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ぐぅうう……。
重く、低いその音は、目の前にいる女の子から聞こえた。
彼女のキレイな顔が、夜目にも赤く染まっている。
「お腹、空いているの?」
オレの問いに、彼女は目を逸らした。かわいい。
「良かったら、ウチで食事してかない?」
彼女が物騒な目つきをしているのは空腹のか。そう思ったオレは、彼女に提案した。
「どういうつもりだ?」
はじめて彼女が口を開いた。
流ちょうな日本語だった。だがオレが驚いたのはその声だ。
ちょっと舌足らずの、かわいい声……いわゆるアニメ声、萌えボイスである。
なんだか、二次元のキャラと会話しているような気分だ。
「どうもしないよ。キミに落ち着いてほしいだけだ。その剣をしまってくれたら、食べ物を提供するよ」
「……いいだろう」
しばらく考えた後、彼女はそう言って剣を鞘に収めた。その眼はまだ警戒していたが、とりあえずぶっそうなものがしまわれて、オレはほっとした。
玄関のドアを開け、彼女を招き入れる。
「あ、靴は脱ぐんだよ」
いきなり靴のまま上がろうとした彼女に、オレは慌てた。
「なぜ脱がせる?」
誤解をされそうな言い方をしないでほしい。
「日本の家は土足で上がっちゃ駄目なんだよ。そういう造りになってないから」
彼女は、オレへの警戒を強めながら腰を下ろすと、
こういうのは国際的な常識だと思うんだけど…マジでこの子、異世界から来たのか?
いやいや、そんなバカなこと、あるはずがない。
日本の文化とか仕来りを知っていて当たり前だなんて、思い上がった考えだよな。うん。
そんなことを考えている間に、彼女はブーツを脱いでいた。
ヤバい…!
美少女の生足に、オレは息を呑んだ。肌色面積が一割ほど増えただけなのに、ドキドキしてしまう。彼女には悪いけど、はっきり言ってエロい……。
「こちらへおいで下さい」
思わず敬語になって、茶の間へと案内した。
十二畳の茶の間は、まだ24V型テレビとちゃぶ台しかない。
「床は磨かれた木の板と草を編んだマットか…たしかに、これは土足で上がってはいけないな」
畳を素足でぐいぐいと踏んで、彼女はつぶやいた。
それを背中で聞きながら、オレは隣のキッチンへと入った。
「忘れてた……」
冷蔵庫を開けてから、食材がないことを思い出した。こっちに運ぶ前に、中身全部食い切ってたんだ。
あったのは昼に食べた袋入りのバターロールの残りが四コだった。
「こんなものしかなくてごめんね」
皿に載せたバターロールと、マグカップに注いだペットボトルのお茶を出した。
「これは…!」
バターロールを食べて彼女は叫んだ。
「なんと美味いパンだ! ラファナードにこんなパンはない!」
──ラファナード。
それが彼女の国だろうか。聞いたことがないけど、ヨーロッパの国かな。
そんなことを思いながら、無心にバターロールを頬張る美少女にオレは見とれた。
2
「馳走になった。これは礼だ」
あっと言う間にバターロールを平らげた彼女は、微笑んでちゃぶ台の上に金貨みたいなコインを一枚置いた。
しかしオレはコインなんか見ている余裕はなかった。
あらためて照明の下で見る彼女は美しく、愛らしかった。
実在しているのが信じられないほどだ。でも、オレが言葉を失ってしまったのは……。
銀色の鎧、その胸当てからのぞく豊かな谷間。
おみ足と呼ぶしかない、尊いほどに形のいいナマ足。
いかん、これはいかん! と思いつつも眼がいってしまう。
「どうした?」
そわそわするオレに、彼女は不審な眼を向けた。
「な、なんでも! そうだ、テレビでも見ようか!」
慌ててオレはリモコンを取った。
24V型のテレビは、この十二畳の茶の間では小さく見える。その画面がついた途端、彼女は驚き、立ち上がった。
なんて間の悪い…!
映し出されたのはニュース番組、彼女がヤクザふうの男たちを叩きのめす、あの映像だった。
「警察では、この女の行方追って──」
ぶんっと空気が鳴り閃光が走った。テレビが真っ二つになっていた。彼女が剣で一刀両断にしたのだ。
「これは何の魔法だ! 貴様、魔法使いだな?」
オレに剣を突きつけ、彼女は叫んだ。
真っ二つになったテレビ。その断面はまっすぐで、外枠も画面もきれいなまま。普通、割れたり歪んだりするはずだ。なのにレーザーで切ったみたいに、真っ二つ……。
ここに至り、オレはようやく現実を受け入れた。非現実的な現実を。
この子は、マジで異世界から来たお人なんだ!
「こ、これはテレビというもので、映像は放送局から流されているものなんだ」
「
あわてて説明するオレに、ぐい、と剣が迫る。
ああ、ファンタジーな世界の人にどうやって説明したら…!
そうだ。さっき「貴様魔法使いだな」と言ったよな。
この前、ジョージとみたアニメで、似たようなシチュエーションがあったぞ。異世界から来た人に、この世界のことを説明していた……。
「オレたちの世界に魔法はない。魔法を使える人間もいない」
アニメのセリフを思い出しながら、オレは言った。
「では、これはなんだ?」
「こっちの世界には、魔法の代わりに科学というものがあるんだ。電気とか磁石とか…とにかく、色んな力で動く便利な道具が作られていて、利用したい者はその道具を買うんだ」
「つまり、この
光の魔法…電波も広い意味では光の仲間だよな。
「うん、そんな感じ。放送局が送る電波…目に見えない光を受け、音と映像にする道具なんだ」
「なんと、まるで法則の違う世界に、私は来てしまったのか……」
彼女は力無くつぶやいた。
「知らぬこととはいえ、魔法具を破壊してしまった。すまない」
剣を収めた彼女は謝罪した。
ふう…落ち着いてくれたか。素直な子で助かった。
「ところで、なぜ私がその、
「あれは、キミを指名手配しているという知らせで──」
しまった、と思った時は遅かった。
「なんだと! 私はお尋ね者になっているのか!」
剣に手を掛け、彼女が詰め寄って来た。
テレビみたいに、家中のものが真っ二つにされかねない勢いだ。
なんとか落ち着いてもらわないと…!