10年後。
私は看護師になっていた。
女が生きていくなら手に職をつけたほうがいいと思って選んだ。
やりがいのある仕事だけど、
休みが不定期で緊急の呼び出しもあるのが難点だ。
そんな休みの日に私は定期的に神社の境内の掃除をしている。
別に誰かに頼まれたわけではない。
ただ落ち葉だらけになっている境内を見て、
忘れられているのは悲しいだろうなと思っただけ。
そんな掃除をしていたある日のことだった。
いつものように掃除をしていた時に、
境内の近くで羽を怪我した真っ黒のフクロウを見つけた。
明らかに衰弱しておりこのままでは死んでしまう状態。
それなのに持ち上げようとするとひたすら暴れる。
その姿がキミと出会う前の私と重なった。
無理やり抱きかかえて動物病院に連れていく。
移動中も治療中もずっと暴れていたが気にしない。
先生に診てもらったところ、幸い治療は可能ということだった。
家に連れ帰って部屋の中に放す。
すると途端に大人しくなり、
こちらを見て首を動かしていた。
カゴがないことを疑問に思っているのかもしれない。
どうせ自由に動けないだろうし、
自分で動けるようになったら出ていけばいい。
こうしてフクロウとの同居が始まった。
フクロウという生き物は肉食らしく、
餌がネズミとかヒヨコだった。
ただ仕事で内臓や血には慣れているので問題ない。
フクロウは出会った時と打って変わって静か。
日中も特に暴れたりせず餌を食べる時も音を立てない。
フクロウは賢いらしいので状況を理解しているのかも。
あっという間に回復して飛べるようになったので、
神社に連れていって放した。
なごりおしそうに私の周りを飛び回っていたのが印象的だった。
そして次の日の夜。
夢の中にフクロウが出てきた。
なんでも彼は神の使いだったらしく、
恩返しをしたいらしい。
鶴の恩返しならぬフクロウの恩返し。
ただ私に願いなんてない。
ほそぼそと暮らしていければそれでいい。
そう伝えても彼は納得しなかった。
なにか願いが浮かぶまで何度でも来ると言って消えていった。
それから夢の中だけでなく日中にも姿を現して、
定期的に願いがないか聞いてくるようになった。
誰にも見えてないから会話すると独り言のように見える。
正直日中に出てくるのはやめてほしい。
適当な願いを言って終わらせようかと悩んでいた時のことだった。
「救急搬送です、退いてください!!」
運ばれてきた患者を見て息が止まるかと思った。
それはキミだった。
10年経っても顔の印象はあまり変わらない。
ただ全身が傷だらけで服もぼろぼろだ。
きっと交通事故にあったのだと思う。
しばらくして患者の割振りで私がキミの担当に選ばれた。
これも運命なのかもしれないね。
幸い全身打撲だったものの、
内臓や骨には大きなダメージはなかった。
まだ意識が戻らないけど、
時々何かをつぶやいているので目覚めは近いと思う。
「ごめん、ごめんよ……。もしやり直せたら次は……」
キミの後悔、それを聞いて私は決意した。
「フクロウさん、私願い決めたよ」
「待ってました」
いつでも呼べば出てくる。
邪魔だなと思っていたけど今はありがたい。
「私の願いは、目の前にいる哲也くんの願いをかなえてほしい」
「はぁ? 君のための願いだよ!?」
「だから私のための願い」
「こんな見ず知らずの他人に?」
「見ず知らずじゃない、初恋の人」
「なら彼に好きになってもらうとかでいいよね?」
「人の気持ちを操作するなんて許さない」
「ならけがを直すとか」
「哲也くんがそう願ったらそうして」
「はぁ……」
これでいい。
どうせ願いなんてなかったんだ。
それならキミの願いをかなえた方がいい。
しばらくしてフクロウがまた現れた。
「高校一年の文化祭で後悔してるからやり直させるよ」
きっと山本さんと喧嘩した時期だ。
キミでも後悔することがあるんだね。
それなら今度こそ後悔のない人生を送ってほしい。
「君も一緒にやり直すからね」
「え?」
いきなり世界が回転しはじめる。
え? え? 私はそんなつもりじゃ……。
・・・
気がつくと教室にいた。
「君の後悔もなくすといいよ」
フクロウはそう言って消えていった。
頼んでもいないのにやり直しさせるなんておせっかいすぎる。
ええと今はいつなんだろう?
