奪還作戦最終日――――。
Orange軍は毎週奪われた村々の奪還作戦を粛々と実施し、数か月もすると旧領土は残すところ村一つとなっていた。
「さーて! バッチリ決めますよぉ!」
いつも通り超音速でターゲットの村をカッ飛んでいくクレア。
すると前方に大きめの反応がいくつか浮き上がる。明らかに待ち伏せしているような布陣である。
「クレア!
画面を食い入るように見つめていたタケルは、焦って叫んだ。
「
クレアは素早く操縦桿を倒すが、同時に森の中からファイヤーブレスの火柱がすっ飛んでくる。ワイバーンが潜んでいたのだ。
ゴォォォォ!
ギリギリで直撃は免れたものの、激しい灼熱の閃光が画面を真っ白にしてしまった。
しかし、クレアは慌てず目を閉じゾーンに突入すると、冷静に体に染みついた機体の動きを思い出しながらバレルロールでファイヤーブレスをくるりと回避し、スロットル全開で上空へと離脱した。それはクレアでなければできない神がかった凄技だった。
やがてカメラの視界が戻ってくるとクレアはニヤッと笑い、機体を背面宙返りさせていく。青空に純白の美しい機体が陽の光を浴びてキラリと輝いた。
追いかけ始めていたワイバーンたちはそれを見て本能的に恐怖を感じる。華奢で小さな機体。しかし優雅に宙返りする姿には王者のオーラの香りが漂っていたのだ。
「おいおい! 敵は三体だぞ! 無理するな」
タケルは思わず叫んだが、クレアは操縦桿の先端に付けられた発射ボタンのカバーをパカッと開けた。
「この空は私のよ! ファイヤー!」
超音速で急降下しながら
ズン! ズン! ズン!
慌てて逃げようとしていたワイバーンたちに正確に着弾し、爆音が森に響き渡った。
ギュァァァァ!
断末魔の叫びが響く中を
「おぉぉ……神……か?」
タケルはあっという間にワイバーンを三体も撃墜したことに圧倒され、言葉を失ったまま静かに首を振った。
◇
後からやってきたドローンたちは、魔石爆弾を魔物の反応があった位置に向けてバラバラと落としていく。やがて魔物に占拠された村のあちこちで大爆発が起こり、キノコ雲が次々と立ち上がっていった。特に砦跡には集中的に爆弾が投下され、逃げ惑う魔物たちもろとも粉々に吹き飛ばしていった。
あらかた掃討が終わるとゴーレムたちが残党狩りを始める。廃墟の中を、洞窟を、森の中を丹念に探し、隠れている魔物たちを撃破していく。
やがて、教会の三角屋根のてっぺんに『食べかけのオレンジ』の旗がはためいた――――。
ウォォォォ! やったぞ! バンザーイ!
作戦司令室は歓声に沸いた。ついに失われた領土を全て人類の手に取り戻したのだ。それは一方的に押され続けてきた人類にとって、希望となる勝利だった。
クレアはそんな歓声を聞きながら基地へと舵を切る。今回も無事に任務を達成し、貢献できた興奮が静かにクレアの心地よい疲れに色を添えた。
ふぅと大きく息をつくとコーヒーを一口すするクレア。その時、照準カメラの隅に何かが動くのを見つけた。
え……?
若い長髪の男が翼の上に立っている。それもカチッとしたフォーマルのジャケットに銀の鎖を煌めかせてニヤリと笑っているのだ。
飛んでいる飛行機の上に乗り込む男、それは常識を超えた禍々しさをはらみ、クレアの背筋にゾッと冷たいものが走った。
慌ててクレアはバレルロールをし、曲芸飛行のようにクルクルと回る。さすがにこれには対応できなかったのか、それ以降カメラには捉えられなかった。
しかし、これは明らかに異常事態である。
クレアは帰投すると急いでタケルのところへ駆けて行った。
「タケルさん! 大変! 大変なの!」
作戦成功に沸く指令室は歓喜に包まれ、タケルは多くの祝福攻めにあっていた。
「ク、クレア、どうしたんだ?」
「
「は……? 誰が?」
「分かんないんだけど、ジャケットを着たキザな男が帰投中の翼に立ってたの」
「いやいやいや、飛行中の翼の上に立つなんてことはあり得ないよ」
タケルは苦笑いをして肩をすくめる。
「でも、見たのよ!!」
クレアは必死に訴えた。あんな明らかにヤバい奴を連れ帰ってきたとしたら大変な事になってしまうのだ。
「着陸する時も乗ってた?」
「いや……、私がクルクルって回ったら姿は見えなくなったんだけど……」
「なら大丈夫だよ、後で見てみるよ……。あっ! わざわざいらしてくれたんですか? ありがとうございます!」
タケルはお世話になった協力者を見つけると、慌てて駆けて行った。
「あっ! ちょっともう!」
クレアは逃げて行ってしまったタケルにムッとして、こぶしをブンと振る。
「もう!! どうなっても知らないわよ!」
クレアはそう叫ぶと、プリプリしながら作戦指令室を後にした。
53. 炎の牢獄
なんだかどっと疲れが出てしまったクレアは、一人アバロンの保養所へと帰っていった。本当は単独行動は禁止されていたのだが、タケルは話も聞いてくれないし、休養にまで誰かについてきてもらうわけにもいかない。
王都行きの魔導バスに揺られながらクレアはぼーっと車窓の景色を眺めていた。白い雲がぽっかりと浮かぶ青空のもと、丘陵にはどこまでも麦畑が広がり、小さな赤い三角屋根の家がポツンと見える。そこでは老夫婦が楽しそうに何かを話していた。
自分たちの活躍により、彼らの穏やかな日常が守られたのかもしれないと思うとクレアは誇らしく思うものの、謎の男の存在がどうしても気になってしまい、はぁと重いため息を漏らす。
数時間揺られたクレアは、王都近くの街で降りた。そこからは迎えに来ていた使用人の馬車に乗って久しぶりの保養所にやってくる。
以前は毎月魔石の補充に来ていたクレアだったが、今ではゴーレムが代わりにやってくれているので最近は訪れていない。ただ、サーバーラックの増設が必要だということなので一度は様子を見に来ようと思っていたのだ。
部屋に荷物を置いたクレアは早速裏山の洞窟へと足を運ぶ。途中、藪の中でひそかに警備しているゴーレムの様子を見つけたクレアは声をかける。
「お疲れ様っ!」
グァッ!
