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26. 大変だった終業式の日(前編)

大木さんにお礼をしよう。

そう思い立ったのには理由がある。

最近何度も口でしてもらっている。今週なんて2回もだ。

身を任せているだけで気持ちよくしてくれるなんて、

どれほど嬉しいことだろうか。


いつも言葉ではお礼を伝えているけど、

あんなのじゃ全然足りない。

他にお礼したい。

何かできることはないだろうか?


……そうだ、部室の掃除をしよう。

してもらっている時に、

大木さんの体に埃がついてしまうことがあるのが気になっていたんだ。


「部室に行ってもいいかな?」


そう切り出した時の大木さんの顔は何とも言えなかった。

失望と諦めが混じったような表情で、

とうとう来たのかという感じだった。

(もしかして都合悪い?)


「いいわよ、少し準備するから30分後に来て」


何か準備があったのか。

でもちょうどよかった、俺も準備があるし。

そう思ってると、

大木さんとの会話を聞いた丸井が声をかけてきた。


「部室で何するんだよ」

「いつもお世話になってるのでお礼に掃除をしようかと思って」

「はぁ? 馬鹿、お礼ならケーキとか買っていけよ」

「えっ、そういうもの?」

「当たり前だろ」


彼女のいる丸井の言うことなら正しいに違いない。

ちょうど学校の近くにはケーキ屋がある。

部活帰りに買って帰る人が多いらしく繁盛していて、

丸井も彼女用にけっこう買っているらしい。


ケーキの種類はよく分からないので、

オーソドックスなイチゴのショートケーキにした。

(喜んでくれるだろうか)


「失礼します」

「入って」


(あれ? なんか声が冷たいような?)

入室するといつものように席に座っているけど、

普段と違って顔が強張っている。

ただ俺の手に持っているものを見て首をかしげていた。


「それは何?」

「掃除セットとケーキかな」

「は?」


最初に部室で会話した時並みの驚き具合だった。

(やっぱり変な組み合わせだったかな?)

別々に持ってくると面倒だからまとめて持ってきたけど、

やっぱり分けた方がよかったのかもしれない。

とりあえず掃除セットを壁に立てかけて、

ケーキの入った箱を大木さんの前に置く。


「いつも息子がお世話になっています」

「……その下ネタは0点ね」


はっ!? 無意識に息子とか言ってた!?

違う、違うんだ。普通にお礼を言いたかったのに。

動揺が俺の顔に出ていたのだろう、

それを見て大木さんの顔の強張りが抜けた。


「ありがたくもらっておくわ」

「よかった」


結果オーライ、ひとまず受け取ってもらえた。

よし、次は掃除だ。

箒で掃除を始めようとすると声をかけられた。


「何……してるの?」

「掃除」

「なぜ掃除を?」

「いつもしてもらってるのでお礼を、と思って」

「……わたし、これからケーキ食べるのよね?」

「あああー」


そうだった、ケーキ食べるのに埃舞わせてどうするんだ!?

普通食べ終わってから掃除始めるだろ!?

あまりの馬鹿さ加減に肩を落とす。


「先に掃除すればいいわ」

「ごめん……」


無駄に気を使わせてしまった……。

駄目だなぁ、俺……。


・・・


拭き掃除まで入れて20分程度かかってしまった。

掃除をしていたら気づいたけど、

物陰になぜかビデオカメラがセットされていた。

大木さんに聞いたら「部活で使うの」と言っていた。

その答えの言い方が非常に冷たい感じで、

それ以降話しかける勇気が出せなかった。


「掃除終わったからこれで帰るね」

「……もしかして用事ってそれだけ?」

「うん」


今日は大失敗だった。

お礼をしようと思ったのに逆に気を使わせてしまった。

(気合を入れてやろうとするといつもこれだ……)

次回はちゃんと掃除と食べ物は分けよう。


「ふふふ、ははは」


そんなことを考えながら部室を出ようとすると、

大木さんがめったに聞かないような大きな声で笑い出した。


「ケーキの感想は聞かなくていいの?」

「そうだった!?」


適当に買ってきたから感想聞きたかったんだ。

なのにそんなことも忘れて帰ろうとしてた。

そりゃ笑われる訳だ……。


ただ大木さんは一度笑ってすっきりしたのか優しい笑顔になった。

(結果的によかったかな?)

部屋に入った時は強張った顔してたから、

どうしたのかと思っていた。

やっぱり大木さんは笑っているのが一番かわいい。


「ケーキ美味しかったよ」

「よかった」


これでまずかったらどうしようもなかった。

今日は失敗ばかりだったけど少しはリカバリできたかな?


「食べ終わったし一緒に帰らない?」

「え、いいの? 喜んで一緒に帰るよ」


初めて大木さんから誘われた。すごく嬉しい。

これがケーキの効果だというなら丸井に感謝だ。


初めて女子と隣に並んで歩く。

思ったより距離が近くて手が触れそうになる。

(手をつなぎたいな)

そう思うけど彼女でもないのにそんなこと出来ない。

あくまで大木さんの好意で口でしてもらっているだけ。

俺に恋愛感情を持っているわけではないということを、

肝に銘じておかないと勘違いしそうになる。


「家はどのへんなの?」

「○○」

「私は△△だから近いわね」

「あ、もしかしてあの白い家?」

「そうよ」

「お城みたいで綺麗だよね」


けっこう目立つ家だから知っていた。

一体どんな人が住んでいるのかと思ってたら、

大木さんの家だったのか。

白い家と美少女と聞くとサナトリウムを連想してしまう。

(さすがにそれは誉め言葉にならないよな)

他にお城と言うと……。


「本当にシンデレラみたいな美人が住んでるとは思わなかったよ」


口に出してから思ったけどシンデレラって誉め言葉だろうか?

