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#02 一刀両断! TVも常識も真っ二つ!



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 ぐぅうう……。


 重く、低いその音は、目の前にいる女の子から聞こえた。


 彼女のキレイな顔が、夜目にも赤く染まっている。


「お腹、空いているの?」


 オレの問いに、彼女は目を逸らした。かわいい。


「良かったら、ウチで食事してかない?」


 彼女が物騒な目つきをしているのは空腹のか。そう思ったオレは、彼女に提案した。


「どういうつもりだ?」


 はじめて彼女が口を開いた。

 流ちょうな日本語だった。だがオレが驚いたのはその声だ。


 ちょっと舌足らずの、かわいい声……いわゆるアニメ声、萌えボイスである。

 なんだか、二次元のキャラと会話しているような気分だ。


「どうもしないよ。キミに落ち着いてほしいだけだ。その剣をしまってくれたら、食べ物を提供するよ」


「……いいだろう」


 しばらく考えた後、彼女はそう言って剣を鞘に収めた。その眼はまだ警戒していたが、とりあえずぶっそうなものがしまわれて、オレはほっとした。


 玄関のドアを開け、彼女を招き入れる。


「あ、靴は脱ぐんだよ」


 いきなり靴のまま上がろうとした彼女に、オレは慌てた。


「なぜ脱がせる?」


 誤解をされそうな言い方をしないでほしい。


「日本の家は土足で上がっちゃ駄目なんだよ。そういう造りになってないから」


 彼女は、オレへの警戒を強めながら腰を下ろすと、すね当てレッグアーマーを外しはじめた。


 こういうのは国際的な常識だと思うんだけど…マジでこの子、異世界から来たのか?


 いやいや、そんなバカなこと、あるはずがない。

 日本の文化とか仕来りを知っていて当たり前だなんて、思い上がった考えだよな。うん。


 そんなことを考えている間に、彼女はブーツを脱いでいた。


 ヤバい…!


 美少女の生足に、オレは息を呑んだ。肌色面積が一割ほど増えただけなのに、ドキドキしてしまう。彼女には悪いけど、はっきり言ってエロい……。


「こちらへおいで下さい」


 思わず敬語になって、茶の間へと案内した。

 十二畳の茶の間は、まだ24V型テレビとちゃぶ台しかない。


「床は磨かれた木の板と草を編んだマットか…たしかに、これは土足で上がってはいけないな」


 畳を素足でぐいぐいと踏んで、彼女はつぶやいた。

 それを背中で聞きながら、オレは隣のキッチンへと入った。


「忘れてた……」


 冷蔵庫を開けてから、食材がないことを思い出した。こっちに運ぶ前に、中身全部食い切ってたんだ。

 あったのは昼に食べた袋入りのバターロールの残りが四コだった。


「こんなものしかなくてごめんね」


 皿に載せたバターロールと、マグカップに注いだペットボトルのお茶を出した。


「これは…!」


 バターロールを食べて彼女は叫んだ。


「なんと美味いパンだ! ラファナードにこんなパンはない!」


 ──ラファナード。


 それが彼女の国だろうか。聞いたことがないけど、ヨーロッパの国かな。


 そんなことを思いながら、無心にバターロールを頬張る美少女にオレは見とれた。



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「馳走になった。これは礼だ」


 あっと言う間にバターロールを平らげた彼女は、微笑んでちゃぶ台の上に金貨みたいなコインを一枚置いた。


 しかしオレはコインなんか見ている余裕はなかった。


 あらためて照明の下で見る彼女は美しく、愛らしかった。

 実在しているのが信じられないほどだ。でも、オレが言葉を失ってしまったのは……。


 銀色の鎧、その胸当てからのぞく豊かな谷間。

 おみ足と呼ぶしかない、尊いほどに形のいいナマ足。


 いかん、これはいかん! と思いつつも眼がいってしまう。


「どうした?」


 そわそわするオレに、彼女は不審な眼を向けた。


「な、なんでも! そうだ、テレビでも見ようか!」


 慌ててオレはリモコンを取った。


 24V型のテレビは、この十二畳の茶の間では小さく見える。その画面がついた途端、彼女は驚き、立ち上がった。


 なんて間の悪い…!


 映し出されたのはニュース番組、彼女がヤクザふうの男たちを叩きのめす、あの映像だった。


「警察では、この女の行方追って──」


 ぶんっと空気が鳴り閃光が走った。テレビが真っ二つになっていた。彼女が剣で一刀両断にしたのだ。


「これは何の魔法だ! 貴様、魔法使いだな?」


 オレに剣を突きつけ、彼女は叫んだ。


 真っ二つになったテレビ。その断面はまっすぐで、外枠も画面もきれいなまま。普通、割れたり歪んだりするはずだ。なのにレーザーで切ったみたいに、真っ二つ……。


 ここに至り、オレはようやく現実を受け入れた。非現実的な現実を。


 この子は、マジで異世界から来たお人なんだ!


「こ、これはテレビというもので、映像は放送局から流されているものなんだ」

? ホウソウキョクとやらが魔法使いの仲間か?」


 あわてて説明するオレに、ぐい、と剣が迫る。


 ああ、ファンタジーな世界の人にどうやって説明したら…!


 そうだ。さっき「貴様魔法使いだな」と言ったよな。

 この前、ジョージとみたアニメで、似たようなシチュエーションがあったぞ。異世界から来た人に、この世界のことを説明していた……。


「オレたちの世界に魔法はない。魔法を使える人間もいない」


 アニメのセリフを思い出しながら、オレは言った。


「では、これはなんだ?」

「こっちの世界には、魔法の代わりに科学というものがあるんだ。電気とか磁石とか…とにかく、色んな力で動く便利な道具が作られていて、利用したい者はその道具を買うんだ」

「つまり、このとやらは、光の魔法…科学の道具だと?」


 光の魔法…電波も広い意味では光の仲間だよな。


「うん、そんな感じ。放送局が送る電波…目に見えない光を受け、音と映像にする道具なんだ」


「なんと、まるで法則の違う世界に、私は来てしまったのか……」


 彼女は力無くつぶやいた。


「知らぬこととはいえ、魔法具を破壊してしまった。すまない」


 剣を収めた彼女は謝罪した。


 ふう…落ち着いてくれたか。素直な子で助かった。


「ところで、なぜ私がその、とやらに映っていたのだ?」

「あれは、キミを指名手配しているという知らせで──」


 しまった、と思った時は遅かった。


「なんだと! 私はお尋ね者になっているのか!」


 剣に手を掛け、彼女が詰め寄って来た。


 テレビみたいに、家中のものが真っ二つにされかねない勢いだ。


 なんとか落ち着いてもらわないと…!


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