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12. いきなりの男爵

 その王子の視線の鋭さにタケルは気おされる。なるほど、王子は自分の目論見もくろみを暴き、自分に都合よく使おうとしているのだ。しかし、王族と交流を持つというのは諸刃の剣。何の絵も描けていないうちに頼るのは避けたい。ここは触りだけ話して適当に切り上げていかなければ……。


「は、はい。会社を起業して、で、電話機を売ろうと考えております」


 タケルは一番無難そうな話をする。


「電話機……? なんだそれは?」


「遠くに居ても会話ができる機械でございます」


「ほう、伝心魔法みたいなものだな。なるほど、なるほど……」


 王子は感心した様子であごをなでながらうなずいた。


「ゲームもできる、電話もできる、そういう端末を売っていきたいのです」


「それから?」


 王子はずいっと身を乗り出し、真紅の瞳を輝かせてタケルの目をのぞきこむ。


「えっ……?」


「電話機を売る……、その程度でお主が終わるとは思えん。計画を全て述べよ!」


 王子はバン! とテーブルを叩き、確信を持った目でタケルを追い込んだ。


 さすが【王国の英知】。その真紅の瞳はどこまでタケルの考えを見通しているのだろうか? タケルはゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


「そ、それは……」


 スマホでいろいろなアプリをリリースして莫大な富を築いて魔王を撃ち滅ぼす、そんな計画など王族にはとても言えない。だとすればどこまでが許容ラインだろうか……。


 タケルの頭の中でグルグルと落としどころのイメージが浮かんでは消えた。


「お主、我が陣営に付け!」


 タケルの葛藤を断ち切るように王子は言い放った。


「じ、陣営……で、ございますか?」


 いきなりのことで言葉の意味が分からず、首をかしげるタケル。


「お主も知っておろう。我には兄がいるが、脳筋バカで国を治める器がない。我が王国は魔王の支配領域にも接し、他国との小競り合いも絶えない。そんな中であんな筋肉馬鹿が王になってはこの国はもたん」


 いきなり後継者争いの話を持ち出されてタケルは困惑する。自分は単にベンチャーをやりたいだけなのだ。王族のゴタゴタなど勝手にやっていて欲しい。


「わ、わたくしのような平民にそのようなお話をされましても……」


「男爵だ」


「へ?」


「我が陣営につくなら爵位を下賜しよう。お主の会社も我が陣営の貴族のルートを通じて盛り上げてやろう。どうだ?」


 王子は真紅の瞳をギラリと光らせて踏み込んできた。確かに配下の貴族たちの関連商会も味方になれば事業の成功は約束されるだろう。しかし、それは政争のど真ん中に突っ込むことであり、リスクの高い賭けだった。


「そ、それは……」


「どうした、断るのか?」


 王子は嗜虐的な笑みを浮かべ、腰の幽玄のエーテリアル王剣レガリアに手をかけた。


 カチャリという小さな金属音が静かな部屋に響く……。


「め、め、め、滅相もございません。御陣営に加えられること、恐悦至極に存じます!」


 タケルは慌てて叫んだ。人払いをしたのはこのためだったのだ。『兄の陣営側につく可能性があるのなら、この場で斬り捨てた方がいい』という冷徹な現実にタケルは圧倒された。タケルの背筋にはゾッとした悪寒が貫き、真っ青な顔で頭を下げる。


「ほう? そうか……。タケル男爵よ、我が陣営へようこそ……」


 王子はニヤッと笑うと、カチャリと剣を鞘に収めた。


「よ、よろしくお願いいたします……」


 タケルは悪い汗をぬぐいながら再度頭を下げる。


「では、計画の全容を話したまえ」


 王子はドサッと椅子に深くもたれかかると、紅茶のカップを手に取り、美味しそうにすすった。


「わ、分かりました……」


 タケルは観念して大きく息をつく。もはや逃げられないのであれば最大限に王子の人脈を利用させてもらうしかないのだ。


「私が売ろうとしているのは多機能の電話機で『スマホ』と、言います。これは情報端末で買い物をしたり、みんなでメッセージや動画を共有したり、お金を支払ったりできるのです」


「ほう! 何だそれは、凄いじゃないか!」


「例えば、買い物の場合は……」


 タケルはそれぞれのスマホアプリの構想を丁寧に説明していった。


「QRコード決済?」


 お金を支払う仕組みのところで、王子は眉間にしわを寄せる。


「カメラで読み取って、端末でピッと代金を支払うんですよ」


「こんなのが財布になるってことか!?」


 王子はテトリスマシンを手にして首をかしげた。


「そうです。端末にお金をチャージしておけばコードを読み取って金額を入れるだけで支払えます。実際にはお店に後ほどまとめてお金が送られるんですが……」


「……。信用創造だ……」


 王子はつぶやき、険しい表情でしばらく何かを必死に考える――――。


 タケルは何かマズいことを言ってしまったのではないかと、冷や汗を流しながら王子の反応を待った。


 直後、バン! と、テーブルを叩いた王子はガバっと立ち上がると、白い肌を紅潮させ、満面に笑みを浮かべ、叫ぶ。


「これは錬金術だ! すごい! すごいぞ!!」


 なぜ、QRコードが錬金術になるのかピンとこないタケルは、その王子の興奮をポカンと眺めていた。





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