単に美人だけでよかったのでは?

大木さんの反応を見てもよかったのかは分からない。


「あれ? もしかして大木?」


大木さんの体がビクッと震えて動きが止まる。


「懐かしいなぁ、俺だよ俺、忍だよ」

「……」

「こんな所に引っ越してたなんてな」


明らかに馴れ馴れしい態度で大木さんに声をかけている。

(島村さんの時と同じく元彼だろうか?)

でも元彼というだけならこんなにつらそうな表情するとは思えない。

喧嘩別れしたとかなのかも。


「いじめはされなくなったのか?」


大木さんの体がビクッと体が震えた。

(いじめ? どういうこと?)

歯を食いしばる大木さんを見ると、

明らかに触れてほしくないことのようだ。


「お、それなら今は綺麗な体っぽいな、やらせろよ」


その上「やらせろよ」とかの暴言まで吐いてきた。

こんなの許せない。

すぐに男に声をかける。


「ちょっと待ってほしい」


でも男はまったく反応しない。

まるで俺が見えていないかのようだ。


「俺、大木さんの彼氏なんだけど」


島村さんの時と同じように適当に彼氏と名乗る。

(これで少しは反応するだろう)


「え?」

「ん?」


その言葉でようやく俺を認識したようで俺を見た。

だがすぐ大木さんの方を向いて話を続ける。


「大分上手くなったんだぜ」

「いやいや、無視はないだろう」


肩を叩いて声をかけたつもりだった。

次の瞬間、強い衝撃を感じて気づくと空を見上げていた。

頬がじんじんする。

(殴られた? え、あれだけのことで?)

驚いた顔の大木さんも見える。

そして男はこちらを向いていない。


「あのころと一味違うテクニックを味合わせてやるぜ」


ああ、駄目だ。こいつは言葉の通じないタイプだ。

島村さんの時は少なくても言葉が通じるタイプだったから、

口八丁でなんとかなった。

でもこいつは会話をする気がない。


「ん? そこの彼氏が気になるのか?」

「……そんなやつ彼氏じゃないよ」

「なんだ、さっき彼氏とか言ってたぞ?」

「勝手に彼氏を名乗って付きまとってるだけ」

「そうか」

「がっ!!」


胸のあたりを踏まれた。

(息が……できない)

強い痛みの上に肺の動きが制限されて呼吸もつらい。

振り払って起き上がろうにも力が入らない。


「大木は公衆便所だって知ってたか?」

「は?」

「やめて!!」


男の言葉を悲痛な様子で止める大木さん。

(公衆便所?)

大木さんとその言葉がつながらない。


「学校のトイレでいつも股開いててな、男子は大抵こいつと初体験したんじゃないか」

「そんな馬鹿な……」

「ちなみに大木を初めて使ったのは俺でな、それはもう気持ちよかったぜ」

「え……?」

「母親も風俗嬢らしいぜ。美人らしいから親子丼してみたいよな、ははは」


大木さんを見ると泣きそうな顔をしている。

(反応を見る限り本当に言われたくないことっぽい)

だとすればどういうことだ?

本人の意志でやっていたなら泣きそうになることはない。

そしてさっきの「いじめはされなくなったのか?」という言葉。

(いじめでやらされたのか)

そう考えると辻褄が合う。


「彼氏じゃないのに付きまとうやつはお仕置きしないとな」

「……そんな奴どうでもいい。するんでしょ」

「おお、そうか。ならお前んちでするか。金ねーしな」

「……わかった」

「おまけだ」

「ぐふっ!!」


強く胸を踏まれて会話どころか呼吸すらままならない。

(あ、くそう……。大木さんが……)

動けるようになった頃には二人は見えなくなっていた。

(俺は大木さんになんてことを……)

大木さんがいじめられていた。

それも不特定多数からの性的ないじめ。

いや、いじめとは呼ばない、ただのレイプだ。


そんなことをされてきた彼女が口でしてくれた。

きっとトラウマを刺激する行為だっただろう。

それなのに俺は何度もやってもらってた。

それもそんな嫌なことがあったことを感じさせない笑顔で……。


受けた恩は返さないといけない。

何をしたらこの恩を返せるだろうか。


さっきの反応を見る限り男はいじめの張本人だろう。

出会った時の大木さんの表情は明らかに嫌がっていた。

さっきあの男は「大木さんの家に行く」と言っていたよな。

大木さんの家の場所は分かる。

(でも俺が乗り込んでも勝ち目がない)

俺は喧嘩なんてしたことがないし、

体もひ弱で殴り合いなんて出来る訳がない。

(誰か知り合いを呼んで追い返してもらう?)

それ自体は可能だろう。

でも無理やり追い返した所でその場限りだと思う。

ああいうやつはしつこいから生半可な攻撃は逆効果だ。

大木さんにかえって迷惑がかかってしまう。


やるなら男の心を折るしかない。

それも二度と大木さんを襲おうと思わないぐらい徹底的にだ。

(……あの人に頼むしかないか)

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