タケルは魔王城に近寄り、どこか出入り口は無いかと手の甲でカンカンと叩きながら構造を探っていく。しかし、まるで水族館の大水槽のように継ぎ目一つなく、ただ、ひんやりと冷たいガラスが続いているだけだった。汚れ一つない透明感をたたえるガラスをのぞきこんでも、中心部には漆黒の闇が広がり、青色に輝く不思議な光の微粒子がチラチラと舞っているばかりだった。
手詰まりとなったタケルはネヴィアに振ってみる。
「なぁ、ネヴィア。お前はここの中に入る方法を知っているんだろ?」
ネヴィアは腕を組み、渋い顔をしてタケルの行動をじっと見つめていた。
「魔王様に会ってどうするつもりじゃ?」
「分からない……。でも、僕はそいつに会わねばならない気がするんだ」
「『分からん』じゃ、紹介しようも無いんじゃぞ?」
ネヴィアは険しい目でタケルを見る。やはり、ネヴィアは魔王への会い方を知っていたのだ。
「……。僕は……、本当のことが知りたいんだ。魔人とは何者で、魔王は何がしたいのか? クレアはなぜ死ななければならなかったのか? 知らなければもう生きてはいられないんだ」
タケルは自然と湧いてくる涙をポロポロとこぼしながら、ブンッと、こぶしを振った。
「……。ええじゃろう。お主は規格外じゃからな。こんなところまで来た人間は初めてじゃ」
ネヴィアはふぅと大きく息をつくと魔王城に近づき、指先でそのガラスの表面に不思議な図形を描いた。
ヴゥン……。
重厚な電子音がしてガラスの表面にパキパキっと格子状に割れ目が入り、その部分がすゅうっと奥へと引っ込んでいく。通路ができたのだ。
「ついてこい」
ネヴィアはタケルをチラッと見ると、魔王城の中へと進んでいった。
◇
古代遺跡の管理人、ネヴィアが魔王城への入り方を知っていた。それはタケルにの心中に複雑な想いを巻き起こす。ネヴィアとうまくコミュニケーションできていたら、もしかしたらクレアが死ぬような運命も回避できていたのかもしれない。そう思ってしまうと心は千々に乱れてしまうのだった。
もちろん、ネヴィアには情報漏洩のセキュリティロックがかかっているのだから、無理だったかもしれないが、それでも試してもみなかったことにタケルは詰めの甘さを感じてしまう。
タケルはネヴィアに続き、一歩一歩ひんやりとする魔王城の中へと足を進めた。最初はガラスを通じて外の景色が見えていたが、曲がっていく通路を進むにつれ徐々に闇に沈み、ただチラチラと青い微粒子が舞うばかりとなってしまう。
暗闇の通路をさらに進むと、向こうに細かい光の点が無数に広がっているのが見えてくる。チラチラと瞬く光の点。それはどこかで見たような記憶がタケルの脳裏をくすぐる。
突き当りまで進んでいくと、いきなり、下の方に壮大な碧い水平線が広がっていた。
へ……?
タケルは一体それが何がしばらく分からなかった。しかし、よく見れば壮大な天の川が流れ、無数の星々の中に壮大な碧の球体が浮かび上がっているのが見て取れた。なんとそれは大宇宙に浮かぶ巨大惑星だったのだ。
はぁっ!?
タケルは動けなくなった。
暗黒の森の奥に作られた魔王城の通路を歩いていたら大宇宙にいる。そんな馬鹿な話があるだろうか?
「何しとる。早く来るんじゃ!」
ネヴィアは渋い顔をして手招きする。
「いや、ちょっと、これ、どういうこと? あれは何?」
「何って、見たまんまじゃろ。太陽系、第八惑星【海王星】じゃ。最果ての碧の惑星じゃな」
「海王星!? なんで魔王城の中が海王星なんだよぉ!?」
タケルはネヴィアに駆け寄った。
「なんでもくそも、全ての星は海王星に抱かれて生まれるからじゃ」
そう言いながら、ネヴィアは突き当りのガラスドアに指先で何かの模様を描いた。
パシュ!
ロックが解除されドアが開く。
ドアの向こうを見てタケルは驚いた。そこはオシャレなオフィススペースだったのだ。無垢材の高級なテーブルに、宙に浮かぶ卵型の椅子、各所に間接照明や観葉植物が配され、バースペースからはかぐわしいコーヒーの匂いが漂ってくる。
ただ、そのオフィスは何とも奇妙な事に、向こうの方は上の方へとせり上がっているのだ。
「タケル君、ようこそ!」
いきなり頭の上から声をかけられ、タケルは驚いて上を見上げた。
はぁっ!?
上にもなんと逆さまのオフィスがあり、アラサーの男性がこちらを見上げて手を振っているではないか。
ここでようやくタケルは気がついた。ここはチューブ状のスペースコロニーなのだ。宇宙空間を円筒状になって回っていて、その遠心力でコロニーの壁面に疑似重力を生み出しているのだ。