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22. 静謐なる無縁墓地

 特別面会室で座っていると、ガチャリと重厚なドアが開き、手錠でつながれた二人が官吏に連れられて入ってきた。二人とも別人のように憔悴しきっており、髪もボサボサのままである。死刑と言われているのだろう。少し同情してしまう。


 二人は椅子に手足を固定され、身動きができない状態でタケルの前に座らされる。


 官吏はそばのデスクに座ると面談記録のノートを開いた。


「あー、申し訳ないが、二人とだけ話したいんだ」


 タケルは官吏に声をかける。二人の本音を聞くためには第三者がいない方がいい。


「い、いや、しかし、これは規則なので……」


 冷汗をかきながら説明する官吏にタケルはニッコリ笑いながら近づき、官吏の背中をポンポンと叩くと、手に金貨を一枚握らせた。


「これで美味しいものでも食べてくるといい」


「お、おぉ……。そうですな。ちょっと用事を思い出しましたので、三十分ほど席を外します」


 官吏は嬉しそうにそそくさと出ていく。


 袖の下というのはあまり使いたい技ではないが、金は世界の潤滑油。正義感だけでは話は進まないのだ。


「なんだよ! 嗤いに来たのかよ!」


 亡者のように痩せこけたリーダーは生気のない目でタケルをにらんだ。


「僕はそんなに暇じゃない。一体どういうつもりで僕を捨て、馬鹿にしていたのかを知りたいんだよ」


 タケルは抑制のきいた声で静かにリーダーの目を見つめ、聞いた。


「孤児院あがりの器用な小僧がいたから雇った。小僧は装備を素晴らしいものにしたが、これ以上は無理。だったら切るしかないだろ? そして、そんな簡単なことも分からないお馬鹿な小僧を嗤った。簡単な話さ!」


 リーダーは露悪気味に喚いた。


「悪かったとは思わないんだね……」


「はっ! こっちは日々切った張ったをやってる冒険者だ。いちいち小僧の都合なんて考えられねーっての!」


「あたしは悪いって思ってるよぉ。ねぇ、タケル様、何でもするからここから出しておくれよぉ……」


 女魔導士は必死にこびを売ってきた。


「なんだ、お前! 自分だけ助けてもらおうって魂胆かよ!」


「何言ってんだい! あんたがくだらないことやらなきゃ、こんなことになってないんだよ! なんであたしまで殺されなきゃなんないのよ!」


 女魔導士は目を血走らせて怒鳴る。彼女は元々リーダーの言うがままだったのだから情状酌量の余地はありそうだった。


「お前だってノリノリだったじゃねーか!」


 今まで自分の言うことに逆らったことなどなかった女魔導士の反駁はんばくに、リーダーは真っ赤になって怒る。


「知らないわよ! こんな疫病神もう二度とごめんだわ!」


「や、疫病神……。お、お前ぇぇぇ……」


 醜い争いを始めてしまった二人にタケルは深いため息をついた。


「あぁ、そうかよ。もういいわ」


 怒り狂っていたリーダーだったが、急に全てがどうでもよくなったように吐き捨てるように言った。


「自分としては死刑はやりすぎだと思うので、助命嘆願を……」


 タケルは切り出したが、リーダーは喚いて打ち消す。


「バーカ! お前ぇの情けなんて要らねーんだよ!! ただ、俺もただじゃ……終わらんよ? くふふふ……」


 リーダーはいやらしい笑みを浮かべると、怨念に満ちた邪悪な光を瞳の奥に燃え上がらせる。


「な、何をするつもりだ……、止めろよ?」


 ゾクッとタケルの背中を冷たい悪寒が駆け上がり、本能的に椅子から跳び上がって後ずさった。


 直後、リーダーが激烈な光を帯び、部屋は目も眩む光に覆いつくされる。


「ダッシュ!!」


 リーダーは手足を椅子に縛られたまま戦闘スキルを発動させたのだった。


 刹那、リーダーは椅子ごとタケルへ向けてすっ飛んでいく。


 うわぁ!


 何とかギリギリのところでかわすタケル。


 リーダーはそのまま後ろの壁に激突、激しい衝撃音を放ちながら気を失って転がっていく。リーダーなりの意地をかけた自爆攻撃だった。


 ピピーッ!


 官吏が笛を吹きながら慌てて跳びこんでくる。そして、床に転がって動かなくなっているリーダーを見て真っ青になった。


「だ、男爵様! 大丈夫でしたか!?」


「大丈夫です……」


 タケルは深いため息をつき、この度し難い男を救う方法は無いと首を振った。


 結局、貴族に対する罪を重ねたリーダーは死刑が確定。女魔導士は犯罪奴隷として一旦タケルが身請けしたのち、しっかりとした傭兵団へと売り払った。きつい仕事にはなると思うが、それでも人道的には扱われるのだから再起の道はあるだろう。


 タケルはもっといいやり方はあったのではないかと、心の中で無数の「もしも」を繰り返しながら、ため息をついた。しかし、いつまでも思い悩んでいても始まらない。自分にできる限界を受け入れ、静かな無縁墓地へと足を運び、花を手向けた。



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