打ち合わせまででかなり疲れてしまった。
(斎藤さんにあんなに絡まれるとは思ってなかった)
ただ基本的に俺が悪いのでどうしようもない。
ただ山本さんや島村さんにばれる前に指摘してもらえたという点では、
感謝した方がいいのかもしれない。
今後は目線や行動に気を付けるようにしよう。
そう思って打ち合わせに臨んだのだが、
なぜか山本さんの服のボタンが2つ外れている。
「どうして山本さんの服の上2つのボタンが外れてるの?」
「暑いからに決まってるでしょ」
佐々木さんの指摘に対して、
ちょっと顔をそらしながら答える山本さん。
きっと昨日の件で対抗意識を燃やしたに違いない。
(覗いちゃ駄目だ、覗いちゃ駄目だ)
正直ものすごく見たい。
でもそれをするときっと気づかれる。
自分の胸を凝視する男子なんて嫌うに決まってる。
必死に山本さんの体に目を向けないようにして、
照明の計画を話し合う。
・・・
「山本さんの案だと舞台端から出てくる主役が目立たないんじゃない?」
「ならどうすればいいって言うの?」
「徐々に明るくしていけばいいと思う」
「それだと役者の移動速度が変わるとずれるでしょ」
「そのための指示者よ」
「移動速度見てから指示して変更するなんて間に合う訳ない」
「そこは努力してもらわないと」
「努力でなんとかなる部分じゃないでしょ!?」
「そーだ、そーだ」
どちらも言っていることは間違っていない。
難易度の高い要求に対して難易度が高いと答えているだけ。
でもこのままだと平行線だろう。
きっとやり直し前はこうなったから、
結局山本さん一人に全て進めることになったんだな。
でも今は俺がいる。頑張ってフォローするんだ。
「まず状況を整理しようか。今のままだと主役が目立たないってのは同意見?」
「当たり前よ」
「……まあそうだけど」
「大木さんと斎藤さんもそう思う?」
「……うん」
なるほど、ここは問題ない。
斎藤さんは返事がなかったけど、
山本さんの味方をしているだけなので、
山本さんがなんとかなれば斎藤さんもなんとかなる。
「なら問題はどうやって目立たせるかだね」
「だから徐々に明るくすればいいと思う」
「時間が足りないって言ってるでしょ!?」
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬって言うわね」
「無理難題押し付けて言うとこじゃないでしょ!?」
二人で話すとどうしても喧嘩になるなぁ。
頑張って二人の緩衝材ぐらいにはなろう。
「ストップ、他の人の意見も聞こうよ。斎藤さんの意見は?」
「希美ちゃんの言う通りだと思う」
「大木さんは?」
「スポットライトを動かしたら?」
新しい意見が出てきた。
なかなかよさそうな案に思えるけど、
みんなの反応はどうだろう?
