覚悟を決めて中学の時の先輩に電話する。
「おう、哲也じゃねぇか。わざわざ携帯にかけてくるなんてどうした?」
「川原さん、お願いがあります」
・・・
事情を説明した。
その間、川原さんは黙って俺の話を聞いていた。
「そりゃ大変だったな。で、俺に何をさせたいんだ?」
「二度と手を出す気が起きないようにしてほしいです」
「具体的には?」
「そいつの体に男を教え込んでほしいです」
川原さんは男性好き、いわゆるホモだ。
なよっとした気の強い男が好みなので、
あの男はちょうどいいだろう。
「ほう、そりゃあ大ごとだな」
ただ好みに合うのと実際に襲ってもらうのとは訳が違う。
犯罪行為を頼んでいるのだからかなり無理なお願いだ。
「そうだな、フェラさせてくれたらやってもいいぜ」
「構いません」
「……本気か?」
「ええ」
川原さんは部活の先輩だった。
人当たりの良い人だが強面でキレると怖いと言われており、
喧嘩も日常茶飯事だったのであまり仲良くなる人がいなかった。
俺はたまたま気に入られたようでかわいがってもらった。
ただ「気に入る」というのは文字通りの意味だったようで、
しばらくして「お前を狙っている、性的に」とカミングアウトしてきた。
「おこと、わりだー」とノリで返したら受けたようで、
狙われつつもいつも断ることが出来ていた。
でも今回は無理を聞いてもらわないといけない。
それには代価が必要だ。
俺が払える代価なんて体しかない。
(大木さんの苦痛に比べれば俺なんて)
「わかった、住所は?」
「○○です。ついたら携帯に着信ください」
よし、これでなんとかなる。
ただ出来ればあいつを部屋から連れ出す人が欲しい。
でもそんな人……あっ。
一人だけ心当たりがある。
真紀の元彼の木島君だ。
あの後何度か会って話をしたけど意外と気が合った。
もしかしたらお願いぐらい出来るかもしれない。
ただ連絡先が分からない……。
真紀なら知っているかもしれないけど、
あれだけ嫌がっていた相手について聞くのは……。
いや、俺が真紀に嫌われるだけで大木さんを助けられるなら構わない。
万全を期して行わないと失敗したら大変なことになる。
覚悟を決めて真紀の自宅に電話する。
(以前教えてもらっていてよかった)
「はい、島村です」
「すみません、同じクラスの高木と申します。真紀さんいらっしゃいますか」
「あ、哲也くん。どうしたの?」
少し弾んだ声だ。休みだからテンション高いのかな。
でもそんな真紀に不愉快なことを頼まないといけない。
「以前一緒にいる時に会った木島君の電話番号教えてほしい」
「え?」
「不愉快だと思う。でもどうしても必要なんだ」
「……どうして必要なの?」
「助けたい人がいるんだ」
「……わかった」
怒ることも細かい理由を聞くこともなく了承してくれた。
(真紀にはいつも迷惑ばかりかけてるな……)
真紀にもお詫びをしないと。
でもそれを考えるのは後だ。
さっそく電話をかける。
頼む……、出てくれ……。
「誰?」
「以前会った島村さんの彼氏だよ」
「お、オタクくんじゃん。電話番号教えたっけ?」
「いや、島村さんに聞いた」
「ふーん、で、なに?」
「協力を仰ぎたいんだ」
「協力?」
事情を説明する。
けっこう長い話だったけど聞いてくれた。
「ふーん、事情は分かったけどさ、俺に何の得があんの?」
「誰かを助けるのに理由がいるかい?」
「どっかからのパクリだろ、そのセリフ」
あっさりばれた。
でもFF9の発売はまだだし、
調べても元ネタは出てこないぞ。
そしてこれぐらいのお願いであれば、
代価になるものは持っている。
「助けてもらえたら新品のたまごっちをあげよう」
「持ってるのか!?」
かかった。
彼女がいるなら欲しがる可能性は高いと思ったが予想通り。
この前たまたま店頭でたまごっちを見かけたので買っておいた。
(やり直し前の知識で人気が出るのは知っていたからな)
今は段々と人気が出てきているので買うのは難しい。
彼女にあげるにせよ売るにせよ価値はあるはず。
「貴重な色のやつだから価値は高いはず」
「なるほどな」
電話口で悩んでいる感じがする。
俺が出せるものはこれしかないので、
断られたらどうしようもない。
「女は美人なんだな?」
「めっちゃ美人」
「ふーん」
「それとガチの男に襲われて心が折れるシーンも見れるぞ」
「ガチの男?」
自分が絡むなら嫌だけど他人事なら一度は見てみたい。
男性から見たガチホモネタはそういうネタだ。
怖いもの見たさに来てくれるかもしれない。
「まあいいだろ、場所は?」
「○○って言って分かる?」
「ああ、わかるぞ」
やった、成功した。
そんなに悪い人じゃなかったな。
・・・
急いで大木さんの家に向かう。
到着すると既に木島君もいた。
すぐにチャイムを鳴らすとお姉さんらしき人が出てきた。
「小夜さんの友達なんですが、小夜さんいらっしゃいますか?」
「まだ帰ってないのよね、何か伝言ある?」
「そうですか、「高木が来た」と伝えてもらえれば助かります」
おかしいな、大分時間がたっているのに帰っていないなんて。
もしかして別の場所に連れ込まれた?
