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40. 絶対の禁忌

「知っとるのか?」


 公爵はいぶかしげにアントニオの顔をのぞきこむ。


「始末しそこなった……。ジェラルドの奴にもう一歩のところで止められてしまったのだ。あの時構わずに斬り捨てておけばよかった……」


 アントニオは忌々しそうにそう言うと、頭を抱えた。


「お、恐れながら何か手はあるのでしょうか? うちも傘下の企業からの突き上げにあっておりましてですね……」


 侯爵が恐る恐る質問する。


 子爵以下多くの参加者は核心を突いた質問に息をのみ、じっとアントニオを見つめた。この追い詰められた苦しい現状も、希望が持てる策があればまた変わってくるのだ。


「策ぅ? 我が陣営は軍部を傘下に置いている。武力に訴えれば圧勝だ!」


 アントニオは握りしめたこぶしをグッとつきだし、吠える。


 静まり返る会議室――――。


 出席者たちは渋い表情でお互いの顔を見合わせる。それはもはや内戦ということであり、多くの国民が死に、勝っても諸外国や魔王軍に付け入る隙を与えてしまう悪手にしか見えなかった。


「コホン! あー、その、Orangeって会社の営業を停止させてしまえばいいんじゃないのか?」


 公爵はマズい雰囲気の流れを変えようと、Orangeのビジネスに矛先を変える。


「それはフォンゲートを使用禁止にするってこと……でしょうか? すでにフォンゲートの普及率は八割、王国民を敵に回すってことになります。敵陣営も死に物狂いで反発してくるので、影響がどこまで出るか予測できないです」


 事務方の若い男性が慌てて声を上げた。


「じゃあどうするんだ!? 対案を出せ!」


 アントニオが喚いた。しかし、王国民と経済を握られてしまった今、アントニオ陣営には『王位継承権』と軍隊しか残っていない。


 出席者たちは顔を見合わせ、重苦しい雰囲気が部屋を包んだ。


「くぅぅぅ……。嘆かわしい……」


 アントニオは髪をかきむしる。早く何とかしないとジェラルド支持者が主要貴族を押さえてしまう。そうなってしまうと、王位継承順位も絶対ではなくなってしまうのだ。


「今……父上がお隠れになられたら……」


 アントニオはうつむきながら禁断の一言を漏らす。


「お主! 何を言うか!」


 公爵が慌てて叫ぶ。


「いや、仮の話ですよ、仮の……」


 アントニオはそう答えたが、その瞳の奥にはくらい情念の炎が渦巻いていた。



     ◇



 その晩、アントニオは女をはべらせ、豪奢なラウンジのVIPルームで酒を飲んでいた。


 赤や青の鮮やかな生地が織りなす華麗なドレスをまとった女性たちは、胸元を強調しながらグラスに高級ワインを注ぎ、腕にしなだれかかり、フルーツを口へと運ぶ。アントニオの気を引くための女の戦いが、大胆に繰り広げられていた。


「わぁ! 殿下の筋肉、すごぉい!」


 一人の女性が優しく彼の二の腕をなでる。


「おう! これこそが王国の筋肉だ!」


 アントニオは鼻の下を伸ばしながらグッと力こぶを作った。


 キャー! 素敵ぃ!


 女たちはチャンスとばかりに筋肉に群がる。露骨に肌を触れ合えるボーナスタイムに、みんな必死になってアントニオにしがみついた。


 だが、その時だった。一人の女性のポーチからコロリとフォンゲートが転がり落ちる。


 コン、カタカタ……。


 床で明るく光るフォンゲート。


 ひっ! ひぃぃぃ!


 部屋に緊張が走った。アントニオの前にフォンゲートは絶対の禁忌なのだ。


「……。おい! どうなってんだゴラァ! 俺を馬鹿にしてんのか!?」


 怒髪どはつ天をく勢いでその女性を蹴り上げるアントニオ。


 女性はもんどりうって転がり、ローテーブルをひっくり返した。


「も、申し訳ございません……」


 女性はよろよろと起き上がろうとするが、アントニオの殺意のはらんだ恐ろしいにらみに、真っ青になってガタガタと震え、うまく動けない。


 アントニオは綺麗に整えられたその女性の髪の毛をむんずとつかむと、引っ張り上げ、そのままテーブルに顔を叩きつける。


 ぎゃぁぁぁ!


 血と共にワイングラスが飛び散って、「パリン!」というガラスが破裂する澄んだ音が、場の空気を切り裂き、壁に反響した。


 キャー! ひぃぃぃ!


 女の子たちは震え、凍り付く。


 フォンゲートはアントニオを苦しめる憎悪の対象である。そんな物を見せられては黙っていられない。もはや彼の目には『王室侮辱罪』としか映らなかった。


「お前ら。よーく、分かった! 影では俺を嗤ってるんだろ?」


 アントニオは女性たちをにらみつけると幽玄のエーテリアル王剣レガリアの柄を握り、力任せに引き抜く。剣から放たれるシャリーンという清らかな音が室内に響き渡り、赤く踊る刃紋が幻想的な光を放ちながら不気味に輝いた。


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