかない。
「本心からの望みか?」
マジな顔になってミナが言う。
「う、うん」
「では誓いの儀式を行ってもらう」
「ぎ、儀式ぃ?」
「そうだ。我が帝国では師弟の関係は神聖なものだ。まして魔法は大きな力を得るだけに、その責任も重い」
……早まったかもしれない。でももう遅い。
2
「この世界の最高神の名は?」
ミナが尋ねた。誓いの儀式に必要だという。
「お釈迦様? いやお釈迦様は仏さまか。アマテラス…は日本限定だよな」
「この世界に、神はいないのか?」
「いないことはないけど……」
ヴィシュヌ、オーディン、ゼウス、アフラ・マズダー…むしろ多すぎて、どれが最高神かわからない。
キリスト教の神ってヤハウェだっけ? イスラムのアッラーとどっちが偉いんだ? そもそも同じものなんだっけ?
などと悩んでいると、
「では、こちらの魔法──科学の最高権威は誰だ?」
と、ミナに聞かれた。
「科学者で一番エラい人? これかな……」
スマホを手に取り、画像検索する。この人しかいない。
「この舌を出している男が、こちらの魔法界の最高権威か?」
ミナが呆れたような顔で言う。
オレがスマホで表示させたのは、アインシュタインの画像だった。
「そうだ。もっとも優れた科学者の一人だ」
オレの知識では、だけど。
「では、誓いの儀式を執り行う。そなた、名はなんという?」
ミナに問われ、オレはまだ名乗っていないことに気づいた。
「ハジメ、円城寺 一だ」
「ハジメか…良い名だな」
ミナが微笑む。
彼女みたいな美少女に、良い名だ、なんて言われるとくすぐったい。そこに、
ぶぉおおーん! という音が鳴り、オレとミナを中心に光る魔法陣が現れた。
「科学使いの最高権威アインシュタインに誓う。我ミナはハジメの師となり、彼の者に魔法の技を伝える。汝、ハジメはこの契約に同意するか?」
「──同意します」
迫力に呑まれたオレは、考える前に同意していた。
「この契約は、ハジメの修行が完遂するか、どちらかの命が尽きるまで有効である。天が落ち、地が裂けようとも違えることなし」
魔法陣の輝きが一際大きくなる。
ちょ…! 命尽きるまでとか、天が落ちるとか物騒なワードがいっぱいなんだけど?
「これで契約の儀式は完了だ。これから世話になる、ハジメ」
かわいい笑顔で言うミナ。
「……クーリングオフってできないかな?」
オレは、魔法を習いたいと言ったことを後悔していた。