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21. 隠した方がいいこと(前編)

「高木、ちょっといいか?」


小西が少し緊張した様子で声をかけてきた。


「あ? どうした、改まって?」

「ここじゃ話しにくいから屋上行こう」

「わかった」


珍しいな、女性関連の話だろうか?

男子がクラスで話せない内容なんて大体それぐらいだ。

ただもし女性関連なら俺に助言できることなんてない。

話を聞いて一緒に考えるぐらいかな。


「台本ができたから渡しておく」

「お、早いな」

「頑張ってたからな」


(全然違ってた)

小西は文化祭の取りまとめ役をしている。

その一環で台本の受け渡しもやっていたらしい。

台本なんててっきり夏休み明けになるのかと思ってた。

渡された台本は以前より分厚く、

中を軽く見てみても結構場面が追加されてる。


「けっこう増えたな」

「ああ」


またいろいろ決めないといけないな。

(……あれ? これを渡すなら教室でいいだろうになぜ屋上?)

俺が疑問に思っていることに気づいたようで、

本題を切り出してきた。


「照明班で音響もやってほしい」

「は?」


(何言ってるんだ?)

その言葉を聞いてその感想しか出てこなかった。


「音響班は既に決まってるじゃないか」

「人手が足りないので音響班は大道具班に吸収だ」

「は?」


意味がわからない。

人手が足りない? 今更? 全員?


「いやいやいや、音響班3人だろ。全員持ってくのかよ」

「ああ」

「つまり照明班5人で8人分仕事をしろって?」

「照明班自体5人は多かったからな、本来3人もいれば十分だろう」

「その理屈が正しいとしても5人で6人分の仕事になるぞ」

「それぐらいならなんとかなるだろう」

「お前が決めることかよ!!」


つい言葉が荒くなってしまう。

そもそもいくら人手不足と言っても無茶な話だ。

計画して割り振りを決めたのにいきなり覆すなんて。


「おかしいだろ!! こっちは5人で回す計画でやってるんだ」

「だが本番当日は3人で十分回る」

「回るか回らないかじゃない、筋が通っていないって言ってるんだ」


突然「この仕事もやって下さい、暇でしょ?」とか言われて、

誰が「はいわかりました」とか言うか。

納得できる理由を用意してから来いってもんだ。


「総合的に考えて決めたことだ」

「一つの班から3人抜かずに他の班から1名ずつ抜けばいい」

「検討はしたが無理だった」

「何が無理だったんだよ」

「他班の事情に関わるので詳細は言えない」


本当に検討したのか疑わしくなってくるな。

それにしても普段と比べて頑なな態度だ。

一度決めると強情な奴だが今回は度が過ぎる。


「何か隠してるだろ」

「何もない」


ほぼ即答で返ってきたことで確信した。

(何か隠してる。それもかなり面倒なものを)


「お前には照明班のメンバーを説得してほしい」

「……何かこっちに関わる問題か」


小西が黙ったことで確定だ。

うちの班がらみで何かがある。


「正直に言えば説得も考えよう」

「僕は取りまとめ役としての権限を持って言ってるんだぞ?」

「俺がそう言われて納得するタイプじゃないのは知ってるだろ?」


また黙り込む。

この言いづらさはよほど面倒なことなんだろうな。


「はぁ……、絶対に口外するなよ」

「ああ、そんなに面倒なことなのか?」

「照明設備と音響設備は同じ部屋にあるよな?」


面倒なことに対する返事はなく、

設備の質問が来た。


「同じ部屋どころか同じ装置だったな」

「つまり当日は音響班と照明班は同じ装置を使う訳だ」


なるほど、装置がかぶるから一緒に出来ないということか。

それなら理由はある程度理解できるけど、

音響班を全員引き抜かなくてもいいだろう。

そう思っていたのだが、次の一言が衝撃的だった。


「照明班のメンバーと一緒の部屋にいるのが怖いそうだ」

「は?」

「山本さんと佐々木さんが揃っている所に放り込まれたくない。そういって音響班全員が当日音響機器を操作したくないと言ってきた」


音響班は3人でたしか全員同じ女子グループで、

大人しい系の子が集まっていた。

山本さんと佐々木さんの間に挟まれて、

巻き込まれるのを恐れたのか。


「でもそれなら一言相談してくれれば」


配置的に見ても山本さんと佐々木さんは当日ばらばらだ。

相談してもらえれば特に問題ないことはわかったはず。


「非常に言いにくいんだが、お前も怖いらしい」

「は?」

「前に漫画捨てられてやり返したことあったろ?」

「あったな」

「あれで大分怖がられているらしい」

「そうなのか……」


たしか相手がこっちの漫画捨てたから相手の鞄を捨てたんだ。

(やられたらやり返すの精神だったんだけど)

あ、この話はやり直し前も同じだ。

(もしかして俺はずっと怖がられていたのか?)