いかつい岩でできた身長二メートルを超えるゴーレムにはコケが生え、しばらく身動きもしていないようであったが、それでもじっと異状が無いか森の中を見つめ続けていた。
狭い入口についた金属の扉を
「うわぁ、素敵ねぇ……」
以前来た時よりはるかに盛大に瞬く光の洪水にクレアは圧倒される。一つ一つのランプは誰かが想いをもってどこかへアクセスしている輝きであって、それはまるで人類の熱い想いの活動を一堂に集めた『想いの宝石箱』のように見えた。
その時だった。グオォォ! というゴーレムの咆哮に続き、ズガーン! という、激しい衝撃音が入口の方から響いてきた。
えっ……!?
クレアは心臓が飛び出んばかりに驚いた。ゴーレムが誰かと戦っている。それはあってはならないことだった。
グォ……。
ゴーレムの力ない弱弱しい声が聞こえ、ズシーンという衝撃音が続いた。どうやらゴーレムは侵入者に倒されてしまったようだった。
ひ、ひぃぃぃ!
クレアは奥の方へと慌てて走る。何者かが侵入してきている。それもゴーレムを瞬殺できるような手練れ、いきなり訪れた絶体絶命のピンチにクレアは真っ青となった。
カッカッカッ……。
洞窟に入ってくる侵入者の不気味な靴音が響き渡る。
クレアはポーチから急いで護身用の魔銃を取り出した。いつの間にか跡をつけられていたということだろう。気を付けていたつもりだったのだが、敵の方が一枚上手だった。事の重大さにクレアは気が遠くなる思いがする。
「おやおや……、何ですかここは……? ほぅ? 素晴らしい! こんなところがあったとは……マーヴェラス!!」
パチパチと拍手をしながら無数の青ランプに浮かび上がったのは、若い長髪の男だった。フォーマルのジャケットを纏い、銀の鎖が胸のところでキラキラと輝いている。
「あっ! あなたは翼の上に居た……」
「おやおや、バレてましたか。クレア・アバロンさん。いやぁ、あなたの操縦テクニックはまさにエクセレント! おかげで僕の可愛いペットたちが……灰になってしまった……。でも、おかげで凄いものを教えてもらえましたねぇ。クックック……」
男は口角を吊り上げ、楽しそうに間を詰めてくる。
ワイバーンたちをペットと呼ぶこの男は魔人に違いない。魔人にOrangeの最高機密を教えてしまったクレアは、その罪の大きさに足ががくがくと震えた。
「近寄らないで!」
クレアは魔銃の安全装置をカチッと外し、魔人に向けた。引き金を引けばファイヤーボールが射出される。魔人に効くかどうかわからないが、もはやなんだってやるしかなかった。
「ほう? そんなオモチャでこの僕を止められるとでも思ってるのかな? クックック……」
魔人は足を止めなかった。
くっ……!
クレアは銃を構えながらじりじりと後ずさる……。ゾーンを発動して魔人の一挙手一投足をスローモーションのように観察しながら時を待った。
カチッ……。
魔人が床の『食べかけのオレンジ』マークのタイルを踏んだ時だった。クレアが腕時計のボタンを押す音がかすかに響く。
刹那、魔人の足元に巨大な真紅の魔法陣がブワッと展開し、中の幾何学模様がクルクルッと回った――――。
ズン!
魔法陣から放たれる盛大な火柱は、魔人を一瞬で包み込む炎の牢獄となる。その閃光で洞窟は光の洪水に覆い尽くされ、闇を一掃した。
緊急時の侵入者撃退トラップを発動させたのだ。どんな生き物でも瞬時に焼き払う、最高難度の火魔法をかけ合わせたタケルの最高傑作だった。これを使えばサーバーにもダメージは行ってしまうため、半分自爆装置的な究極の最終手段である。
やった……?
腕で顔を覆い、激しい熱線を避けながら、じっとその火柱を見つめるクレア。これで効かなければもう打つ手などないのだ。クレアは冷や汗を流しながらただ攻撃成功を祈っていた。