1
「私は、無頼の徒にからまれていた女を助けたのだぞ! 何故、お尋ね者になるのだ?」
憤慨する彼女の言葉から察するに、ヤクザにからまれていた女性と出くわし。助けようとして乱闘騒ぎになったみたいだ。
「事情を詳しく話してもらえるかな?」
彼女の言い分を聞けば落ち着くかも知れない、と考えて尋ねた。
「あの時、私は、こちらの世界に飛ばされ、わけも分からずさまよい歩いていた」
いかにも姫騎士、女剣士っぽい、言い切り口調で話す彼女。
その姿、そのコスチュームに似合った口調ではあるんだけど、すごい違和感がある。
彼女の声が、ちょっと舌足らずのアニメ声、萌えボイスだからだ。
かわいいけどさ。おかげでイマイチ緊迫感がない。
「どのくらい歩いたか…女の悲鳴が聞こえたので、そちらに向かったところ、三人の男が女を取り囲み、罵声を浴びせ、小突いていた」
彼女はマグカップのお茶を一口飲むと続けた。
「私は身分を明かし、事情を尋ねた。
──私はミナ・リリア・ラファナード。帝国の第七皇女である、と」
やはりこの子──ミナは姫騎士だったか。
「ところがきゃつらは、私の頭がおかしいと笑いおった!」
彼女──ミナは、ダンっ、とマグカップをちゃぶ台に叩きつけるように置いた。
うん、まあ、普通は信じないよね。帝国の姫だなんて。
おまけに、この萌えボイスである。
気品はあるけど迫力がない。
オレがヤクザたちだったら、やはり笑ってしまっただろう。
「私は無礼を詫びるよう、剣を抜いて警告した。だがきゃつ等は謝罪どころか、下卑た笑いを浮かべ、更なる無礼を働いたのだ」
「で、叩きのめした、と」
「うむ、ここは異世界。こちらにはこちらの法があろうから手加減してやったのだ。本来なら斬って捨てるところだ」
オレはぞっとした。
やはり異世界の人。やはりファンタジーな姫だ。
萌えボイスに騙されてはいけない。
彼女は斬り捨て御免な世界から来たの人間なのだ。
一刀両断されたテレビが目に入った。
ミナを怒らせたら、人間もああなってしまうんだ。
こんなヤバい存在、野放しにしていていいのか?
今からでも警察に通報すべきなんじゃないか?
オレの目は、ちゃぶ台の上に置いたスマホへと向かった。
2
「ちょっと聞くけど」
そっとスマホに手を伸ばしながら、オレは尋ねた。
「ミナってどのくらい強いのかな?」
「どのくらいと言われてもな…自分の身を守れる程度の自信はあるが」
「具体的には?」
あと少しでスマホに手が届く。
でも、この子を警察に突き出していいのかな…とも思う。
「恥ずかしながら、大きな
「竜! 巨人!?」
ゲームとかだと高レベルで戦う相手だよ?
「その剣で、竜や巨人をその…殺したの?」
「疑うのか?」
かわいい声で、しかし鋭い眼でミナがオレをみた。
「いや、竜とか巨人からすれば、その剣は小さいかなって……」
「そういうことか」
小さく笑って、ミナは剣を抜いた。
「ラファナードの剣士は、剣に魔力を込めて振るうのだ」
ミナの言葉が終わらないうちに、刀身が青白い光を帯びた。
まるでビームサーベルだ…と思ってたら、光はさらに強くなり、ゆらめく炎となって立ち上った。
「今、この剣を振るえば、この家は両断、木っ端微塵だ」
「お願い、やめて! 買ったばかりの家なんだ」
思わず両手を合わせ、拝みながら懇願する。それほどの迫力があったのだ。
「心配するな。剣士たるもの、無闇に剣は振るわぬ」
ミナが微笑む。剣がまとっていた炎が、スイッチを切ったみたいに消え、彼女は剣を鞘に収めた。
オレは震えが止まらなかった。
この家が両断、木っ端微塵? 500ポンド爆弾並の破壊力じゃないか!?
もし警察に通報したら……オレは想像してみた。
警官隊がやって来る。
ミナが剣を振るう。
警官隊、瞬殺。
機動隊が出動する。SITとかSATとかいう特殊部隊も出て来る。
ミナが本気で剣を振るう。
街は阿鼻叫喚、血の海で火の海に……。
やばい! 通報なんかしたら大惨事だ! エンド・オブ・タチカワになっちゃうよ!?
オレはスマホから、そっと手を引っ込めた。
「通報はやめたのか?」
ミナの声に、オレはぎょっとなって彼女のほうを見た。
「それは遠くにいるものと話す魔法機械だろう? 私の世界にも似たものがあるぞ」
わ、分かっていたのか?
オレの背中を冷たい汗が流れた。