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44. 島村真紀の後悔(後編)

10年後。

私は看護師になっていた。

女が生きていくなら手に職をつけたほうがいいと思って選んだ。

やりがいのある仕事だけど、

休みが不定期で緊急の呼び出しもあるのが難点だ。


そんな休みの日に私は定期的に神社の境内の掃除をしている。

別に誰かに頼まれたわけではない。

ただ落ち葉だらけになっている境内を見て、

忘れられているのは悲しいだろうなと思っただけ。


そんな掃除をしていたある日のことだった。

いつものように掃除をしていた時に、

境内の近くで羽を怪我した真っ黒のフクロウを見つけた。

明らかに衰弱しておりこのままでは死んでしまう状態。

それなのに持ち上げようとするとひたすら暴れる。

その姿がキミと出会う前の私と重なった。


無理やり抱きかかえて動物病院に連れていく。

移動中も治療中もずっと暴れていたが気にしない。

先生に診てもらったところ、幸い治療は可能ということだった。

家に連れ帰って部屋の中に放す。

すると途端に大人しくなり、

こちらを見て首を動かしていた。

カゴがないことを疑問に思っているのかもしれない。

どうせ自由に動けないだろうし、

自分で動けるようになったら出ていけばいい。


こうしてフクロウとの同居が始まった。

フクロウという生き物は肉食らしく、

餌がネズミとかヒヨコだった。

ただ仕事で内臓や血には慣れているので問題ない。


フクロウは出会った時と打って変わって静か。

日中も特に暴れたりせず餌を食べる時も音を立てない。

フクロウは賢いらしいので状況を理解しているのかも。


あっという間に回復して飛べるようになったので、

神社に連れていって放した。

なごりおしそうに私の周りを飛び回っていたのが印象的だった。


そして次の日の夜。

夢の中にフクロウが出てきた。

なんでも彼は神の使いだったらしく、

恩返しをしたいらしい。

鶴の恩返しならぬフクロウの恩返し。


ただ私に願いなんてない。

ほそぼそと暮らしていければそれでいい。

そう伝えても彼は納得しなかった。

なにか願いが浮かぶまで何度でも来ると言って消えていった。

それから夢の中だけでなく日中にも姿を現して、

定期的に願いがないか聞いてくるようになった。

誰にも見えてないから会話すると独り言のように見える。

正直日中に出てくるのはやめてほしい。

適当な願いを言って終わらせようかと悩んでいた時のことだった。


「救急搬送です、退いてください!!」


運ばれてきた患者を見て息が止まるかと思った。

それはキミだった。

10年経っても顔の印象はあまり変わらない。

ただ全身が傷だらけで服もぼろぼろだ。

きっと交通事故にあったのだと思う。


しばらくして患者の割振りで私がキミの担当に選ばれた。

これも運命なのかもしれないね。

幸い全身打撲だったものの、

内臓や骨には大きなダメージはなかった。

まだ意識が戻らないけど、

時々何かをつぶやいているので目覚めは近いと思う。


「ごめん、ごめんよ……。もしやり直せたら次は……」


キミの後悔、それを聞いて私は決意した。


「フクロウさん、私願い決めたよ」

「待ってました」


いつでも呼べば出てくる。

邪魔だなと思っていたけど今はありがたい。


「私の願いは、目の前にいる哲也くんの願いをかなえてほしい」

「はぁ? 君のための願いだよ!?」

「だから私のための願い」

「こんな見ず知らずの他人に?」

「見ず知らずじゃない、初恋の人」

「なら彼に好きになってもらうとかでいいよね?」

「人の気持ちを操作するなんて許さない」

「ならけがを直すとか」

「哲也くんがそう願ったらそうして」

「はぁ……」


これでいい。

どうせ願いなんてなかったんだ。

それならキミの願いをかなえた方がいい。


しばらくしてフクロウがまた現れた。


「高校一年の文化祭で後悔してるからやり直させるよ」


きっと山本さんと喧嘩した時期だ。

キミでも後悔することがあるんだね。

それなら今度こそ後悔のない人生を送ってほしい。


「君も一緒にやり直すからね」

「え?」


いきなり世界が回転しはじめる。

え? え? 私はそんなつもりじゃ……。


・・・


気がつくと教室にいた。


「君の後悔もなくすといいよ」


フクロウはそう言って消えていった。

頼んでもいないのにやり直しさせるなんておせっかいすぎる。


ええと今はいつなんだろう?

