1
「心配いたすな。もう出て行く」
驚くオレに、ミナはかわいい微笑みを向け立ち上がった。
「どこか当てでも?」
「そんなものはない。元の世界に還る方法を見つけるまで、なんとしても生き抜くまで」
かわいい顔と声でクールに言って、ミナは背中を向けた。
「待った!」
オレは思わず、叫んでいた。
「還る方法が見つかるまで、ここで暮らすといいよ」
ミナは驚いた顔で振り向いた。
「私を匿う、というのか? 私はお尋ね者だぞ」
ミナは訝しく目を細めた。
下心あり、と思われたのかもしれない。
それは……まったくないと言えばウソになるけどさ。
「キミはこの世界のことを知らないし、心配なんだ」
500ポンド爆弾並の破壊力を持つ子を野放しにするわけにはいかない。
彼女にとってもこの世界にとっても危険だ。
「では、これは世話になる礼だ」
と、金貨を10枚ほどちゃぶ台に置いた。
この金貨、日本で使えるのかな?
「不足か?」
オレの表情を見て、ミナが聞いた。
「異世界の金貨だから、もらっても使えるかなって」
「我がラファナードの金貨は品質が高いぞ」
純度が高いってことか。
でも、どこに持っていけばいいんだろう? 銀行、いや質屋かな?
「この国では、金そのもので取引するところってないんだよ」
「こちらの世界は不便だな」
ミナは腕組みしてうなった。そして、ぽん、と手を打つと
「では、魔法でカネを稼いで、それで礼をしよう」
「魔法? 破壊力のあるのはダメだよ」
「わかっている。そなた、先ほど切った指を出せ」
玄関先で、オレは、本物とは知らずミナの剣先に触れ、右手の人差し指を切っていた。血は止まっているが、押したら傷口が開きそうだ。
その指を差し出すと、ミナは左手で手首を握った。
「どうした?」
「いや、別に……」
女の子、それもこんな美少女に手を握られたからドキマギしてしまった。
「痛くしないから安心しろ」
ミナはオレが怖がっていると勘違いしたようだ。それはそれで恥ずかしいが……。
そんなオレの内面など知らず、ミナは右の手の平を指の傷にかざした。
「お?」
人差し指の傷が、じんわりと温かくなった。
よく見ると、傷がかすかに光っている。
瞬く間に傷は治った。跡も残さず、痛みもまるでなかった。
「すごい! ホントに魔法だ!」
「もっと大きな傷でも、痛みなく、傷跡も残さず治せるぞ」
と、ミナは豊かな胸をはった。
美少女は、ドヤ顔もかわいいのだな、とオレは妙な感動を覚えた。
「……あ、でも、これはダメだよ」
治癒魔法はすごい。でも問題があることにオレは気づいた。
2
「私程度の治癒魔法では通用しない、というのか?」
むっとしてミナが言う。お姫さまだからプライドが高いんだ。
「この国の医者は免許がいるんだよ。無許可の医者は罪になるんだ」
「国の免状が要るのか? 法がしっかりしておるのだな」
呆れ半分、感心半分という口調でミナが言う。
「それに、ミナの正体がバレるかもしれない。この世界で治癒魔法を使える人間はいないから」
霊能者とかいるけど、あれはインチキだし……。
……まてよ。
中には本物がいるのかもしれない。
異世界から来た魔法使いが、その正体を隠すため霊能者を名乗っているとか。
ミナがいるんだ、彼女の他に、異世界から来た人間がいてもおかしくない。
「そうか、私はシメイテハイとやらにされていたのだな」
ミナの言葉に、オレの思考は中断された。
「もしバレたら、私はどうなるのだ?」
「まず、警察とかが来て……」
「ケイサツとはなんだ?」
「えっと…騎士団みたいなもの?」
リアルの騎士団は違うけど、ファンタジーものだとそんな位置づけだよな?
「ほう、この世界の騎士たちか。一度手合わせしてみたいな」
かわいい声でコワいことを言うミナ。
「いやダメだって! 銃を持っているんだよ」
「ジュウ…とはなんだ?」
「えっと…このくらいの金属の塊を打ち出す魔法具だ」
指で「このくらい」と弾丸のサイズを見せて説明する。
「それは面白そうだ」
ああ、戦う気満々だ。むしろ喜んでいるよ! これだからファンタジーな世界の人は!
「人数も多いんだ。何千人っているんだよ」
「それほどの騎士がいるのか!」
この街には何千人もいないけど、東京全体ならいるだろう。ウソではないよな、うん。
「キミはこの世界の人じゃないから、マズいことになると思う。異世界から来た、なんて言ったらまず病院送りだ。悪くすると魔法の解明のために人体実験……」
……さすがに厨二病的思考がすぎるな。
人体実験はともかく、日本と国交がない国の人、しかも密入国者だからな。ややこしいことになることは確かだ。
ミナのほうを見ると、彼女は考え込んでいた。そして、
「では、私はここを出たほうが良さそうだな」
「ええっ!?」
なんでそうなるの?