なんだかどっと疲れが出てしまったクレアは、一人アバロンの保養所へと帰っていった。本当は単独行動は禁止されていたのだが、タケルは話も聞いてくれないし、休養にまで誰かについてきてもらうわけにもいかない。
王都行きの魔導バスに揺られながらクレアはぼーっと車窓の景色を眺めていた。白い雲がぽっかりと浮かぶ青空のもと、丘陵にはどこまでも麦畑が広がり、小さな赤い三角屋根の家がポツンと見える。そこでは老夫婦が楽しそうに何かを話していた。
自分たちの活躍により、彼らの穏やかな日常が守られたのかもしれないと思うとクレアは誇らしく思うものの、謎の男の存在がどうしても気になってしまい、はぁと重いため息を漏らす。
数時間揺られたクレアは、王都近くの街で降りた。そこからは迎えに来ていた使用人の馬車に乗って久しぶりの保養所にやってくる。
以前は毎月魔石の補充に来ていたクレアだったが、今ではゴーレムが代わりにやってくれているので最近は訪れていない。ただ、サーバーラックの増設が必要だということなので一度は様子を見に来ようと思っていたのだ。
部屋に荷物を置いたクレアは早速裏山の洞窟へと足を運ぶ。途中、藪の中でひそかに警備しているゴーレムの様子を見つけたクレアは声をかける。
「お疲れ様っ!」
グァッ!
いかつい岩でできた身長二メートルを超えるゴーレムにはコケが生え、しばらく身動きもしていないようであったが、それでもじっと異状が無いか森の中を見つめ続けていた。
狭い入口についた金属の扉を
「うわぁ、素敵ねぇ……」
以前来た時よりはるかに盛大に瞬く光の洪水にクレアは圧倒される。一つ一つのランプは誰かが想いをもってどこかへアクセスしている輝きであって、それはまるで人類の熱い想いの活動を一堂に集めた『想いの宝石箱』のように見えた。
その時だった。グオォォ! というゴーレムの咆哮に続き、ズガーン! という、激しい衝撃音が入口の方から響いてきた。
えっ……!?
クレアは心臓が飛び出んばかりに驚いた。ゴーレムが誰かと戦っている。それはあってはならないことだった。
グォ……。
ゴーレムの力ない弱弱しい声が聞こえ、ズシーンという衝撃音が続いた。どうやらゴーレムは侵入者に倒されてしまったようだった。
ひ、ひぃぃぃ!
クレアは奥の方へと慌てて走る。何者かが侵入してきている。それもゴーレムを瞬殺できるような手練れ、いきなり訪れた絶体絶命のピンチにクレアは真っ青となった。
カッカッカッ……。
洞窟に入ってくる侵入者の不気味な靴音が響き渡る。
クレアはポーチから急いで護身用の魔銃を取り出した。いつの間にか跡をつけられていたということだろう。気を付けていたつもりだったのだが、敵の方が一枚上手だった。事の重大さにクレアは気が遠くなる思いがする。
「おやおや……、何ですかここは……? ほぅ? 素晴らしい! こんなところがあったとは……マーヴェラス!!」
パチパチと拍手をしながら無数の青ランプに浮かび上がったのは、若い長髪の男だった。フォーマルのジャケットを纏い、銀の鎖が胸のところでキラキラと輝いている。
「あっ! あなたは翼の上に居た……」
「おやおや、バレてましたか。クレア・アバロンさん。いやぁ、あなたの操縦テクニックはまさにエクセレント! おかげで僕の可愛いペットたちが……灰になってしまった……。でも、おかげで凄いものを教えてもらえましたねぇ。クックック……」
男は口角を吊り上げ、楽しそうに間を詰めてくる。
ワイバーンたちをペットと呼ぶこの男は魔人に違いない。魔人にOrangeの最高機密を教えてしまったクレアは、その罪の大きさに足ががくがくと震えた。
「近寄らないで!」
クレアは魔銃の安全装置をカチッと外し、魔人に向けた。引き金を引けばファイヤーボールが射出される。魔人に効くかどうかわからないが、もはやなんだってやるしかなかった。
「ほう? そんなオモチャでこの僕を止められるとでも思ってるのかな? クックック……」
魔人は足を止めなかった。
くっ……!
クレアは銃を構えながらじりじりと後ずさる……。ゾーンを発動して魔人の一挙手一投足をスローモーションのように観察しながら時を待った。
カチッ……。
魔人が床の『食べかけのオレンジ』マークのタイルを踏んだ時だった。クレアが腕時計のボタンを押す音がかすかに響く。
刹那、魔人の足元に巨大な真紅の魔法陣がブワッと展開し、中の幾何学模様がクルクルッと回った――――。
ズン!
魔法陣から放たれる盛大な火柱は、魔人を一瞬で包み込む炎の牢獄となる。その閃光で洞窟は光の洪水に覆い尽くされ、闇を一掃した。
緊急時の侵入者撃退トラップを発動させたのだ。どんな生き物でも瞬時に焼き払う、最高難度の火魔法をかけ合わせたタケルの最高傑作だった。これを使えばサーバーにもダメージは行ってしまうため、半分自爆装置的な究極の最終手段である。
やった……?
腕で顔を覆い、激しい熱線を避けながら、じっとその火柱を見つめるクレア。これで効かなければもう打つ手などないのだ。クレアは冷や汗を流しながらただ攻撃成功を祈っていた。