「だから僕の所に訴えてきたんだ」

「つまり人手不足は」

「建前だ」


(だからあんなに頑なだったのか……)

納得しそうになったが少し引っかかる。

俺に言えなくても小西には言うことが出来ている。

つまり山本さんと佐々木さんの配置については、

小西から指示できるはずだ。

それこそ音響班の仕事を全部やれというほうが無茶な指示なんだし。

まだなにかあるな、だとすれば……。


「……山本さんか佐々木さんが嫌い?」


顔色は変わらなかったけど一瞬だけ体が動いた、ビンゴか。

さっきの内容すら俺を説得するための建前。

実際は嫌いな相手と一緒に作業したくないということか。

そんなの班決め時にわかっていたのだから、

すぐに相談するなりすればよかったのに。

後でまとめ役の小西に言ってなんとかしてもらうとかひどい話だ。

(これが二人に伝わったらどうなる?)


ただの好き嫌いで仕事を増やされたと知ったらどうだろうか?

二人とも筋が通らないことは嫌いな性格だから、

理由を聞けば怒り出すだろう。

しかも山本さんは本人に文句を言い、

佐々木さんは周囲を自分の味方にするだろうから、

四面楚歌の状態で逃げ道はない。

(絶対に言えないな)

大ごとになるのが目に見えている。


では俺が嫌われていることにしたらどうだろうか?

……いや、誰が嫌われているかは関係ないか。

好き嫌いのせいで仕事が増えるのは変わりないから、

やっぱり同じ状況になるだろう。


適当に理由をでっちあげたらどうだろうか?

……考えてみたが全員という部分が厳しい。

納得できない要素が出てきてしまう。

そこを突かれたら正しい理由に気づかれてしまう。


なら断るか?

一方的な要求で受ける義理はない。

……ただ小西がわざわざこんな所に呼び出して俺に頼んでいる。

それはつまりどうしようもなくなったと言うことだろう。


「わかった、なんとかしてみる」

「頼む、全部俺のせいにして構わない」


そう言ってるけど元々悪いのは音響班の三人だろう。

取りまとめなんて負担の大きい仕事をしているのに、

これ以上小西に負担をかけられない。

……なら俺が悪者になったほうがいい。


さっそく打ち合わせをお願いする。

幸いみんな空いていたようで問題なかった。


「正式な台本が出来たんだ」

「思ったより早いね」

「あ、さっき呼ばれていたのはこれだったの?」

「なんか分厚いような」

「前のは仮だったからね」


台本に関しては特に問題ない。

問題なのはここからだ。


「小西から「音響班の仕事もしてほしい」と連絡があった」

「はぁ!?」


山本さんが大きな声を出したけど気持ちはわかる。


「音響班の3人は大道具班に吸収されるそうだ」

「ちょっと意味わかんないんだけど?」

「装置がかぶっているので照明班に音響もやってほしいらしい」

「納得いかない、ちょっと小西君に聞いてくる」

「もう承諾したんだ」

「……え?」

「たしかに出来ないことはないし、向こうも困っていたし」


山本さんが困惑した表情をする。

なぜ返事をしたのか理解できないって感じだ。


「大事なことは二人で決めるって言ったよね?」

「ごめん、今回は俺の独断で決めさせてもらった」

「相談ぐらい出来たでしょ」

「これは自分で判断したほうがいいと思った」

「じゃあなんのためにあたしがいるのよ……」


二人で相談したほうが良いのは分かっている。

でも口外するなといわれた情報なしで納得しないだろう。


「とにかく決めたことだから」


中途半端に嘘を付くより自分の判断だからと言ったほうがいい。

そう思って理由を説明せず切り上げようとした瞬間、

山本さんの表情から笑顔が消えた。

(ああ、昔よく見た顔だ……)


「おかしいでしょ!!」


山本さんの大声で教室に残っていた数名が振り向く。

山本さんの目は怒りに満ちていた。


「他の班からもらってくればいいでしょ!!」

「どこの班もギリギリだそうだ」

「だからってあたしたちがやることじゃない」

「でも誰かがやらないといけないことだ」

「あたしは認めない」

「認められなくても一人でやるよ」

「出来るわけないよね!? 誰が手伝うの!?」


たしかにかなり難しいけどやるしかない。

事前準備を完璧にできれば当日自由になるはず。

そう思っていたところに思いがけない援軍があった。


「私がやるよ、一番近くだしそんなに手間じゃないと思う」

「ありがとう、大木さん!!」


あれだけ関わりになりたくないと言っていたので、

助けてもらえるなんて思わなかった。


「これで大丈夫だと思う」

「……勝手にすればいいじゃない!!」

「あ、待って、希望ちゃん」


そう言って山本さんと斎藤さんは帰ってしまった。

残った佐々木さんと顔を見合わせる。


「とりあえず今日は解散しよっか」

「……うん」

「そうだね……」


佐々木さんの言う通りだ。

これじゃなんにも出来ない。

台本のコピーだけしておいて明日改めて集まろう。


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