自分がこんな仕事を頼まなければ、彼女は王都で楽しく暮らしていたはずなのだ。タケルは一番大切な人を自分のせいで亡くしてしまったことに耐えられず、棺のそばから動くことができない。
データセンターを作り直し、Orange軍を再起動せねばならなかったが、タケルには全てがどうでもよくなっていた。
クレアのいない人生にどんな意味があるのか皆目見当がつかず、タケルはただポタポタと涙を流し続ける。知らぬ間にあのクレアの輝く笑顔が自分の心の中を占めていたことにようやく気がつき、自分のバカさ加減が本当に嫌になってしまったのだ。
「おい、魔王軍が集結しているらしいぞ」
ネヴィアはタケルをいたわるように、そっと顔をのぞきこみながら小声で言った。
「殺す……。弔い合戦だ……」
タケルはボソッとつぶやく。
「いやしかし、スマホが使えんなら何もできんじゃろ? どうするんじゃ?」
タケルはクレアの冷たい手を握ったまま、じっと思いを巡らす。
くぅぅぅ……。
全てを奪われてしまったタケル。かたき討ちと言いながら、使える手が何もなかったのだ。
この時、タケルの脳裏を悪魔的な発想が貫いた。武器など何もいらない、全部吹き飛ばしてやればいいのだ。それは常軌を逸したまさに禁じ手だったが、今のタケルには気にもならなかった。
「これだ……。これだよ……。最初からこうすればよかったんだ!」
タケルは目を見開き、ガバっと立ち上がると、力強くネヴィアの手をつかむ。
「魔石の鉱山に送って! 今すぐ!!」
「え? ええが……、どうするつもりじゃ?」
「いいからすぐに!!」
タケルは血走った目でネヴィアを揺らす。その瞳の奥には激しい憎悪の炎が妖しい輝きを放っていた。
◇
暗黒の森の奥、魔石の鉱山に来たタケルは、その
「おい、お主、何をするんじゃ? ヤケになっちゃいかんぞ?」
ネヴィアはタケルの不穏な様子に眉をひそめる。
「ヤケ? まぁ、ある種ヤケかもしれないが、クレアの
タケルはそう言うと岩山のあちこちをキョロキョロと見回し、ゴーレムが採掘しているところへと走った。
ゴーレムは岩山を貫くように縦に入っている亀裂にツルハシを入れ、割りはがすように魔石を採掘している。そのはがしたばかりの採掘面はツルリと真っ平らになっており、アメジストのように赤紫色に美しく輝いて見えた。
「ヨシ! ここにするか……」
タケルはITスキルで青いウインドウを浮き上がらせるとコーディングを始める。岩山の採掘面に黄金色の魔法陣がボウッと浮かび上がった。
「な、何するつもりじゃ!? 魔石の岩山を魔道具にでもするつもりか!?」
ネヴィアは焦った。魔石というのは究極のエネルギーの結晶である。魔道具に燃料としてつけるのが通例だったが、タケルは魔道具をすっ飛ばして、魔石そのものを魔道具にしようとしているのだ。そこにはきな臭い意図が透けて見えた。
「黙ってて! もうすぐ見せてやるよ、俺の……究極の……研究成果を!!」
タケルは一心不乱にソフトキーボードを叩き、目にも止まらぬ速さでコードを書き込んでいく。その様子はまるで命を削るかのような鬼気迫る怨念を放っていた。
近くの岩にちょこんと座り、その様子をじっと見守っていたネヴィアは、その悲痛なまでの執念に首を振り、声をかける。
「なぁ、タケル。何をやるのか分からんが、それはクレアちゃんが生きてたら喜ぶようなものなのか?」
「喜ぶに決まってんだろ! クソ魔族どもを一掃するんだ。クレアも大喜びさ!」
タケルは両手を高く掲げながら泣き叫ぶ。
「い、一掃ってお主……」
「いいから黙ってろよぉ!!」
タケルは涙をポロポロとこぼしながら喚いた。
そのあまりの悲壮な執念にネヴィアは言葉を失い、首を振るとふぅと重いため息をつく。
しばらく作業していたタケルだったが、パーン! と
「よっしゃぁ!
タケルは狂喜乱舞しながら青いウインドウの起動ボタンをパシッとはたいた。
ヴゥン……。
巨大な魔法陣の中に大小さまざまなサイズの精緻な幾何学模様が描かれ、クルクルと回り始める。
ゴゴゴゴゴ……。
岩山全体が黄金の光を放ち始め、まるで地震のような揺れがタケルたちを襲う。
「おい、お主! 何が始まるんじゃ……?」
ネヴィアは尋常じゃない揺れに青い顔しながら聞いた。
「魔王軍をこの世から消し飛ばすのさ! 最初からこうすればよかったんだよ!!」
タケルはグッとこぶしを握り、ブルブルと震える。
「け、消し飛ばすって……、まさか……」
鳴動していた岩山は輝きを増しながら、そのままゆっくりと上昇を始めた。岩山は地下に隠れていた分含めて二百メートルはゆうにありそうな大きさで、それが大空めがけて浮上していく。
「よし、いいぞ、いいぞ……。
まるでロケットの発射のように徐々に速度を上げながら天を目指す岩山。
「馬鹿な……ことを……」
ネヴィアはその可愛い顔を歪めながら青ざめる。
どんどん加速していく岩山は魔王城の方向に徐々に進路を取りながら、どんどんと上空を目指し加速し続けていった。