「お、さっきの彼氏じゃねぇか。待ち伏せか?」
「え?」
表面上は取り繕ったが内心は驚きでいっぱいだった。
(なぜ!? 殴られたのにどうして諦めてないの!?)
彼はこちらを見つけると隣の長身の男と会話し始めた。
するとすぐに長身の男が私の所にやってきた。
「ねえ君、名前は?」
「あなたに名乗る筋合いはないわ」
「いいねぇ、こういう気の強い女好きだわ」
ニヤニヤしながら値踏みするように私を見ている。
その視線が気に入らなかったのか忍が拳を上げた。
「危ない!!」
彼が叫んだ時には忍は拳を振り下ろしていた。
「会話より先に殴る、それは正しい、だが致命的に力が足りない」
「な、んで」
あっさり拳は受け止められていた。
「チワワが狼の真似をした所で人間様は倒せないぞ」
「チ、チワワだって」
「虚勢張ってるの丸わかり、お前いじめられたろ?」
「な……」
そこからあっという間に忍の腕をキメた。
呆然とそれを見ていると後ろから気配がした。
振り返ると大柄の強面の男性がこちらに近づいてくる。
「よう。で、どっちだい?」
「背の高い方は友達っす。助けてくれたんすよ」
「ほう」
明らかに危ない雰囲気の男で不安になったが、
どうやら彼の知り合いらしい。
強面男は恐ろしい目つきでこちらを見ている。
「そっちもくれたら手伝ってやろうじゃないか」
私に言われたと思って、体がビクッと反応する。
「俺はともかく友達は駄目っす」
「残念だ」
彼が即答で拒否してくれた。
(ただ"彼女"じゃなく"友達"と言われたのはちょっと悲しい)
忍への建前だったとはいえ彼氏を名乗ってくれたのは嬉しかった。
(あれ? でも「俺はともかく」ってどういう意味?)
「弱そうじゃないか、お前一人でもいけただろう?」
「俺の喧嘩の弱さなめてもらっちゃ困るっすよ」
「誇るな、んなもん」
強面男が忍に近寄って腕をつかんだ。
「痛たたたた」
「なんだぁ、この程度で痛がるなよ」
強面男の身長は忍よりちょっと高いぐらいで長身男よりは小さい。
でも腕は1.5倍ぐらい太くて手も大きく見える。
忍の腕をつかんだまま軽々とどこかへ引っ張っていく。
視界から忍と強面男が消えたことでようやく頭が動き始めた。
(一体何がどうなっているの?)
彼が中心にいるのは間違いない。
ということはあの二人は彼の友人なんだろうか?
「あの……大丈夫だった?」
彼が恐る恐るといった感じで声をかけてきた。
「あ……うん、口でなんとか凌いだから」
何と答えればいいか分からずありのままを答えて、
そこで会話はストップしてしまった。
聞きたいことはたくさんあるけど何から聞けばいいか分からない。
しばらくすると長身男が帰ってきた。
「男だとあんな感じになるんだな……」
「気持ちいいらしいよ」
「やめろ、想像させるな。それでなくても写真撮ったから気持ち悪いんだ」
(……男?)
そこでようやく理解した。
強面男はホモだったんだ。
つまりさっきの「友達は駄目っす」というのも長身男のこと。
だから「俺はともかく」というのは……。
「こいつ気絶しやがった」
強面男が忍を担いで戻ってきた。
「哲也、フェラさせてもらう約束な、なしでいいわ」
「あ、そんな、悪いっすよ」
「そん代わりこいつもらってくぞ」
「いいんすか?」
「たまには先輩らしく泥かぶってやるって言ってんだよ」
「ありがとうございます、二度と近づかないように徹底的にお願いしますね」
「まかせろ、女なんてすぐ忘れさせてやる」
強面男が去っていくのを見送った後、彼に声をかける。
「哲也……、フェラって何の話……?」
「大木さんには関係ないことだから大丈夫」
普段何でも説明したがる彼だけど、
後ろめたいことがあると一切説明をしない。
多分あの強面男に口でする約束をして、
ここに来てもらったのだろう。
「もう何もないと思うけど、何かあればこの写真ばらまくと言えばいいよ」
忍があの強面男に咥えられている写真を渡された。
こんな恥ずかしい写真があれば、
まず間違いなく言うことを聞くだろう。
(つまり解決……したんだ)
もう私の学生時代は終わったと思っていた。
成人するまでまたあの日々だと思っていた。
彼が助けてくれたんだ。
改めて彼を見ると殴られた顔が腫れている。
あんなに殴られてそれでも私を……。
この時の気持ちはどう表現すればいいか分からない。
喜怒哀楽全ての感情が入り混じったような感覚。
もう感情があふれてぐしゃぐしゃだ。
「どうしてこんなことを?」
あのまま私のことを忘れてくれればよかった。
これ以上あなたを危険に巻き込みたくなかった。
「こんなことをして私が喜ぶと思うとでも?」
「ごめん……」
あなたはお人よしすぎる。
きっと今までのお礼で私を助けてくれたんでしょう?
「……あの男を追い払ってくれたのは感謝してる」
まるでシンデレラを探しに来た王子様。
おとぎ話ならシンデレラを悪い継母と姉から救い出してめでたしめでたし。
でも現実はそんなに甘くない。
王子様が探していたシンデレラを見つけても、
灰にまみれた姿を見たら幻滅したよね?
でもたとえ幻滅したとしても優しい王子様は、
自分から「妃に出来ない」なんて言えないよね?
だから私から言うね。
「もう……やめるね」
返事はきっとないだろう。
でも沈黙こそが答えでいい。
王子様がシンデレラに求婚しなかったのではなく、
シンデレラが王子様の求婚を拒否したのだから。
「なんとか続けて頂けないでしょうか!!」
「は?」
そんな風に一生懸命お別れの用意をしていたのに、
彼が突然土下座してそんなことを言ったので唖然としてしまった。
「大変な過去があったのにこんなことをお願いするのは失礼だと思う」
「え? え?」
「でも大木さんに口でされるの大好きなんです。なにとぞなにとぞ」
「ちょ、ちょ、家の前でそんなこと叫ばないで!?」
「は!? ご、ごめん」
私の過去を知ったのに?
何人もの男の相手をしてきたのに?
「まだ私にしてほしいっていうの?」
「はい……」
泣きそうな顔で私を見てくる。
灰にまみれた姿を知ってまだなお求めてくれるの?
本当に……私でいいの?
「わかった、続けてあげる」
「やった!!」
(もしあなたが私とセックスしたいと言えばすぐにしてあげた)
(それでも前と同じ口だけでいいの?)
そう問いかけようと思ったけど、
素直に喜ぶあなたを見て思い直した。
あなたの望むようにしてあげたい。
ただしこれだけは言っておかないといけない。
「でも次勝手に動いたら許さないから」
「ごめんなさい……」
どんなにあなたが望んでも、
これ以上私のためにあなたが危険な目にあうのは許さないから。
・・・
彼とお別れして家に戻ると、
母さんがニヤニヤしながら私を見ていた。
「いい男じゃない」
「……別に」
「顔真っ赤でニヤニヤしているから説得力ないわよ」
こういうことをからかうのが大好きな母親だ。
きっと数週間は言われ続けるだろう。
「男を掴むなら胃袋とチンコ掴めばいいわよ」
「下品」
「実際効果的だし。料理覚えてみる?」
「……」
「チンコ掴むのは出来てそうだしね」
「母さん!?」
「あははー、で、どうする?」
「……覚えてみる」