「食べ終わったし一緒に帰らない?」
ケーキの感想を聞き終わった彼にそう声をかける。
たったこれだけのセリフなのに非常に勇気が必要だった。
「え、いいの? 喜んで一緒に帰るよ」
嬉しそうに返事してくれる彼。
(よかった、喜んでくれた)
部室を出て一緒に学校を出る、ただそれだけでドキドキする。
「家はどのへんなの?」
「○○」
「私は△△だから近いわね」
「あ、もしかしてあの白い家?」
「そうよ」
「お城みたいで綺麗だよね」
家は母さんの趣味で真っ白にしている。
汚れが目立つし定期的に塗りなおすお金がもったいないと思っていたけど、
そんな家が役に立つなんて思わなかった。
「本当にシンデレラみたいな美人が住んでるとは思わなかったよ」
なかなか変わった例えだけど、
彼が褒めてくれるなら何でも構わない。
でも
ついこの間まで何もなかったのに
あっという間に
魔法と言っていいのかもしれない。
それならかぼちゃの馬車をくれたのは翔君になるのだろうか。
かわいい魔法使いでよかった。
「あれ? もしかして大木?」
でもシンデレラと言われた時に思い出すべきだった。
シンデレラの魔法は12時で解けるということを。
「懐かしいなぁ、俺だよ俺、忍だよ」
昔より声が太くなったけど忘れはしない。
わたしの初めてを奪った男の声だ。
(何県か離れているのになぜ!?)
もう生涯会うことはないと思っていた。
「こんな所に引っ越してたなんてな」
近くに住んでいるのか偶然この町に来たのかは分からない。
ただ言えるのはこの町に私が居るとバレてしまったということだ。
「いじめはされなくなったのか?」
私の初めては忍に奪われた。
といっても最初はいじめ被害者同士で無理やりセックスさせられたためだ。
だからそれは仕方ないと思っている。
でも初体験した次の日に二回目を求めてきた。
いじめ加害者の指示などない状態で、だ。
私が受け入れる理由はないので拒否すると、
他の男子達に事情を触れ回りトイレで連れ込まれ犯された。
もちろん忍だけじゃなく他の男子にも犯された。
そこからは元々のいじめに加えて、
忍たちの性処理もさせられることになった。
忘れたいと思っても忘れられない過去だった。
そんな忍は私の反応を見てイヤらしい笑みを浮かべている。
「お、今は綺麗な体っぽいな、やらせろよ」
「ちょっと待ってほしい」
彼が忍に声をかけた。
でも忍はまったく話を聞いていない。
(昔と一緒だ)
こんな感じで話を聞かなかったからいじめられていた。
「俺、大木さんの彼氏なんだけど」
「え?」
「ん?」
とっさに彼の方を見てしまう。
そのぐらいその言葉は衝撃だった。
私につられて忍の顔が一瞬彼の方に向くが、
また無視して私に話しかけてくる。
「大分上手くなったんだぜ」
「いやいや、無視はないだろう」
そういった瞬間、忍が彼の顔を殴った。
殴られた彼はそのまま倒れこんだ。
「あのころと一味違うテクニックを味合わせてやるぜ」
倒れた彼を無視して話を続ける忍。
本当はすぐにでも彼の元に駆け寄りたい。
でも下手に動くと彼にさらなる危害を加えるかもしれない。
「ん? そこの彼氏が気になるのか?」
「……そんなやつ彼氏じゃないよ」
まずい、彼を気にし始めた。
少しでも意識をそらさないと。
「なんだ、さっき彼氏とか言ってたぞ?」
「勝手に彼氏を名乗って付きまとってるだけ」
「そうか」
「がっ!!」
(やめて!!)
倒れた彼の胸を足蹴にするのを見て叫びそうになるが、
かろうじて心の中だけに抑えた。
もし声を出していたらもっとひどいことをするだろう。
「大木は公衆便所だって知ってたか?」
「は?」
「やめて!!」
でもこれは駄目だった。
彼に絶対に知られたくない過去を言われてしまい、
とっさに声を出してしまった。
私の動揺を見て口の端を吊り上げさらに畳みかけるように喋り出す。
「学校のトイレでいつも股開いててな、男子は大抵こいつと初体験したんじゃないか」
「そんな馬鹿な……」
「ちなみに大木を初めて使ったのは俺でな、それはもう気持ちよかったぜ」
「え……?」
「母親も風俗嬢らしいぜ。美人らしいから親子丼してみたいよな、ははは」
過去の話を聞いて彼の顔が驚きで染まる。
(やめて……やめて……)
最も隠したい事実を最も知られたくない人に暴露されてしまった。
トイレで不特定多数に犯された経験があるなんて聞いたら、
きっと軽蔑するだろう。
「彼氏じゃないのに付きまとうやつはお仕置きしないとな」
その言葉を聞いて我に返った。
駄目だ、このままでは彼に危害を加えられてしまう。
私のせいで彼が怪我するのは耐えられない。
「……そんな奴どうでもいい。するんでしょ」
私に出来るのは一刻も早くこの場を立ち去ること。
どうせ体目当てなんだから体で釣ればすぐ動くだろう。
「おお、そうか。ならお前んちでするか。金ねーしな」
「……わかった」
「おまけだ」
「ぐふっ!!」
倒れて動かない彼が視界の端に見える。
今すぐ駆け寄りたい、手当てをしてあげたい。
でも私がそうすれば忍はさらに危害を加える。
黙って去るしかない。
「どこ行くんだ?」
「黙って付いてきて」
忍に家の場所を知られる訳にはいかない。
仕方なしにいつもの公園に案内する。
相変わらず誰も来た形跡がなく、
けっこうホコリが積もっていた。
「寂れてんな」
「ここなら好きに出来るわ」
「そうか」
下卑た笑顔をしている忍のズボンを下ろす。
~口での行為後~
「汚いから続きはお前んちでしようぜ」
「ここでいいでしょ」
「お前は便所でも横になれるだろうけど俺は綺麗好きなんだ」
そんな女に突っ込もうとしてるのは誰なのか。
でも忍を家に連れて行くわけにはいかない。
「なら諦めて」
「あ? なんだその態度は?」
「もう関係ないのにやってあげただけ感謝しなさい」
「ならみんなにばらすぞ。大木がこの町にいるって」
「なっ」
「美人になったと言えばきっと殺到するだろうな」
「……」
「素直に言うこと聞くなら黙っておいてやる」
そうか、この町にいるとばれただけで駄目だったんだ。
出会った時点でチェックメイト。
家の場所がどうこうなんて関係なかったんだ……。
ようやく逃げることが出来たと思っていたのに。
(まさに
魔法の力で王子様の所に行っても、
継母と姉に見つかれば連れ戻されて灰かぶりに戻る。
「わかった、家に案内する」
「最初っからそうしとけよ」
忍がまだ何か言っているが聞く気にならない。
(引っ越しできるだろうか)
前引っ越した時もかなり大変だった。
お金がかかるし母さんの仕事にも支障が出る。
母さんの仕事は風俗嬢だ。
特定の場所にしか働き先がないのであまり遠くには行けない。
(※作者注 この時代にデリヘルは存在しません)
ここは元住んでた町から一番距離を取った。
でもそれでも見つかったんだ……。
(もう駄目なのだろうか……)
いや、高校卒業までの我慢だ。
自分でお金を稼げるようになれば家を出て遠くに行けばいい。
そんなことを考えてろくに前を見て歩いていなかったから、
家の前に人がいることに気づかなかった。
「お、さっきの彼氏じゃねぇか。待ち伏せか?」
「え?」