目の前では田中と佐藤さんが話している。
やり直し前ならなんとも思わなかった光景。
でもやり直し前、あの二人は大学卒業と同時に結婚していた。
結婚式に呼ばれた時は本当に驚いた。
聞いたら「高校の頃から付き合ってた」とか言うけど、
全然気づいてなかった。
今見てるとたしかにちょっと雰囲気が違う。
心なしか距離が近い気がするし佐藤さんの声も明るい。
(やり直したからこそ分かる楽しみ方だな)
俺の友達周りでも付き合ったり別れたりしていたらしい。
こちらからそういうことを聞かなかったし、
話されることもなかったのでさっぱり知らなかった。
まあ交際経験どころか女性との会話経験すら少ない俺に、
恋愛の相談をしても役に立たないから仕方ない。
「哲也、頼んでたゲームはまだ?」
そう言って西野が声をかけてきた。
西野はクラスの男子の中では1,2を争う美形だ。
モテるらしく女性関係の話も多かった。
(俺が知ってるぐらいに)
ただ女性関係の噂はこの日以降ぱったりとなくなる。
それはある意味俺のせいだった。
元々アクションゲームの有名作を貸してほしいと頼まれていた。
ただその際に何となくギャルゲーも一緒に貸したんだ。
西野は嫌がっていたけど一度EDまでやってみろと言って。
その結果、西野はギャルゲーにハマった。
自分でゲームを買わなかった男が、
率先してゲーム屋に行って買いあさるぐらいにハマった。
そして「なぜ〇〇のような女性はいないんだ」
とかオタクみたいなことを言い始め、
女性と付き合うことがなくなった。
バレンタインでチョコを渡されそうになっても、
「俺には心に決めた
(これは変えた方がいいよな)
本人は楽しそうだったけど、
さすがに人生を変えすぎてしまったと思う。
「ああ、ゲーム持ってきたよ」
「サンキュ」
今度はギャルゲーを渡さない。
これで西野がギャルゲーにハマることはないだろう。
(こういうちょっとした後悔もなんとかしていけるといいな)
他には何かあっただろうか。
ギャルゲー……ゲーム……おもちゃ屋……。
あっ、そういえばたまごっちがブームだ!!
まだギリギリ買える時期だけど、
ここを過ぎるとかなり貴重になる。
(この前見たのに!!)
やり直し前のイメージで「たまごっち売ってるな」程度の認識だった。
学校が終わったら急いで買いに行こう。
・・・
昼ご飯は基本学食で食べている。
(カツ丼350円とかすごいよな)
一度社会に出たからわかるけど、
この値段でそれなりの味と量が出てくるのはすごい。
ただ一つネックなのは混雑具合だ。
「押すなよ」「おばちゃん、カツ丼1つ」「通れねぇ、どけよ」「月見うどんの人ー」「あ、割り込みだぞ」「はいはいはーい!!」「え、もう焼きそばパン売り切れ?」
まるで戦場だ。
一応列はあるけど10列ぐらい並んでいるので、
列同士で接触しあっている。
例えるなら昔のバーゲンセールだ。
「今日は何食べるかな」
最終的には注文時に決めるけど、
今の時点である程度メニューを絞っておく。
(注文場所から離れた位置で作っているメニュー頼むと面倒だしね)
下手するとそのまま別の人に料理だけ持っていかれる。
「高木君も学食なんだ~」
「あ、うん」
メニューを見て悩んでいると斎藤さんに突然声をかけられた。
後ろを見ると山本さんも一緒のようだ。
(なんか最近よく斎藤さんに声をかけられるな)
今までだと山本さんが声をかけてきて、
その後ろからたまに喋る程度だったのに。
「一緒に行こ~」
斎藤さんに背中を押されて列に並ぶ。
なぜか山本さん、俺、斎藤さんの順番で並ばされた。
(あんまり女子の後ろに付きたくないんだけどな)
かなり詰めて並んでいるので前後の人と密着してしまう。
前後が男子ならともかく女子だと気まずい。
(ん? なんか背中に柔らかいものが)
無理矢理首だけ曲げて後ろを見てみると、
斎藤さんとの距離が異常に近い。
(もしかして斎藤さんの胸が背中に当たってる!?)
