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29. 遺跡ハッキング

「さて……、起動はしたけど、これは何に使うんだ?」


 ステージに置かれた演説台。何らかの操作台のような気もするが、一体何を操作するのか? 膨大なソースコードを読み解いていけばきっとわかるのだろうが、リバースエンジニアリングなどやっている時間はない。


「なんか綺麗だわ……」


 クレアは好奇心が抑えられず、楔文字をツンツンとつついた。


 ピコピコと反応して明滅する楔文字。


「あ、まるでゲームみたいだわ。ふふっ」


 調子に乗ってクレアはあちこちをつつく。


 画面に夢中になっていたタケルは、浮かび上がるエラーログに首をひねるばかりで、クレアのいたずらに気がつくのが遅れていた。


「あっ! ダメだよ、勝手に触っちゃ!」


 え?


 直後、ピーー! というけたたましい警告音と共に楔形文字が全て真っ赤にフラッシュした。


 へ?


 刹那、ステージ全体がまるで落とし穴のように崩落する。何らかの安全装置が働いたのだろう、遺跡は侵入者の排除を粛々と実行したのだった。


 底知れぬ闇の穴へと真っ逆さまに堕ちていく一行。


「うっわぁ!」「うひぃぃぃ!」「くっ!」


 クレアは必死にタケルの腕を掴んだが、タケルも宙を舞っているだけでどうしようもできない。バタバタともがいてみてもただ風をつかむだけ、タケルの顔は恐怖で青ざめ、心は絶望の渦中に飲み込まれていった。


 せいやっ!


 ソリスが叫ぶや否や、下から激しい暴風がぶわっと吹き上げてくる。


「うほぉ……」「ひぃぃぃ」


 強烈な風は三人を上へと吹き飛ばさんばかりに服をバタバタと激しくはためかせた。


 ソリスが風魔法で落下速度を落としたのだ。


 こうして九死に一生を得た一行は底へとたどり着く。


「あ痛っ!」「キャァ!」


 タケルとクレアは着地に失敗してゴロゴロと転がった。


「ふぅ……死ぬかと思った……」


 タケルはよろめきながら立ち上がり、腰をさすりながら辺りを見渡した。そこは古代の匠によって造られた石造りの壮大な広間。壁際には、エジプト神話から抜け出てきたかのような神秘的な彫像が列を成し、不穏な静寂の中でじっと彼を見つめていた。


 こ、これは……?


 タケルはその不気味さに冷汗を浮かべる。


「ご、ごめんなさい……」


 クレアはしおらしく頭を下げた。


「起きちゃったことは仕方ない。これから気を付けて」


 タケルはポンポンとクレアの頭を叩き、ため息をつく。でも、新たな部屋を見つけられたことそのものはお手柄であるかもしれない。タケルは気を取り直し、ソリスの方を見る。


「ソリスさんのおかげですよ、ありがとう……、えっ……?」


 タケルが話しかけると、ソリスは恐ろしい形相でタケルをにらみつけた。身体全体が青色の光を帯び、オーラを放っている。


「なんじゃ、お主ら。ここに何しに来た?」


 ソリスは大剣をスラリと抜くとタケルに突きつけた。大剣は赤い光を帯びて不気味にキィィィンと高周波を放っている。


「ソ、ソリス……、さん?」


 一体、何がどうなっているのか分からないタケルは冷汗をかきながら後ずさる。


「答えぬなら……斬る!」


 ソリスは大剣をおおきく振りかぶると、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。


 ひぃぃぃぃ!


 タケルはすんでのところで飛びのいて、何とかかわしたが、とても次は避けられる気がしない。どうやら身体を遺跡に乗っ取られているようだ。


「ちょこまかと……、死ねぃ!」


 ソリスが再度迫ってくる。Sランク冒険者のスキルを出されたら瞬殺されてしまうが、どうやら遺跡側はスキルの起動まではできないらしく、それだけは幸運だった。


 タケルはポケットから煙幕玉を出すと放り投げて逃げ出す。あたりは瞬く間に煙に覆われていった。ソリスに勝てるとも思えないし、ソリスを傷つけるわけにもいかない以上、逃げるしかないのだ。


 タケルは壁にまで走ると、ITスキルを発動しまくって反応する場所を探す。きっと、魔法を使った部分がどこかにはあるはずである。


「くぅ……、どこだ? どこだ? どこだ……?」


「逃げても無駄じゃぞ!」


 ブンブンと大剣を振り回しながらソリスが近づいてくる足音がする。


「くっ! どこだ? どこだ……?」


 その時、巨大な石像の裏手にヴゥンと空中に青いウインドウが開いた。


「ヨシ! 何だこれは……?」


 流れ出すソースコードを必死に速読していくタケル。


「ドアっぽいな。よし……こうだ!」


 タケルはセキュリティを解除してドアの機能を起動した。


 ピコッ!


 可愛い音がしてガコッとドアが半開きになる。


「ヨシ!」


 タケルはドアの向こうへと跳び込んだ。先端的なIT技術で遺跡をハックし、数千年の時間の壁を越え、退路を確保する。それは、現実とファンタジーが融合したかのような、異世界体験の極致だった。



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