懐かしいガラケーを取り出して日付を見ると、
高校一年の6月だった。
昔のことをいろいろ思い出していると、
時間ギリギリにキミが来た。
キミの姿、キミの声、全てが懐かしい。
ああ、そうだ。
キミと一緒に戻ってきたというなら、
私も後悔をなくすために頑張ってみよう。
ええとたしかこのころはこんな感じだったかな?
「おはよう、高木君」
・・・
それから私はやり直し前より積極的に行動するようにした。
声をかけたり自分の話をしてみたりすると、
ニコニコと楽しそうに反応してくれる。
勇気を出して呼び方の変更もお願いした。
照れながら「真紀」と呼んでくれた時は涙が出そうだった。
時にはエッチなことにも挑戦してみた。
着替えの時にシャツを着なかったり、
服のボタンを何個か外したりすると、
こそこそと覗いてくる。
でもこそこそする割に全然隠せていないので微笑ましい。
やり直し前の経験も活かした。
キミの印象が悪くなっていたのをフォローしたり、
照明機器の故障はすぐ直ることを教えたりした。
そして私がキミを助けるようにキミも私を助けてくれたね。
元彼の件は本当に嬉しかった。
やり直し前は看護学校進学まで続いていたのに、
キミに助けてもらったおかげで高校一年で終わった。
夏休みのバーベキューは思い出がたくさんできた。
キミと頭を寄せ合って一緒に寝ている写真は宝物だ。
いつも就寝時に枕の下に入れている。
そして文化祭当日。
フクロウから教えられたキミの後悔は文化祭のことだから、
それが終わったらもう後悔はないはず。
その日に告白しようと心に決めていた。
「小学校の頃からキミのことが好きでした、付き合ってください」
精一杯の気持ちを込めて伝える。
でも帰ってきたのは絶望の言葉だった。
「気持ちはとても嬉しい。でももう山本さんと付き合ってるんだ」
「そうなんだ……、ごめん、ごめんね、私……」
キミの前にいるのがつらくて逃げ出してしまった。
やり直し前、キミは3年間誰とも付き合っていなかった。
どうして私が決心した時に限ってそんなことに……。
ああ、違うんだ。
後悔しないように努力したキミは魅力的だったんだ。
だから山本さんと付き合えたんだ……。
もっと早く告白していれば、もっと早く動いていれば。
後悔が怒涛のように押し寄せる。
想いは言葉にしなければ伝わらない。
そんな当たり前に気づかなかった。
今からでも挽回できる?
ううん、もう付き合ってるなら無理。
別れさせるために何かする?
そんなことをしたら胸を張ってキミと付き合えない。
駄目だ、どうしようもない……。
どん底に落ちた気分で就寝すると夢の中にフクロウが現れた。
しかもやけにハイテンションな様子。
「やあやあ、久しぶりだね」
「フクロウさんが何の用?」
「彼がこの世界を放棄して元に戻りたいそうだ」
「え!?」
フクロウの口から出た言葉は衝撃だった。
キミは山本さんと交際出来たのにどうして?
それとも文化祭の後悔っていうのがなくせなかった?
「後悔はないそうだよ、ただ「俺はあの時選択を失敗したんだ、自分に都合がいいからってみんなの人生を捻じ曲げたくない」とのことさ」
他人の挑戦を否定したくないキミらしい答えだった。
それならやり直さなければよかったと思ったんだね。
「彼の望みをかなえてあげてもいいよね?」
承諾すると確信した感じで私に問いかけるフクロウ。
まるで私の心の内を知っているかのようだ。
「もちろん知ってるよ」
「えっ!?」
「だからこそ彼が許せなかったんだ」
「フクロウさん……」
「じゃあ行ってくる」
顔を隠したまま消えていった。
そうか、ずっと私のためって言っていたもんね。
少し経つとまた世界が回転し始めた。
「今度こそ君の願いを叶えるんだよ」
・・・
病室に戻ってきた。
ずっと高校生をしていたからものすごく違和感がある。
「俺、死んだんじゃ……」
死ぬと思っていて、それでも戻ってきたんだ。
それぐらいあちらではいろいろあったんだね。
もうそんな気にはさせない。
キミに後悔があってもそれ以上の幸せをあげる。
「死んでないですよ」
キミが少し上半身を起こしてこちらに振り返る。
昔に比べておじさんになってるし、ひげもちょっと伸びてる。
でもそれ以上にスリ傷だらけでちょっと痛々しい。
想いは言葉にしなければ伝わらない。
さあ、勇気を出すんだ、真紀。
「哲也くん、二度目の初告白受け入れてもらえますか?」