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55. 魔王軍のターン

 祝勝会の会場で、タケルは、いきなり心地の悪い不安にさいなまれる。周囲の空気が突如として重くなり、落ち着きを失って名もなき焦燥感に飲み込まれていく。


「ちょっと失礼」


 タケルは湧き出してくる悪い汗をぬぐいながら席を立つと、スマホを取り出し、画面を開いて固まった。


「な、何だ!? こ、これは……!?」


 そこにはクレアの死闘を示唆するメッセージが並び、さらに魔法通信が圏外となっていて何もできなかった。これはデータセンターでとんでもないことが起きていることを示している。


「た、大変だ!! ネ、ネヴィア! ど、どこ!?」


 タケルは真っ青になって会場内を見渡し、奥のソファーでソリスと盛り上がっているネヴィアに走った。


「ネヴィアーー! データセンターに今すぐ連れてって!」


「うぃ? なんじゃ、気持ちよく飲んどるのに……」


 ネヴィアはトロンとした目で面倒くさそうにタケルを見あげる。


「なんかありましたの?」


 ソリスは赤ワインのグラスを傾けながらチラッとタケルを見た。


「通信が全滅してる。データセンターで何かがあったんだ!」


「ほう、それは大変じゃな。で、我か? ふぅ……。我にばかり頼りおって、しょうがないのう……。どっこいしょ」


 ネヴィアは渋々立ち上がると、指先で空間をツーっと裂いた。


「ソリスさんも来てくれませんか?」


 タケルは手を合わせて頼み込む。


「えー……。時間外割増料金がかかるわよ?」


 ソリスは面倒くさそうに肩をすくめる。


「ク、クレアに何かあったかもしれないんです!」


 タケルが頭を抱えて叫ぶと、ソリスはピクッと眉を動かし、何も言わずにすくっと立ち上がる。


「急ぎましょ!」


 大剣を背中に背負ってホルダーのベルトをガチっとはめると、ソリスは真っ先に空間の割れ目を開いて跳び込んでいった。



        ◇



 割れ目を抜けると、そこは洞窟の入り口だった。


 しかし、洞窟からはもうもうと黒煙が噴き出しており、とても中へは入れそうにない。


「ク、クレアーー!?」


 タケルは周りを見回しながらクレアを探すが、見つかったのは木がひしゃげている門番のゴーレムが戦った跡だった。


「へっ!? マ、マジか……」


 タケルはガタガタと震える身体をおさえられない。ゴーレムがやられ、データセンターが火の海。それは考えうる限り最悪の展開なのだ。


「くっ! 中にいるのかも……?」


 タケルが中へ入って行こうとした時だった。


「ストーーップ!」


 ソリスが吠える。


 刹那、洞窟から吹き出す黒煙を突き破って、二つの鋭く光る真紅の瞳がタケルに迫った。


 ザシュッ!


 直後、ソリスがタケルの視界をさえぎり、何かがクルクルっと宙を舞った。


 えっ?


 一瞬のことで何が起こったのか分からないタケル。


「くぁぁぁぁ!」


 痛みに顔を歪めながら、魔人は瞬時に展開した背中の翼を力強く打ち鳴らし、上空へと逃げていく。黒く濁った血が失われた腕の斬り口から滴り落ち、それをかばっていた。どうやらソリスが魔人の手を斬り飛ばしたようである。


「降りてこい! 来ないなら消し飛ばすぞ!」


 ソリスは大剣を黄金色に輝かせ、下段に構えて叫んだ。


「くっ……、くははは! 勝てない戦いはしませんよ。でもこれで君たちの希望は絶ちました。これからは魔王軍のターンですからね?」


 魔人は勝ち誇ったいやらしい笑みを浮かべる。フォンゲートが通じなくなってしまった以上ドローンは飛ばせないし、ゴーレムも操れない。今、魔王軍に襲われたらOrange軍は壊滅してしまうのだ。


「ク、クレアをどうした!?」


「あぁ、あの娘なら最期にあなたに謝ってましたよ。『ごめんなさい』だって。なーんて健気なんでしょうかね? はーっはっは」


 高笑いする魔人にソリスは光の刃を放った。


 バスッ!


 森の中を軽やかに飛んだ光の刃は魔人を一刀両断に切り裂く。しかし、手ごたえはなく、魔人は笑いながら粉々になり、そしてすぅっと消えていった。


「くっ! ク、クレアぁぁぁ」


 タケルはいてもたってもいられず、黒煙噴き出す洞窟へと突っ込んでいく。


「ほらよっ!」


 ネヴィアそんなタケルに青白く輝くシールドをかけてあげた。



       ◇



 黒煙に満ちた洞窟を何とか抜け、広間にたどり着いたタケル。


「クレア! どこだ? おーい!!」


 見回すと、燃え上がるサーバー群の中に倒れているクレアを見つけた。


「ああっ! ク、クレアぁぁぁ!」


 駆けつければ、美しい顔は苦痛を示すように赤黒い血と煤で汚れ、あちこち切り裂かれた袖がその死闘のすさまじさを物語っている。


「うあぁぁぁ! クレアぁぁぁぁ!!」


 慌てて抱き起してみたものの、クレアは既に息絶え、その光のない瞳は遠い世界を見つめていた。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 燃え盛る火の嵐の中で、絶望に塗りたくられた絶叫が洞窟に満ちる。愚かにも一番大切な人を失ってしまったのだ。


 タケルは自分の短絡的な見通しと、クレアの言葉を真摯に受け止めなかった愚かさへの悔恨に包まれる。胸の奥深くから湧き上がる痛みに押し潰され、タケルは声を枯らして泣き叫んだ。



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