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60. 選択の結果

「今参ります!」


 ネヴィアはそう言うと、タケルの手を取ってピョーンと跳び上がる。


 うわぁ!


 タケルはコロニーの上空へと連れていかれた。しかし、跳び上がってしまえば基本無重力である。二人は不思議な軌跡をえがきながらやがて男性の方へと近づいて行く。


 ネヴィアはくるりと回って着陸態勢に入ると、タケルにも足を床の方へと向けさせた。


 おわぁ!


「上手く着地するんじゃぞ!」


 かなりの速度で回っている床に、ネヴィアは一足先にスライディングするように着陸すると、タケルの身体を受け止める。


 よいしょー!


 タケルはネヴィアに抱きかかえられるようにして何とか床に着地した。


 ふぅ……。


 安堵しているタケルの元に男性がニコニコしながら近づいてくる。


地球ジオスフィア管理局ネクサスへようこそ!」


 ダボっとしたわずかに金属光沢を放つジャケットを着た、気さくな男性はにこやかに右手を差し出した。


 タケルは困惑しながら握手をする。


「あ、あなたが……、魔王……ですか?」


「あぁ、それは魔人たちが勝手にそう呼んでいるだけさ。僕は瀬崎せざきゆたか。ただの管理人アドミニストレーターだよ」


 瀬崎は面倒くさそうに肩をすくめた。


「瀬崎……? もしかして……」


「そう、僕も日本出身さ。まぁ座って……」


 瀬崎はそう言いながら会議テーブルの席を案内した。


 は、はぁ……。


 タケルは人類の敵、クレアの仇である魔王が、こんなスペースコロニーで働いている日本人だったことに混乱を隠せない。


 瀬崎はコーヒーを入れたカップをタケルに差し出す。


「いやぁ、まさかあんな攻撃を繰り出してくるとは完全に予想外だったよ。おかげで魔王軍は全滅。君の完勝だな」


「なぜ……、なぜこんなことをやっているんですか?」


 タケルは声を震わせながら、極力冷静に努めながら聞いた。


「これが……宇宙の意志……だからかな?」


 瀬崎は自分も納得していない様子で、渋い表情を浮かべながら首をかしげる。


「人を殺すのが宇宙の意志だって言うんですか!?」


 タケルはガン! と、テーブルをこぶしで叩いた。こんなところで涼しい顔で人類を手玉に取っている構造など許しがたいのだ。


「うん。君の怒りは良く分かる。僕も最初そう思ったからね」


「人生はゲームじゃないんだぞ! みんな必死に生きているんだ!」


 タケルは涙声で吠えた。


「そりゃそうさ。でも、僕だって必死に生きてるんだけど?」


 瀬崎は肩をすくめる。


 タケルは訳が分からなくなった。本当ならこの日本人をボコボコに殴ってしまうべきなのかもしれないが、それで何かが解決するような気もしないのだ。今まで生きてきた自分の人生がまるで映画だったかのような錯覚すら覚えてしまう。


「一体……なんなんだよぉ……」


 タケルはポロポロと涙を流しながら、怒りの矛先が分からなくなってテーブルに突っ伏した。



         ◇



 タケルが落ち着くのを待ち、瀬崎は淡々と説明をする。


「我々は地球を創り、そこに人類を産み落とす。そして、エネルギッシュな多様性のある社会となるようにあらゆる施策を盛り込み、時には敵を作り、時には助け、人類の健全な発展に貢献していく。死など望んではいないが、その過程で死者が出るのは避けられない」


「そんなことのために……クレアは殺されたんですか!?」


「おいおい、僕がやっているのは舞台の整備だけだ。そこで何が起こるかは君たち登場者の選択の結果だ」


「選択の……結果……?」


「魔人が危険な相手だということは君も知っていたはずだ。不審なものを見かけたクレアちゃんを単独行動させるなんて僕なら絶対やらんよ」


 肩をすくめる瀬崎。


「そ、それはそうですが、だからと言って人殺しを配置していたあなたにも責任はあるんじゃないんですか?」


 タケルは泣きはらした目で瀬崎をにらんだ。


「あるかもしれないね。でも、これ、仕事だからね。文句あるなら女神様に言って」


 瀬崎はつまらなそうに首を振った。


 タケルは反論しようとしたが、言葉が出てこない。瀬崎の責任を追及してもクレアが戻ってくることはないし、自分に落ち度があるのもまた確かなのだ。


 くぅぅぅ……。


 タケルは自分の愚かさが嫌になり、ガックリとうなだれ、涙をポロポロとこぼす。


「いい娘だったよねぇ……」


 瀬崎はそう言うとコーヒーを一口すすった。


 うわぁぁぁぁ……。


 深い絶望の中で、タケルは自身の失ったものの大きさを受け入れられずに激しく泣きじゃくる。あんなにやさしく、健気な彼女を自分の慢心が原因で失ってしまったことが、タケルの心を容赦なく引き裂いていった。


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