「クレアちゃん……、呼び戻す?」
見かねた瀬崎はボソッとつぶやく。
へ……?
タケルはその耳を疑うような言葉に固まった。
「瀬崎様! そ、それは禁忌……」
横で聞いていたネヴィアが真っ青な顔で言いかけるのを遮って、タケルがガバっと体を起こす。
「そ、そんなことできるんですか!?」
涙でグチャグチャになった顔を隠しもせず、瀬崎をまっすぐに見つめるタケル。
「はっはっは! 君がそんなこと言うなんてね。自分の存在をなんだと思っているんだ?」
瀬崎は楽しそうに笑った。
「じ、自分……ですか……? あっ!?」
タケルは自分自身死んで転生してこの世界にやってきたことを思い出す。死は終わりではないのだ。それは自分の存在が証明していた。
「瀬崎様、マズいですよぉ……」
ネヴィアは眉をひそめながら小声で言う。
「もちろん、命の再生は女神様の専権事項。僕がやったら捕まっちゃうよ。でも、蛇の道は蛇。バレなきゃいいのさ」
瀬崎は悪い顔でニヤッと笑った。
「ど、どうやるんですか?」
タケルは身を乗り出す。
「これさ」
瀬崎はそう言いながらポケットから小さなガラスのかけらを取り出し、テーブルに置いた。
「え……? こ、これは……?」
タケルは恐る恐る手を伸ばし、そのガラスの破片を手に取ってみる。まるで目薬のような不思議な形をしたそれは、光にかざしてみると中に集積された微細な構造がキラキラと虹色に輝き、まるで宝石のように見えた。
「も、もしかして……」
ネヴィアは嫌な予感を感じ、首を振りながら後ずさる。
「君の想像通り。これをジグラートのサーバーに挿す。それで解決さ」
「いやいやいや、ジグラートなんて誰が行くんですか?」
「タケル君……だけど、タケル君じゃ何もわからないからね。ついて行ってあげて」
「えぇぇぇぇぇ!! 嫌ですよぉ! 嫌っ! 死にたくないぃぃぃ!」
ネヴィアは目に涙を浮かべ、バタバタと暴れる。
「はははっ、大げさだな。それこそ上位存在に見つかったりしなければ楽勝でしょ? それに、そのくらいやってあげてもいいんじゃないか? 君も結構お世話になってるんだろ?」
「嫌です! 嫌っ!」
ブンブンと子供のように首を振るネヴィア。
「何? 君、そんなに薄情なの? ならそろそろ君の勤務実態の精査を……しようかなぁ……」
瀬崎はそう言いながら空中にウインドウを開いた。
「お、お待ちください!」
ネヴィアは急に真顔になって瀬崎の腕をガシッとつかんだ。
「わたくしが彼を案内します! わたくしは情に厚いですので」
「厚い?」
「そりゃもう南極の氷より厚いと評判であります!」
瀬崎はその見事なまでの手のひら返しにクスリと笑うと、ポケットから小さな黒いチップをネヴィアに渡した。
「じゃあ、これ。シャトルのキー。ご安全に」
「了解であります!」
ネヴィアはビシッと敬礼をすると、タケルの手を取って、「すぐに行くぞ!」と上へと一気にジャンプした。
うわぁ!
床を離れ、小さくなっていく瀬崎を見ながら、タケルは慣れない移動方法に目を白黒とさせる。
「くぅ……。面倒くさいことじゃ……」
ネヴィアは口をとがらせ、深くため息をつく。
「わ、悪いねぇ。でもクレアのため、協力してくれよ」
タケルは予想もしていなかったクレア復活のチャンスに胸は躍り、ワクワクしながらギュッとネヴィアの手を握った。
「乗り掛かった舟じゃからな……。じゃが、死んでも文句は言わんでくれよ」
ネヴィアはそう言いながらポケットからスプレー缶のような道具を出すと、プシュッとひと吹きし、スペースコロニーの中心部分を奥に向かって飛び始めた。オフィススペースの奥は公園のような木の生い茂るエリアとなっていて、その奥には芝生エリアが広がっている。
「死ぬって……、そんなに危険なの?」
タケルは芝生でピクニックをしているのどかな人たちの上空を飛びながら、眉をひそめる。
「ジグラートは海王星の中、氷点下二百度のダイヤモンドの吹雪が吹き荒れる中にある。以前行った時は遭難しかかったんじゃ」
「な、なんでそんなところに……」
「宇宙で一番寒いところじゃからな。サーバーから出る多量の排熱を冷やすには都合は良かったんじゃろ? 知らんけど」
「サーバー? ジグラートってデータセンター……なの?」
「そうじゃ、全長一キロにもなるダイヤモンドの吹雪の中に浮かぶ漆黒のデータセンター。まさにバケモンじゃよ」
「そんな巨大データセンターで一体何を……?」
「……。お主もうすうす感づいとろう。地球を創り出しておるんじゃ」
「えっ!? コンピューターで地球を創ってる!?」
「そうじゃ。大地も海も街も人も動物も全部デジタルの産物じゃ。お主も我もな」
タケルはその説明に言葉を失った。今までの人生、何の違和感もなく地球があって人があることを当たり前のように感じていたが、全てそれは幻想だったということらしい。いわば世界はVRMMOのようなバーチャルゲームであると考えた方がいいのかもしれない。
そう考えてくると自分が転生したことも、ITスキルで魔法を繰り出せたことも、そして、これからクレアを生き返らせに行くことも全てスッと胸に落ちてくる感覚があった。
しかし、それを認めてしまうと自分はゲームのキャラクター同然ということになる。タケルはその受け入れがたい話をどう捉えたらいいのか分からず、ギリッと奥歯をかみしめ、顔をしかめた。