懐かしいガラケーを取り出して日付を見ると、

高校一年の6月だった。

昔のことをいろいろ思い出していると、

時間ギリギリにキミが来た。

キミの姿、キミの声、全てが懐かしい。


ああ、そうだ。

キミと一緒に戻ってきたというなら、

私も後悔をなくすために頑張ってみよう。

ええとたしかこのころはこんな感じだったかな?


「おはよう、高木君」


・・・


それから私はやり直し前より積極的に行動するようにした。

声をかけたり自分の話をしてみたりすると、

ニコニコと楽しそうに反応してくれる。

勇気を出して呼び方の変更もお願いした。

照れながら「真紀」と呼んでくれた時は涙が出そうだった。


時にはエッチなことにも挑戦してみた。

着替えの時にシャツを着なかったり、

服のボタンを何個か外したりすると、

こそこそと覗いてくる。

でもこそこそする割に全然隠せていないので微笑ましい。


やり直し前の経験も活かした。

キミの印象が悪くなっていたのをフォローしたり、

照明機器の故障はすぐ直ることを教えたりした。


そして私がキミを助けるようにキミも私を助けてくれたね。

元彼の件は本当に嬉しかった。

やり直し前は看護学校進学まで続いていたのに、

キミに助けてもらったおかげで高校一年で終わった。


夏休みのバーベキューは思い出がたくさんできた。

キミと頭を寄せ合って一緒に寝ている写真は宝物だ。

いつも就寝時に枕の下に入れている。


そして文化祭当日。

フクロウから教えられたキミの後悔は文化祭のことだから、

それが終わったらもう後悔はないはず。

その日に告白しようと心に決めていた。


「小学校の頃からキミのことが好きでした、付き合ってください」


精一杯の気持ちを込めて伝える。

でも帰ってきたのは絶望の言葉だった。


「気持ちはとても嬉しい。でももう山本さんと付き合ってるんだ」

「そうなんだ……、ごめん、ごめんね、私……」


キミの前にいるのがつらくて逃げ出してしまった。


やり直し前、キミは3年間誰とも付き合っていなかった。

どうして私が決心した時に限ってそんなことに……。

ああ、違うんだ。

後悔しないように努力したキミは魅力的だったんだ。

だから山本さんと付き合えたんだ……。


もっと早く告白していれば、もっと早く動いていれば。

後悔が怒涛のように押し寄せる。

想いは言葉にしなければ伝わらない。

そんな当たり前に気づかなかった。


今からでも挽回できる?

ううん、もう付き合ってるなら無理。

別れさせるために何かする?

そんなことをしたら胸を張ってキミと付き合えない。

駄目だ、どうしようもない……。


どん底に落ちた気分で就寝すると夢の中にフクロウが現れた。

しかもやけにハイテンションな様子。


「やあやあ、久しぶりだね」

「フクロウさんが何の用?」

「彼がこの世界を放棄して元に戻りたいそうだ」

「え!?」


フクロウの口から出た言葉は衝撃だった。

キミは山本さんと交際出来たのにどうして?

それとも文化祭の後悔っていうのがなくせなかった?


「後悔はないそうだよ、ただ「俺はあの時選択を失敗したんだ、自分に都合がいいからってみんなの人生を捻じ曲げたくない」とのことさ」


他人の挑戦を否定したくないキミらしい答えだった。

それならやり直さなければよかったと思ったんだね。


「彼の望みをかなえてあげてもいいよね?」


承諾すると確信した感じで私に問いかけるフクロウ。

まるで私の心の内を知っているかのようだ。


「もちろん知ってるよ」

「えっ!?」

「だからこそ彼が許せなかったんだ」

「フクロウさん……」

「じゃあ行ってくる」


顔を隠したまま消えていった。

そうか、ずっと私のためって言っていたもんね。

少し経つとまた世界が回転し始めた。


「今度こそ君の願いを叶えるんだよ」


・・・


病室に戻ってきた。

ずっと高校生をしていたからものすごく違和感がある。


「俺、死んだんじゃ……」


死ぬと思っていて、それでも戻ってきたんだ。

それぐらいあちらではいろいろあったんだね。

もうそんな気にはさせない。

キミに後悔があってもそれ以上の幸せをあげる。


「死んでないですよ」


キミが少し上半身を起こしてこちらに振り返る。

昔に比べておじさんになってるし、ひげもちょっと伸びてる。

でもそれ以上にスリ傷だらけでちょっと痛々しい。


想いは言葉にしなければ伝わらない。

さあ、勇気を出すんだ、真紀。


「哲也くん、二度目の初告白受け入れてもらえますか?」


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