それだとどうしようもなくなる。
「オタクくん、どーすんの?」
「とりあえず心当たりの場所を……」
そう思って道路側を見ると大木さんとさっきの男が歩いてきた。
どうやら何らかの理由で遅くなったようだ。
木島君も気づいたようで観察している。
「お、けっこういい女。オタクくん、口説いていい?」
「本人の許可があればね」
さっそく大木さんに駆け寄っていった。
「ねえ君、名前は?」
「あなたに名乗る名前はないわ」
「いいねぇ、こういう気の強い女好きだわ」
「危ない!!」
木島君が大木さんと話していると
あの男(忍とか名乗ってた)が突然殴りかかってきた。
けれどその拳はあっさり受け止められた。
「よく分かっているな、だが致命的に力が足りない」
「な、んで」
「チワワが狼の真似をした所で人間様は倒せないぞ」
「チ、チワワだって」
「虚勢張ってるの丸わかり、お前いじめられたろ?」
「な……」
軽く腕を掴んでひねって動けないようにしている。
(すごい、俺は手も足も出ないのに簡単にあしらってる)
喧嘩慣れしていると思ってはいたけど予想以上だった。
(これなら川原さん到着まで時間を稼げそうだ)
そう思っていたら3人の後ろから片手をあげて川原さんがやってきた。
「よう。で、どっちだい?」
「背の高い方は友達っす。助けてくれたんすよ」
「ほう」
川原さんが舐めるように木島君を見る。
(あの目は慣れないときついんだよな)
案の定木島君は身震いしている。
「そっちもくれたら手伝ってやろうじゃないか」
「俺はともかく友達は駄目っす」
「残念だ」
川原さんは隙あらば自分の要求をぶっこんでくるので、
注意が必要だ。
川島さんが忍とかいう男の方を向く。
「弱そうじゃないか、お前一人でもいけただろう?」
「俺の喧嘩の弱さなめてもらっちゃ困るっすよ」
「誇るな、んなもん」
木島君が掴んでいた腕を川原さんが掴みなおす。
「痛たたたた」
「なんだぁ、この程度で痛がるなよ」
そのまま暗がりに連れ込んでいく。
よかった、これでなんとかなりそうだ。
「おい、オタクくん、さっきの人は?」
川原さんが暗がりに行ったからか、
木島君が声をかけてくる。
「俺の中学の先輩」
「もしかしてお前の中学って二中か?」
「そう」
俺の中学は治安の悪いことで有名だった。
日中にバイクは乗り込んでくるし、
暴力沙汰も日常茶飯事。
校舎裏にいけばシンナー臭、トイレに行けばタバコ臭。
卒業式ですらまともに振る舞うことが出来ず、
校長がスピーチ途中で激怒したのは伝説になっている。
そんな中学で有名な人だったので木島君も知っているらしい。
「お前、こんな人と知り合いなら俺呼ぶ必要なかっただろ」
「いなかったら無理だったよ」
たまたま外にいたからよかったけど、
本来の予定では部屋から無理やり男を連れ出すつもりだった。
でも川原さんは見た目的に家に入れてもらえないだろうし、
俺の腕力じゃ男を連れ出せると思えない。
木島君に男を連れ出してもらって川原さんに引き渡す予定だった。
それを伝えると納得したようだ。
「おい、誰か抑えとけ」
「ということでよろしく」
「何がよろしくなんだよ!?」
「だって力ないし」
抑えてもらうために呼んだので頑張ってもらおう。
ふと大木さんを見ると驚いた顔で固まっていた。
「あの……大丈夫だった?」
「あ……うん、口でなんとか凌いだから」
会話が続かない……。
でも好き勝手したんだから仕方ないか。
しばらく黙っていると木島君が戻ってきた。
「男だとあんな感じになるんだな……」
非常に疲れた顔をしている。
(初めて見るとそうだよな)
女性にされるのとはまったくの別物らしい。
「気持ちいいらしいよ」
「やめろ、想像させるな。それでなくても写真撮ったから気持ち悪いんだ」
お、写真も撮り終わってたんだ。
それなら最悪脅せばなんとかなるはず。
「こいつ気絶しやがった」
川原さんが男を担いでこちらに来た。
(軽々担いでるけど50~60kgぐらいあるよな?)
