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45. 人類の逆襲

「本当に……ダスクブリンクで良かったの?」


 引っ越しの準備を手伝いながら、クレアは眉をひそめ、心配そうにタケルに聞く。


「ははは、クレアまでそんなこと聞くのか。あそこはいろいろ都合がいいんだよ」


「いや、でも、領土の多くがすでに魔物の侵攻で廃村になってしまってるのよ?」


「失われたものは取り返せばいい。僕らにはそのための金も力もある。それにダスクブリンクなら諸外国とも近いから世界の貿易を考えるなら好適なんだよ」


 タケルは自信たっぷりに言うが、ワイバーンとの一戦で魔物の恐ろしさを肌身に感じていたクレアは口をとがらせ、うつむく。


「タケルさんは本気で魔王軍と戦うつもりなのね……」


「今、世界で一番強いのはわが社だからね。四千人の元王国兵、最新魔導兵器、膨大な量の魔石にお金。うちがやらなきゃいけない仕事なんだよ。この大陸から魔物の脅威を取り除かないと」


「でも……、魔人たちの標的にされるわ」


 アントニオがやられたように、魔人は神出鬼没でいやらしい手を使ってくる。タケルも同じようにやられてしまったらと思うと、クレアには恐ろしくてたまらなかったのだ。


「いや、もう標的になってるって。これはもう避けられない戦いなんだ。クレアも手伝ってくれないか?」


 タケルはニコッとクレアに笑いかけた。


「も、もちろん手伝うわよ! でも……、安全第一でお願いね」


「もちろんだよ! 一人も死者を出すことなく完勝する。お金とITのパワーでね!」


 タケルはニッコリと笑ったが、クレアは胸騒ぎが止まらず、胸を手で押さえると不安そうにため息をこぼした。



       ◇



 ダスクブリンクまでネヴィアに空間を繋げてもらったタケルは、ベキベキっと両手で空間を裂いて首を出す。


 そこには、さんさんと降り注ぐ陽の光に庭木が輝き、古びた洋館がそびえていた。


「おぉ、ここが……。ヨイショっと」


 タケルは地面に降り立ち、洋館を見上げる。石造り三階建てのしっかりとした建物は随所に彫刻が施され、豪奢なつくりではあったが、あちこち欠けたままで、白かったであろう柱も薄汚れ、往年の輝きは失われていた。


「手入れすれば見栄えはするかも……?」


「昔は栄えとった街の領館じゃからな。我もよく遊びに来とったが……、今じゃ見る影もない」


 ネヴィアは少し寂しそうに肩をすくめる。


 魔物たちの侵攻を受け、この街より暗黒の森側の領土は全て打ち捨てられ、この街が最終防衛ラインとなってしまっていたのだ。当然市民たちはどんどん逃げ出し、人口も激減して繁華街もシャッター通りと化してしまっている。


 白髪の男性がタケルを見つけ飛び出してきた。


「おぉ、これは、グレイピース伯爵! お待ちしておりました」


 それは事務方のトップの長官だった。長官はうやうやしく胸に手を当て頭を下げる。事務方たち五、六人も後に続いて頭を下げる。


 タケルは長官の手を取り、握手をしながらニッコリとほほ笑んだ。


「わざわざ出迎えご苦労。早速だが状況を説明してくれ」


「は、はい……。お聞きおよびのことかと思いますが、当地は現在魔王軍側の攻勢を受けておりまして……。どうやって防衛を実現していくかが……」


「防衛なんてしないよ」


 タケルはニヤッと笑った。


「ぼ、防衛しないって、そ、それは……?」


 長官は真っ青になってうろたえた。


「攻撃は最大の防御。奴らを打ち滅ぼすんだ」


「は……?」


 長官は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして固まった。強大な魔王軍を押し返せるような経済力などこの街にはもう残っていないのだ。


「心配しなくていい。我が社の軍事力は世界一。魔物など全て焼き払ってやる!」


 タケルはニコニコしながら不安げな長官の肩をパンパンと叩く。


「は、はぁ……」


 タケルのITビジネスのことは聞いていたが、軍事など無関係だと思っていた長官は、釈然としない様子で小首を傾げた。



        ◇



「ヨシ! ここにしよう!」


 打ち捨てられた元麦畑の小高い丘陵へ登ったタケルは、雑草の茂る草原を見渡し、大きく手を広げた。


「こんな所に何を作るんじゃ?」


 ネヴィアは不思議そうに辺りを見回したが、雑草が広がるばかりで首をひねる。


「基地を作るんだよ。ついでにOrangeの本社もね」


「こんな所にか?」


「そう。ここには本社ビル、あそこには兵舎。あっちには倉庫。そして、道をこうググッと引いて、このまま真っ直ぐ王都まで。それでここから南の国々や東の国々への道も引く。ここは貿易の要衝となるのさ!」


 タケルの瞳には、揺るぎない意志と未来への渇望が輝いていた。魔王軍が目前のこの土地こそが、まさに人類の逆襲が始まる希望の地になるのだ。


 吹き抜ける風が美しいウェーブを作り出すのを眺めながら、タケルは決意を込めて拳を握った。



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