次の日、山本さんに挨拶しても返事すら返ってこない。
打ち合わせの件を伝えて台本を渡しても顔すら見てもらえない。
(山本さんを怒らせてしまった)
やり直し前と似た状況だけどやり直し前とは違う。
あの時は責任放棄した結果だけど、
今回は自分の意志を押し通したことで怒らせた。
だから俺に必要なのは謝罪を重ねることではなく、
失った信用を取り戻す努力をすることだと思う。
「台本を読んで各々考えてきた内容をまとめよう」
打ち合わせに来てはくれたものの、
いつもと違って仏頂面の山本さん。
会話に参加することもなく打ち合わせは淡々と進んでいく。
「実際に通しでやってみたいね」
佐々木さんから提案があった。
せっかく正式な台本が来たのだからその通りだと思う。
山本さんの見解を聞こうとした時、体が止まる。
(名前を呼んでいいのだろうか?)
もし「名前で呼ばれたくない」とか言われたら、
しばらく立ち直れない。
「恵子の言う内容は良いと思うけどどうかな?」
「好きにすればいいじゃない」
「なら一緒に先生の所に」
「どうせ一人で決めるんだから一人で行けばいいじゃない」
「……うん、わかった」
予想していたけど非常に冷たい対応だ。
やり直し後はずっと仲良く出来ていたと思ってたから、
こんなことですら辛く感じる。
でも自分でやったことだ。
ここから頑張ってまた信頼を得るしかない。
先生のところには一人でいった。
幸い明日使えるらしい。
ちょうど設備を使っている所らしく、
スポットライトも出ているそうだ。
さっそく戻ってみんなに状況を確認する。
「明日行けるらしいけどみんな大丈夫?」
「大丈夫かな」
「いけるー」
「……うん」
山本さんは返事がない。
無理だと言ってないからきっと大丈夫だと信じよう。
「じゃあ先生に伝えてくる」
先生に伝えて予定を確定させる。
後は細かい内容だと思っていたのだけど……。
「明日の通しで高木君は役者の演技やってよ」
「え?」
「だって照明操作のタイミングって演技あってのものだと思うよ」
斎藤さんから言われたけど間違ってはいない。
練習だとしても漠然とスイッチを切り替えるより、
タイミングを図りながらの方が良いに決まってる。
「哲也くんは何も練習してないから難しいんじゃないかな」
「えー、だって台本見ながら動いてセリフ言うだけだよ?」
斎藤さんがチラッとこちらを見た。
多分断るなということだろう。
(出来れば山本さんにも手伝ってほしい)
そう言おうと思ったのに口が開かない。
また拒否されるかもしれない。
「わかった、頑張るよ」
「ほらねー?」
「大丈夫なの?」
「台本見ながらするだけだし大丈夫だと思う」
そう思っていたけど、
帰ってすぐ台本をチェックすると気になる点が出てきた。
(思ったより掛け合いと移動が多い)
役者が2人以上いるのに俺は一人しかいない。
とくに掛け合い部分は難しい。
立ち位置を都度都度変えるならかなり面倒だ。
(そこまでしなくてもいいか?)
いや、そういう考えは良くない。
やると決めたならちゃんとやろう。
次の日の夕方
「じゃあ始めるからね」
「わかった」
佐々木さんの合図で通しの練習がスタートだ。
スポットライトが俺に当たる。
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「この世界には勝つものと負けるものしかいない」
昨日夜遅くまで練習した。
台本を読み込んで移動箇所もしっかり覚えた。
「勝って退場するものは少なく負けて退場するものがほとんどだ」
スポットライトって思ったよりまぶしいんだな。
立ち位置次第では普通の照明にしたほうがいいかも。
・・・
「裏切られた、だって? 違うな、君に隙があったのさ」
ええと、このまま舞台端に去っていくんだったな。
その次はまた舞台真ん中に戻らないと。
「信じていたのに!!」
このまま引きずられて舞台端に連れていかれるんだけど……。
とりあえず姿勢を低くして舞台端に行こうか。
うわっ、スポットライトの光がもろに目に入る!?
これ反対側の舞台端の方がいいような気がする。
・・・
ええと、次はなんだったっけ?
大分疲れてきて移動が遅くなってる。
登場人物が増えてきたからいちいち立ち位置が変わるのもつらい。
「なぜだ、なぜ裏切らなかった!?」
次は舞台端からヒロインが出てくるから、
そっちに行かないと。
そう思って動こうとした時のことだった。
「はっ、誰があんたの思う通りに動くもんですか」
山本さんがヒロインの台詞を言いながら舞台端から出てきた。
「君にとってはそれが最適だったはずだ!!」
「おあいにく様、これが私にとっての最適よ」
あれだけ怒らせたので頼むことが出来なかった。
一人でやれば?って言われるのが怖かった。
なのに今、山本さんが一緒に演技をしてくれている。
それもちゃんと台本を読んで練習してきた動きだ。
(一緒にやる用意してくれたんだ)
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最後まで終了した。
山本さんに助けてもらったおかげで大分楽に出来た。
「希望、ありがとう」
「別にお礼なんていいわよ」
プイっと横を向く山本さん。
ちょっと恥ずかしそうだ。
「次からはちゃんと相談する、隠さないといけないことがあるならそう言いなさい、いいわね?」
「わかった」
「まったくもう」
そうか、隠し事があるまま相談するのは悪いことだと思っていたけど、
実際は相談しない方が悪いことだったのか。
だからあんなに怒っていたのか……。
「仲直りしたみたいね」
佐々木さんが二階から降りてきた。
全部聞こえてたらしい。
「小西君に全部聞いたわ、私達のためだって?」
「なっ!?」
あいつ、口外するなとか言っておいて佐々木さんに話したのかよ!?
もう少し意志の強いやつだと思ってたのに、
佐々木さんの魅力に負けやがって。
「なるほどね」
「え?」
「大体わかったわ」
「あ……」
しまった、カマかけられた!?
態度と表情に表してしまったことで事実であると認めてしまった。
「一つ教えてあげる、嘘をつく時は相手が信じたくなる嘘をつくものよ」
「いや、俺、嘘なんて……」
「哲也くんがあんなことをする人なんて誰も信じたくないのよ」
そんな……俺なんて信じるに値する人間じゃ……。
「自己評価が低いのは美徳じゃないからね」
そう言って去っていった。
(完全に一方的に言われるままだった)
反論する余地もない。
「何? 佐々木に絡まれたの?」
「いや、別にちょっと指摘されただけだよ」
「困ったらちゃんといいなさいね」
そう言っている山本さんはいつもの優しい笑顔だった。