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71. やっぱり和牛

「んほぉ……。美味い……。肉はやっぱり和牛に限るねぇ……」


 シアンは恍惚とした表情でうっとりと目を閉じる。


「焼かないとお腹壊しますよ……」


 そんなシアンをジト目でにらみながら、ネヴィアは甲斐甲斐しく肉をロースターに並べていった。


「大丈夫だってぇ!」


 シアンは目を輝かせながら次を取ろうと箸を伸ばす。


 カッ!


 シアンのステンレスの箸を、衝撃音を放ちながら女神が箸でつまんで止める。


「あんた! 一人で全部食べる気なの?」


 女神は琥珀色の瞳をギラリと光らせ、シアンをにらんだ。


「肉は早い者勝ち……」


 シアンはキラリと碧眼を輝かせると、目にも止まらぬ速さで次々と箸をロースターめがけて繰り出し、女神は負けじと防衛し続けた。


 カカカカカッ!


 激しい攻防の衝撃音が部屋に響きわたる。


「へっ!?」「ひぃぃぃ」「またか……」


 一同は唖然として、この世界の創造者と宇宙最強の二人の、世界を揺るがしかねない攻防を見守った。


「隙ありっ!」


 シアンは左手を素早く伸ばし、なんと手で肉をつかむ。


「甘い!」


 女神はテーブルをこぶしで叩き、ロースターの周辺から衝撃波を発生させた。


 それはシアンの手を吹っ飛ばし、トモサンカクは宙を舞う――――。


 へっ!? あっ!? うわっ!


 みんなが驚く中を、トモサンカクは光の微粒子を纏いながらクルクルと回り、ドアの方へとすっ飛んで行った。


「ハーイ! ピッチャーお持ちしましたぁ!」


 間の悪いことにガラララと、ドアが開く。


 一同は青くなってそのドアへと飛んでいくトモサンカクを目で追った――――。


 くっ!


 ソリスは瞬時に席からドア前まで移動すると、パシッとトモサンカクをはたいてロースターへ叩き戻し、さらに瞬時に席に戻る。それは0.5秒にも満たないソリスならではの早業だった。


 みんな一斉に胸をなでおろす。店員に生肉を飛ばしてくる客など出入り禁止になってしまうのだ。


「あれ? 何か……ありましたか?」


 部屋に入ってきた店員は、静まり返る室内に不審に思って首をかしげる。


「いや、何にもないよ! ピッチャーちょうだい!」


 シアンはニコニコ笑いながらピッチャーを受け取った。


「はい、どんどん食べてねー!」


 女神は焼けたトモサンカクをみんなのお皿に配っていく。ただ、そのステンレス製の箸は激しい攻防でひしゃげ、熱を帯びて赤く光っていた。



      ◇



「女神様がこの世界を……創られたんですよね?」


 宴もたけなわとなって盛り上がってきた時、タケルは恐る恐る聞いた。


「そうよ? ここまでするのホント大変だったんだから」


 女神はウンザリした顔で肩をすくめる。


「大変さは良く分かります。なぜ……、それでもやったんですか?」


 女神はジョッキをドン! と置き、琥珀色の瞳でまっすぐにタケルを見つめると、


「何言ってんの? あなたがやらせたんじゃない……」


 そう言って忌々しそうににらんだ。


 は……?


 タケルはどういうことか分からず言葉を失った。六十万年前から進められていたこの地球建設に、なぜ自分の意志が絡むのか全く意味不明だったのだ。


「シュレディンガーの猫って知ってる?」


 女神は不機嫌そうにジョッキをあおるとぶっきらぼうに言った。


「えっ!? 箱の中に入れた猫が、生きてるか死んでるか分からないって奴ですか?」


「惜しい! 『分からない』じゃなくて、『観測を待ってる』のよ」


「猫の生死は観測を待つ……ってこと……ですか?」


「そう。観測をすることにより結果が確定し、原因がさかのぼって作られるのよ」


「いやいやいや、『原因があって結果がある』これがこの世界の鉄則ですよ」


 女神が言い出した不可思議な話にタケルはドン引きだった。原因があるから結果がある。それは常に『当たり前』のこととして全てが動いているのだ。


「それがさぁ、この宇宙では成り立たないのよねぇ……」


 女神はウンザリしたように首を振る。


「成り……立たない……?」


 タケルはその常軌を逸した話にゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


「科学者はみんな知ってるけど、量子レベルの観測をすれば『結果が先で原因が後付け』ってことはいくらでもあるの。要はこの世界は【観測ファースト】、観測することですべてが動き出すのよ」


「そ、そんな……」


 タケルはその荒唐無稽な話に絶句する。科学の最先端では因果の糸はほつれているのが当たり前だという。それでは何を頼りに前に進めばいいのか、タケルは深い混乱に陥った。


「これ、どういうことか分かる?」


 琥珀色の瞳で女神はタケルの顔をのぞきこむが、タケルは何も答えられず、ただ、青い顔で首を振るばかりだった。


「この宇宙では観測者が一番偉いのよ」


「偉い……?」


「観測しない限り宇宙では何も決まらないんだもの。月だって誰も見ていなければ消えてしまうわ」


「そ、そんな馬鹿な……」


「だって誰も見ていない月なんて存在する意味ないわ。誰かが見つけたらそこから逆算して月は生まれるのよ」


 はぁ……。


 タケルは畳みかけられる奇妙な話に頭がパンクしそうだった。


「そ、それと『私が女神様に地球を創らせた』という話がどう関係してるのですか?」


「あなた……。日本で死ぬ前何を考えていたのかしら?」


「えっ!? あの頃は……確か……」


 タケルはプログラマーとして会社勤めをしていた頃のことを思い出す。


 メモリが4GBしかないショボいPC、使えない同僚、ITのことを一切分からない体育会系上司。仕事は全てタケルの元に集まり、毎晩深夜まで尻ぬぐいのコーディングを繰り返させられていた。


 そんなタケルの楽しみはラノベだった。異世界ファンタジーで魔法をぶっ放すヒーロー、そして可愛いヒロイン。深夜の電車で妄想を膨らませてくれる甘いストーリーに浸りながら『異世界転生しねぇかなー!』とつい声に出してしまったことを思いだした。


「異世界転生したかったんでしょ?」


「そうかも……しれません……」


 タケルは恥ずかしくなり、真っ赤になってうなだれる。


「その妄想の中で異世界転生後の自分を観測しちゃったんでしょうね。それが私を呼び出し、六十万年の過去にさかのぼってこの世界の仕組みが構成されたのよ」


「はぁっ!?」


 あまりにもバカバカしい話にタケルは口を開けたまま固まってしまった。



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