「返事以外で喋れたんだ」
「意見言ってる所初めて見た」
山本さんと佐々木さんが驚いている。
ただそれは内容以前に、
大木さんが意見を出したことに驚いているみたいだ。
「面白い意見だと思うけど佐々木さんどう?」
「それって移動量の調整が難しいわよね?」
「努力したらなんとかなるわよ」
「努力でなんとかなることならやるけどね」
「やらない理由よりやる方法を考えたら?」
「さっき考えなかった人に言われたくないかな」
佐々木さんの担当になると途端に山本さんが攻勢に出始めた。
ただこれだとさっきと逆になっただけで問題は解決していない。
照明の明るさ調整にしろスポットライトの移動にしろ、
まだアイディアが足りていない。
「俺が何かアイディア考えてみる」
「でもそれじゃ高木君が大変なだけじゃない」
山本さんが少し心配そうな顔で俺に言う。
俺に負荷を押し付けてしまうことを気にしてるんだろうな。
こういう所がすごくかわいい。
「雑用に近いことを考えるのは俺の仕事だよ」
嘘だ。本当は山本さんと一緒に考えたい。
でも今は無理だ。
ボタンが外れた状態の山本さんの近くにいると、
きっと胸を凝視してしまう。
そんなことで嫌われたくない。
「じゃあ今日は解散ということで」
「はーい」
「わかった、無理しなくていいわよ」
「……うん」
みんな部屋から出ていく。
俺はスポットライトの置いてある倉庫に向かう。
鍵はかかっていないので特に問題はない。
「やっぱり大きいな」
1mぐらいの大きさがある持ち運び可能のスポットライト。
上下に首振りは出来るけど左右には動かない構造だ。
手で軽く押してみるけど動かない。
手でしっかり握って力を入れれば動くけど、
女子には厳しい重さだ。
まあひ弱な俺より山本さんとかのほうが力ありそうだけど。
「動かせそう?」
後ろから声をかけられたので振り向くと、
佐々木さんが立っていた。
「あれ? 解散って言ったよね?」
「高木くん一人に考えさせちゃ悪いよ」
そういって隣に並ぶ。
ふわっと良い香りがしてちょっと緊張してしまう。
佐々木さんと二人きりになることがあるなんて、
他の男子が知ったら怒り出しそうだな。
「触っても大丈夫?」
「構わないと思うよ、俺もさっき触ったし」
佐々木さんがスポットライトを動かそうとするけど、
ほとんど動いていない。
「女の子にはちょっと重いと思う」
「たしかに厳しいかな」
ただ男子であっても動かすのは結構大変だ。
しかもただ動かすだけじゃなく演者の移動に合わせてとなると……。
「立ってると疲れるし座りなよ」
佐々木さんを見ると跳び箱の上に座っている。
(たしかにそこなら汚れないか)
地面の上はさすがに座りたくない。
手近で他に座れそうなものがないか探そう。
「ここ座ればいいよ」
佐々木さんが隣を指し示す。
二人座ることは出来るものの明らかに狭い。
(え? いいの?)
ちょっとドキドキしながら座る。
隣り合って顔を向けて喋るとか、
まるで付き合ってるみたいだ。
「実物触ってみるとやっぱり無理だなって思うかな」
「たしかに」
想像だともう少し動かせそうな気がしたけど、
実際はまず無理だ。
男子でなおかつ時間がかかっても良いという条件で、
ようやく実現できるかどうかだろう。
「これ、どうやって運んでるのかな?」
「多分台車に乗せてるんだと思う」
「ならその状態なら動かせるんじゃない?」
「一定方向にしか動かないのがネックになりそう」
「ああ、そうかもね」
佐々木さんの案は良いと思う。
ただスポットライトが舞台から見て斜めの位置に置いてあるのが厄介だ。
舞台から見て真正面なら問題なかったんだけど……。
佐々木さんは少し残念そうな横顔をして足をパタパタさせている。
普段見かけないちょっと子どもっぽい仕草で見ていてなごむ。
「山本さんももう少し現実見てほしいわね」
「きっと佐々木さんなら良いアイディア出ると思って言ってるんだよ」
「そんなこと考えてると思えないけどね」
山本さんの話題だとちょっと口調がきつくなる。
仲良くしてほしいんだけどなぁ。
「なにかあるとすぐ絡んでくるのよね」
「いつからそんな感じに?」
「最初から」
虫が好かないってやつか。
感覚的なものだから説明できないんだよな。
「高木くんにもそういう人いない?」
「初対面から嫌われることはけっこうある」
俺はあんまりそういうのないけど、
相手が嫌ってくることは多い。
「ただしっかり話してみると意外と仲良くなることもあるかな」
「ああ、だから……」
何か納得した表情でうなずく佐々木さん。
(納得するような何かなんてあったかな?)
最初印象悪くて仲良くなったと言うと演劇部の松永?
でも佐々木さんがそのくだり知ってるとは思えないしなぁ。
(ん? 演劇部?)
「あ、そういえば演劇部でスポットライト動かしてた気がする」