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32. 金こそパワー

「わぁ、タケルさん、凄いですねぇ……」


 クレアはタケルに手を引かれながら、お客がひしめき合うモールを進んでいた。モールは三階建て、吹き抜けで上まで見渡せる明るい通路には煌びやかなデコレーションがあちこちに施され、歩いているだけでワクワクしてくるのだ。


「凄い人気だね。アバロンさんのお店はこの先だっけ?」


「そうそう、タケルさんのおかげでいい場所もらいました。くふふふ」


「儲かるといいね」


「そうなんですけど、この人出だと商品が足りなくなることを心配した方が良いかも……?」


 クレアは予想以上の大賑わいに不安げである。


「ははっ、違いない。でも、たとえ売り切れても夕方には再入荷できるでしょ?」


「そう! それが信じられないんですよ。今までは発注してから入荷まで一週間はかかりましたからね」


「POS連動の在庫管理システムにサプライチェーンシステム、作るの大変だったんだから」


 タケルは渋い顔をしながら首を振った。


「ほんと、タケルさんは凄い!」


 クレアはキラキラとした青い瞳でタケルを見上げる。


「ははっ、まぁ、自分にはこういうことしかできないからね」


 タケルはまんざらでもない様子で各店舗の賑わいを眺め、うんうんとうなずいた。


 タケルが実現した流通革命はこの世界の人たちには驚異的だった。運搬は馬車から魔石で動く魔道トラックへと変わり、今までの何十倍の広さの倉庫を用意して物流の流れから変えたのだ。


 生産者や工場が出荷する箱には全てQRコードがついており、トラックに積み込まれて運ばれたら巨大倉庫に積まれ、そこで集中管理されるようになった。商店へ出荷する際も全てフォンゲートで管理され、無駄なく確実に届けられる。商店主はフォンゲートで発注するだけで夕方には納品され、店頭に並び、決済は全て電子的に処理されるのだ。


 人混みを進み、アバロンの店舗に来たタケルは入り口にうず高く積まれた商品の箱のタワーに圧倒される。


「おぉ! これは凄いね……」


 そのタワーも次々とお客たちに買われ、見る見る小さくなっていく。店内はお客の熱気にあふれ、商品が飛ぶように売れていた。


「こ、これは想像以上……ね」


 クレアもその熱狂に圧倒されてしまう。


 支払いはみんな割引の効くQRコード決済。もはや現金など誰も使わない。そしてそれはさらに信用創造を呼び、使える資金が倍加していく。まさに笑いが止まらない状態に突入していた。


「これ、本当に大丈夫かしら……」


 売れすぎて困ることなどいまだかつて体験したことの無かったクレアは、不安そうに首を振った。


「何言ってるの、僕らの時代はまだ始まったばかりだよ?」


 タケルは自分が切り開いた世界のまぶしさに目を細めながら、熱狂渦巻くモールを見回した。



       ◇



 タケルが始めたその恐ろしいまでのIT革命は、人を街を根本から変え、莫大な資金がジェラルド陣営の中をグルングルンと回り続けた。


 もはやタケルの自由に動かせる資金は日本円にして百億円を超え、あっという間に億万長者である。もちろん、現金という形で持っているわけではないのである程度制約はつくが、それでもお金で困ることは無くなったのだ。


 タケルはその潤沢な資金を活用して、ショッピングモールの近くに自社ビル【Orangeパーク】を建てる。それはガラス張り二十階建てのこの世界では他に類を見ない壮観な高層ビルだった。上層階には『食べかけのオレンジ』の形をした巨大なプレートがはめられ、夜になると鮮やかにオレンジ色に輝き、その圧倒的な存在感を王都全域に見せつける。


 全館空調、スマホロックのセキュリティが施された広大なフロアには、随所にオシャレな木材のパネルが配され、まるで外資系金融機関のオフィスを思わせた。ポイントには観葉植物が配置され、バーコーナーからはコーヒーの香りが癒しを運んでくる設計となっている。


 ここにはOrange社員だけでなく、陣営の関連企業が入居し、このOrangeパークで働くことが王都の若者のステータスにすらなっていた。


 そして、この最上階がOrangeの社長室、タケルの執務室兼研究所である。


「ひゅぅ~! 見てこの眺望!! まさに金こそパワー!」


 タケルは運び込まれた社長席に座り、眼下に広がる王都の景色を見回しながら一人叫んだ。机は重厚な無垢の一枚板でできており、手触りも最高である。


 一生かかっても使いきれない金があり、こんな王都で一番景色のいい場所が自分のためにある。それはまさにITベンチャー起業家全員が夢見る成功の証だった。


 もちろん、まだまだ課題は山積みだし、浮かれてばかりはいられない。だが、孤児として絶望の中であがいていた時代を思うと、今はあふれてくる嬉しさに身を任せていたかったのだ。



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