「哲也、フェラさせてもらう約束な、なしでいいわ」
「あ、そんな、悪いっすよ」
「そん代わりこいつもらってくぞ」
「いいんすか?」
「たまには先輩らしく泥かぶってやるって言ってんだよ」
ちょっと照れくさそうにしている川原さん。
覚悟していたけどよかった。
「ありがとうございます。二度と近づかないように徹底的にお願いしますね」
「まかせろ、女なんてすぐ忘れさせてやる」
うーむ、川原さんが大分乗り気になったようだ。
初彼になるかもしれないな。
その時は盛大に祝ってあげよう。
「おう、木島、名前覚えたからな」
「はい、ありがとうございます」
木島君は完全に舎弟ポジになってるな。
まあ川原さんはそんなに怖い人でもないし大丈夫だろう。
今なら体を狙われることもないだろうし。
「名前覚えられちまった……」
「いいんじゃない?」
「後でちゃんとたまごっち寄こせよ」
「持ってくよ」
「はぁ……疲れた。もう口説くとかいいわ……」
疲れた様子で帰っていった。
実は苦労人気質なのでは?
「哲也……」
しまった。完全に蚊帳の外にしていた。
「フェラって何の話……?」
「大木さんには関係ないことだから大丈夫」
正直に話したら変に気を使わせることになってしまう。
どうせその約束はなしになったんだから気にすることはない。
「もう何もないと思うけど、何かあればこの写真ばらまくと言えばいいよ」
あいつが川原さんにフェラされてる写真を大木さんに渡す。
もう関わろうとしてこないと思うけど、
関わってきても最悪この写真があれば追い返せるだろう。
「どうしてこんなことを?」
怒りをかみ殺しているような声で問いかけられた。
(やばい、すごく怒ってる)
勝手にやりすぎてしまったから怒るのも無理はない。
「こんなことをして私が喜ぶと思うとでも?」
「ごめん……」
そうだ、よく考えたらこんなこと人に知られたい訳がない。
なのに俺は2人に勝手に事情を話している。
(反省すると言ったのにまた突っ走ってしまった……)
警察を呼ぶとか他の方法はあったんだ。
(また失敗してしまった……)
「……あの男を追い払ってくれたのは感謝してる」
その言葉に顔を上げる。
(よかった、少しでも助けになったなら)
いや、迷惑をかけてそんなこと思っちゃ駄目だ。
結果オーライで全て良しという訳にはいかない。
「もう……やめるね」
"何を"とは言っていないけど、
きっと口でしてくれていることだろう。
あれだけ好き勝手やったんだから、
愛想つかされてもしょうがない。
それにいじめの話を知らなかった時はともかく、
事情を知った上で口でしてもらおうなんて、
最低と言われても仕方ない。
でも……。
「なんとか続けて頂けないでしょうか!!」
土下座して懇願する。
大木さんに口でしてもらえるのはとても嬉しい。
自分勝手と言われても構わないからどうしてもしてほしい。
今の俺に出来るのはお願いすることだけだ。
「は?」
唖然としてる。
言えばやめてくれると思ったのに、
続けてほしいって言われたらそうなるよね。
「大変な過去があったのにこんなことをお願いするのは失礼だと思う」
「え? え?」
「でも大木さんに口でされるの大好きなんです。なにとぞなにとぞ」
「ちょ、ちょっと!? 家の前でそんなこと叫ばないで!?」
「は!? ご、ごめん」
しまった、公道、それも大木さんの家の前で言うことじゃなかった!?
大木さんも顔真っ赤にしてる。
「まだ私にしてほしいっていうの?」
「はい……」
なんともいえない顔をしている。
(やっぱり駄目だろうか)
せめてきっぱりと「あなたにしたくない」と言われれば、
諦めもつく。
「わかった、続けてあげる」
「やった!!」
やったやったやった、続けてもらえた。
こんなに嬉しいことはない。
大木さんの問題も解決したし一件落着だ!!
「でも次は許さないから」
「ごめんなさい……」
そうだよ、「一件落着だ!!」じゃない。
なんとか許してもらえたけど大失敗だったんだ。
次はないと言われたんだから本当に注意しないと……。
・・・
後日川原さんから連絡があり、
あの忍とかいう男は彼氏にしたそうだ。
もちろん口止めはばっちりで「女との浮気は許さない」と言っていた。
他にも「遠距離恋愛になるから大変」と言っていて、
まるで乙女のようだった。
まあ一応全て丸く収まったのかな。