夏服なのでほとんどそのままの柔らかさが伝わってくる。
(だ、駄目だ。離れないと)
前に少し動いたら山本さんに当たった。
(ど、どうすれば)
しかも前に動いた分を詰められてしまった。
今は完全に女子二人と密着している状態だ。
そこに斎藤さんが耳元で囁いてきた。
「大きくしたの希望ちゃんに当ててるでしょ?」
(え!?)
たしかに股間が山本さんのお尻に当たっている。
(や、やばい)
とっさに後ろに下がろうとしたら、
柔らかな弾力に押し返された。
「あっ」
斎藤さんが小さく声をあげる。
「もう、いきなり後ろに下がると痛いよ」
「ご、ご、ごめん」
(どうすればいいんだ!?)
後ろには斎藤さんがいて胸が押し付けられてるし、
前には山本さんがいて股間を押し付けてしまっている。
それに意識してしまうと山本さんのお尻の柔らかさが気持ちよい。
(やばいやばい、静まれ、静まれ!!)
すると股間に何か感触が来た。
「ほら、やっぱり」
形を確かめるようになでられる。
触られるとさらに大きくなってしまう。
「高木くん、やってることは"痴漢"だよね」
「違っ、そんなつもりじゃなくて」
「痴漢はみんなそういうよね」
とっさに否定したけど、
実際に山本さんのお尻に股間を押し付けて気持ちよくなっている。
どう考えても痴漢だ……。
「積極的に股間押し付けてたよって希望ちゃんに言おうかな」
「やめて」
「痴漢されてたよって」
「本当にやめてください」
「黙っていてあげるから貸し一つね」
「……はい」
当たったのは事故と言えても、
大きくしてるのは言い訳のしようがない。
もしばれたらまた山本さんに口を聞いてもらえなくなる。
結局最後までそのままの状態だった。
山本さんから何か言われるかと思ったけど特に何もなく、
斎藤さんが約束を守ってくれたのがわかった。
(次からは並ぶ時点で気を付けよう)
そう心に固く誓う。
・・・
「島村さんといつも話してるね」
「やめなよ、友里恵」
今度は着替えの時間に斎藤さんが声をかけてきた。
山本さんが止めようとしてるけど気にしていない。
「あ、そうかな」
俺が答える前に島村さんが答えた。
「島村さん、高木君が胸見てるよ」
「えっ?」
島村さんがとっさに服で胸を隠し、俺も目をそらす。
それを見て「ほらね」と言わんばかりの目で見られる。
「ちゃんと隠して着替えないとね」
そう言われた島村さんはすぐ体操服に着始めた。
「島村さんは胸大きいからTシャツとか上に着るといいよ、ほらこんな感じ」
そう言って自分の服を指差す。
たしかに大抵の女子はTシャツを着ているので、
それが正しいとは思うけど……。
「友里恵、暑いのに強要しないの」
「男子に見られる方が問題だと思うけどなぁ」
「その、私なんて見る人いないし」
「えー、高木君は凝視してなかった?」
「そうなの?」
純真な目で見られると心が痛い。
見てたのは間違いないから何と言えばいいのか。
「高木君も困っているでしょ」
「えー、希望ちゃんも高木君にいつも見られてるよね?」
「たまたまでしょ」
「そうかな、結構視線感じるけど」
斎藤さんがじっとこちらを見る。
「知っているぞ」と言っている目だ。
下手な誤魔化しをするともっと騒ぐ、と。
「斎藤さん、ありがとう。Tシャツ着てみるね」
「うん、それがいいよ」
流れを断ち切るように島村さんがTシャツを着ることを伝えた。
(俺の楽しみが……)
いや、斎藤さんの言っていることは明らかに正しい、
俺のしていることは単なる覗きだ。
むしろ「今まで見せてくれてありがとう」と言う話だろう。
……それにしても島村さんと山本さんには気づかれず、
あまり見てなかった斎藤さんには気づかれたんだな。
斎藤さんが人の目に敏感ということだろうか。