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11. 砕けた矜持

 パン!


 刹那、コントローラーが割れ、コロコロっと吹き飛んだボタンが転がる。


 へっ!?


 渾身の一撃を放ったはずのクレアは凍り付いた。理不尽にも砕けたコントローラーはそれを受けつけなかったのだ。


 はぁっ……!? な、なに……?


 総立ちになって歓声を上げていた観客たちは一体何があったのか分からず、言葉を失った。


 あまりに強くボタンを押しすぎたせいで、コントローラーが壊れてしまったのだ。


 やがて、クレアの画面には「GAME OVER」の文字がうかびあがる。


 クレアは茫然自失となってただ、その文字を眺め、動けなくなった。数万の熱い応援を受け、自分の限界を超えた渾身のプレイ、それがあと一歩のところで砕けてしまうなど到底受け入れられない。


 クレアは静かに首を振り、そしてガックリとうなだれた。


「け、決着! 総合優勝は、ジェラルド・ヴェン……」


 お姉さんが声を上げると、王子は慌てて両手を振ってそれを止める。


「待て! 待ちなさい! この勝負はドロー。いいね? 引き分けだ。よって、一般の部はクレア嬢、ロイヤルの部は我がそれぞれ優勝だ」


「え? それでよろしいのです……か?」


「王族に二言はない。機材故障で負けてしまっては彼女がかわいそうだ」


 そう言いながら王子は泣きべそをかいているクレアにのそばに立った。


「ナイスプレー、最高だった。キミの『想い』見せてもらったよ」


 王子はさわやかに笑い、クレアの手を取る。


「あっ、いや、そのぉ……」


 クレアは調子に乗って自滅したことを恥じ入るようにうつむいた。


「ほら、観客に応えないと」


 王子はクレアに大歓声の観客を見せる。


 そこには最後まで王族相手に死力を尽くした、テトリスの女神に対して惜しみない拍手、歓声を捧げる総立ちの観客たちがいた。


「あ……」


 クレアはハッとして、こぼれてくる涙をぬぐうと、観客たちに大きく手を振って応えた。


 うぉぉぉぉぉ!


 ひときわ高い歓声がスタジアムを覆いつくし、クレアの健闘をたたえる。


 クレアはその様子を見回し、自分のプレイは無駄ではなかったのだと、こみあげてくる熱い想いに笑みがこぼれた。


「それでは試合結果ですが、機材故障によりドロー、優勝は一般の部クレア、ロイヤルの部は王国の英知ジェラルド・ヴェンドリック殿下でしたーー!」


 パン! パン!


 花火が打ち上げられ、吹奏楽団が景気のいい演奏を響かせた。


 王子には月桂の冠とトロフィーが、クレアには花束が贈呈される。


「ハイッ! それではそれぞれの優勝者に皆さん、盛大な拍手で祝福をお願いしまーす!」


 割れんばかりの拍手がスタジアムに響き渡る。


 王子はトロフィーを高々と掲げ、もう一方の手でクレアの手を持つと、一緒に高々と掲げた。


 殿下バンザーイ! クレアちゃーん! ピューーイ!!


 大歓声がスタジアムを包む。


 タケルと会長はその様子を見ながら、どっと押し寄せてくる疲労感に大きく息をついた。


「はぁ……、一時はどうなることかと……」


「まさかクレアさんがあんな熱い想いを秘めていたとは想定外でしたね」


「あの娘はなかなかに熱い娘なんじゃよ。それにしても壊れるタイミングが良すぎんか? あのコントローラーの故障はタケルくんが仕組んでおったのかね?」


「さぁ? ただ、機器の故障は負ける理由としては絶妙だと思いませんか? ふふふ」


 タケルは満面に笑みを浮かべた。



        ◇



「タケルです。し、失礼いたします……」


 試合後、約束通り貴賓室へとやってきたタケルは、バクバクと高鳴る心臓の音を聞きながらドアをノックする。きっとおとがめはないとは思うが、相手は王族である。生殺与奪の権利は常に王子側にあるのだ。


「入りたまえ! お前らは外で待て」


 人払いした王子が部屋の奥で、真紅の瞳を光らせながらタケルを射抜く。


「ご、ご挨拶申し上げます。殿下のご配慮に感謝いたします……」


 ひざまずくタケル。


「そんなのはいい、近こう寄れ」


 手招きする王子に、タケルは冷汗をかきながらテーブルの席に着いた。


「コントローラーに細工したのはお主だな?」


 王子はニヤッと笑ってタケルの顔をのぞきこむ。


「い、いえ、滅相もございません」


 タケルはその洞察力に驚き、心臓が早鐘を打った。


「調べればわかるぞ……? だが……、まあいい。我も助かった」


 えっ……?


「あのような可憐な少女を手にかけずに済んだのだ。……、ふぅ。いい試合だった。とても楽しかったぞ」


 王子は相好を崩し、椅子の背もたれにゆったりともたれる。


「お喜びいただけて光栄です」


 タケルは安堵し、ふぅと大きく息をついた。これで懸案は全て解決。イベントは大成功で終わることができたのだ。


 だが、ここで違和感がタケルを包む。こんな話をするのに人払いなんてするだろうか……? 冷汗がじわっとタケルの額に浮かぶ。


「で……、だ……。ここからが本題だ。お主、これからどうする? こんなゲーム機をやりたいわけではないだろう?」


 王子の真紅の瞳がギラリと光った。


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