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18. 獲物を見定める視線

 煌びやかな謁見室で無事爵位を下賜されたタケルはその晩、記念パーティの席上に居た――――。


 ジェラルドのはからいで高級レストランを貸し切って、ジェラルド陣営の貴族たちも続々とやってくる。


「やぁ、グレイピース男爵。お話はかねがね。私は子爵のヴァルデマー。これからよろしく頼むよ!」


 グレーの帽子をかぶったパリッとした紳士が握手を求めに来た。隣にはピンクのドレスを着た可憐な少女も並んでいる。


「何もわからない新参者です。どうぞご指導のほどよろしくお願いします」


 サラリーマン時代に鍛えた営業スマイルで胸に手を当て、握手に応えるタケル。


「うん、うん、何でも聞いてくれたまえ。……、で、これがうちの娘……。ほら、挨拶しないか、マデリーン」


「は、はい……。あのぉ……」


 マデリーンは十三歳くらいだろうか? 端正な顔に上品な雰囲気、さすが貴族令嬢である。ただ、ひどく緊張していて言葉が出てこない。男と話しなれていないのかもしれない。


「そんな緊張されなくて結構ですよ。今日は特別に美味しい食事も用意していますからゆっくり楽しんでいってください」


 タケルはニッコリとほほ笑んだ。タケルはこの世界ではまだ十八歳だが、精神年齢はアラフォーである。基本的な社交の会話は無事にこなせていた。


 マデリーンは恥ずかしそうにこくんとうなずくと、子爵の腕にギュッと抱き着く。


「おいおい……。箱入り娘なもので、申し訳ない」


「いえいえ、素敵なお嬢様ではないですか。将来が楽しみですね」


「おぉ、そうかね? それじゃ、今度改めて食事でも……どうかな?」


「はい! 喜んで!」


 タケルは満面の笑みを浮かべ、ノータイムで答える。『こういう時は何でもこう言っておけ』とマーカスに言われているのだ。


 子爵は嬉しそうに笑い、ボソッとマデリーンに何かをささやいた。


 マデリーンは顔をボッと赤くさせうつむく。


「失礼、子爵のベックフォードです。ヴァルデマー殿、私も挨拶させてもらっていいかな?」


 横からグレーのハンチング帽をかぶった紳士が声をかけてきた。


「おぉ、これは失礼。ではグレイピース男爵殿、娘ともどもよろしく頼むよ!」


 タケルはヴァルデマーと再度握手をし、次にベックフォード子爵と挨拶をする。隣にはまたも可憐な少女が水色のドレスに身を包んで立っている。


 見回すと周りには父親に連れられた少女たちがたくさん待ち構えており、じっと自分の方を見つめていた。その瞳たちにはまるで野生動物が獲物を見定めるかのような鋭さが光っている。


 え……?


 タケルはその異様な熱気に気おされた。


 第二王子に気に入られた新進気鋭のITベンチャー創業者の男爵。それは娘を嫁がせる先としては実に好物件なのだろう。何しろ第二王子が王位についたらそのお気に入り実業家の権勢は計り知れない。陣営の関係者で娘を持つ者はみんな連れてきているのではないか、というくらい会場には着飾った少女が目立っていた。


 その時だった、執事の声が室内に響く――――。


「ジェラルド殿下のおなーりー!」


 タケルたちは慌てて居住まいを正し、胸に手を当てて入口の方を向いた。


 金髪をファサッと揺らしながら、颯爽とジェラルドが入場してくる。


 パチパチと拍手が上がり、ジェラルドは手を挙げて応えた。


「えーと、グレイピース男爵はいるか? あ、いたいた」


 タケルは慌ててジェラルドの元へと走る。


「殿下、お越しいただきありがとうございます」


「貴族社会へようこそ! 式典ではなかなかどうして堂々たる立ち居振る舞い、さすが僕の見込んだ男だ」


 ジェラルドはニコニコしながらタケルの肩をポンポンと叩き、執事に差し出されるシャンパンのグラスを持った。


「えー、お集まりの諸君! 今日、正式に我が陣営に頼もしい仲間がジョインした。この男は若いのになかなかやり手でな、『金貨三千万枚稼ぐから仲間にしてください!』って土下座してきやがったんだ」


 へっ!?


 タケルは驚き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてジェラルドを見た。


 ワハハハ!


 笑いに包まれる会場。


「でもまぁ、彼の技術力と我々のネットワークがあれば三千万枚など十分に射程距離だろう。ぜひ、彼を盛り立ててやってくれ! それでは乾杯!」


 ジェラルドはタケルの背中をパンパンと叩き、グラスを高々と掲げた。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 楽団が奏でるクラシックなメロディが室内に響き、それに大勢の拍手が続いた。


 転生した孤児が冒険者パーティすら追放され、食べるものにすら困っていたのはついこの間のこと。それが今や貴族たちに囲まれて祝福されている。どうしてこうなった? と、思わないではないが、勢いはあるうちに乗るしかない。金貨三千万枚、国家予算をはるかに超える大金で、この世界を大きく変えてやるのだとタケルはグッとこぶしを握った。



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