何をしても主役になれる人と
どう頑張っても主役になれない人がいる。
私は後者だ。
そんな人間でも目立ちたいなら、
主役を盛り立てる太鼓持ちをするしかない。
私の人生はずっとそんな感じだった。
主役についていき主役を盛り立てる。
主役が目立てば、私も一緒に目立つ。
おこぼれで少し良い思いをしているだけ。
そんな私に事件が起きたのは中学1年のころ。
ただ事件の印象が強烈すぎて、
時間や相手と言った内容は全てとんでしまった。
事件を語るにも主役の名前すら憶えていない。
なので仮にAさんと呼ぼう。
当時の私はいつもAさんの後についていた。
そしてある時一緒に隣町に買い物に行くことになった。
満員のバスにAさんと二人で乗る。
「混んでいるね」と話しながら乗ったことは覚えている。
停留所につくとさらに人が乗ってきた。
人がいっぱいで会話するのも迷惑になりそうで、
自然と黙ってしまった。
(今日は何買おうかな)
目的に着いた後のことをいろいろ考えていると、
お尻に何か当たる感触がある。
(混んでるし仕方ない)
そう思っていたけどちょっと変だ。
けっこう揺れているのにぴったりとくっついている。
(これ……手?)
でも確証はない。今まで触られたことなんてないから。
(ちょっと動こう)
でも動こうにもほとんどスペースがない。
無理矢理前に体を寄せて少し空間が取れたけど、
お尻の感触は変わらない。
疑問になってスカートをなおすふりをして手を後ろにやってみた。
当たった感触は明らかに手の感触だった。
(痴漢……)
無意識に痴漢の手を払った後、
隣にいるAさんに助けを求めようとそちらを向いた。
今にして思えば、
Aさんを見なければよかった。
どうせ混雑していて何もできないんだから。
そうしていればこんな性癖にはならなかったのに。
そう後悔しても、もう遅い。
Aさんは少し驚いた表情で私を見ていた。
多分触られているのが見えたのだと思う。
私が前方に体を寄せたので手が見えたんじゃないかな。
(きっとなんとかしてくれる)
Aさんが私の後ろの人に目線を向け、
そのまま何の言葉も発さず固まっていた。
(え、なんで?)
先程払った手がまたお尻に伸びてきた。
今度は手のひらで包み込むように当てられる。
それを見たAさんが自分自身のお尻に手を持っていった。
手が伸びたのは見えていたはず。
でもAさんはどこか落ち着かない様子で、
私の背後を見ているだけだった。
(騒ぐかどうか迷ってる?)
いや、そんな感じじゃない。
表情を見ると興奮しているようにも見える。
(もしかして痴漢されなかったことを気にしてる?)
もちろん実際は違っていたのだと思う。
でもその時の私にはそうとしか考えられなかった。
それを前提に想像をふくらませる。
後ろにいる(おそらく)男は私と友達の間にいる。
触るならAさんでも私でもよかったはず。
あえて私を選んだんだ。
そしてAさんはそれを羨ましいと思っている。
一度そう考えてしまうとそれ以外考えられなくなった。
私は勝ったんだ、これまで一度も勝てなかったAさんに。
今は私が主役でAさんが脇役だ。
今考えてみると、
男の利き腕が左手だっただけかもしれない。
比較して大人しそうな私を狙っただけかもしれない。
それでもAさんに勝ったという事実は大きかった。
触ってきている手もまるで勲章のように感じる。
(けっこう大きくて柔らかな手)
揉むわけではなくただ当てられる手。
もし揉まれていれば嫌悪感が復活しただろうか。
……いや、もう遅かっただろう。
Aさんに見えるように、
私は出来るだけつらい表情をする。
嫌だけど私が選ばれてしまったから仕方ない、と。
私の表情を見てAさんは何かを諦めたような顔をしている。
(なんて気持ちいいの)
私の好きな人が「俺Aさんが好きなんだ」と言った時を思い出す。
そしてその好きな人がAさんに振られた時の、
あのなんとも言えない気分をAさんに味合わせることが出来ている。
(あなたがしてもらいたいことは全部私がされているよ、私は嫌なんだけど)
バスが目的地に到着した。
一気にみんなが降りる。
結局後ろにいたのがどんな人かはわからなかった。
バスを降りた後Aさんがすぐ話しかけてきた。
「さっき痴漢されてなかった?」
「うん、怖くて全然動けなかった」
顔をうつむかせて声のトーンを落として答える。
今も恐怖ですくんでいると見えるように。
「ごめん、確証が持てなくてやめさせられなかった……」
申し訳無さそうな顔をしている。
でも確証が持てなかったというのは嘘だろう。
あれだけ見ていたんだから痴漢には絶対気づいていたはず。
「最初はお尻に何か当たってるかな? って感じだったの」
「うん」
「でも揺れても全然離れることがなくて」
「うん」
「そのうち手の平で包むように触られて」
Aさんが生唾を飲む音がする。
やっぱり興味があるみたい。
「手の温かさが伝わってきて嫌で嫌で……」
「分かるものなんだ……」
「優しく当てててまるで大事なものを触るみたい」
「そんな感じなんだ……」
多分Aさんは自分で自分のお尻に手を当てていることに気づいていない。
無意識に再現しようとしているんだろう。
「指を動かす訳でもなくて揺れに任せてる感じ」
「そ、それは気持ちいいの?」
その質問は誰に対しての質問だろうね。
痴漢した男? それとも私?
気づかないふりをして答える。
「分からない。でも降りるまでずっと触っていた」
「降りるまで……」
「Aさんは触られなかったの?」
「わたしは……」
「私だけで済んでよかったよ」
それを聞いたAさんの表情は見ものだった。
嬉しさと悲しさが入り混じった表情。
(ああ、なんて《《良い》》んだ)
それがいつも私が感じている感情だよ。
結局、この後は痴漢の話題はせず買い物を楽しんだ。
これがきっかけだった。
痴漢されている所を誰かに見てもらうことに快感を感じるようになった。
私が痴漢されているのを見た女は、
痴漢に対する嫌悪と私への同情とわずかな憧れが見える。
特に主役の彼氏に痴漢させるのは最高だった。
主役と彼氏が一緒にいる時に、
さりげなく胸を当てたりパンツを見せたりする。
もちろんあくまで偶然を装う。
でも何度もしていると男はそれが当たり前になって期待する。
胸が当たりそうになったら避けるどころか当たる方に動いてくる。
パンツが見えそうなら見える位置にずれてくる。
そんな彼氏の行動を主役が見た時の表情はたまらない。
(あなたの彼氏が私にちょっかい出してくるのよ、私は嫌なんだけど)
私に怒るということは私のほうが魅力的だと認めることになるし、
私に怒らないなら彼氏に怒ることになる。
(どちらに転んでも私に損はない)
そうして痴漢されていくうちに痴漢それ自体も快感となってきた。
私を触りたいと思って触っている。
私を主役として見てくれている。
そう思うと普段の鬱憤が吹き飛ぶようだった。
これでストレスが発散できているせいか、
普段太鼓持ちをしているのが苦ではなくなった。
それどころかからかいがいのある主役を求めるようになっていった。
高校に入ってからは山本希望のグループに入った。
山本は主役としては真っ当で面白みがなかったが、
他のグループは面倒な女がTOPだったから消去法で選んだ。
文化祭で照明班を選んだのは山本がえらくやる気だったからだ。
仲が悪い佐々木が既に希望しているのにわざわざ同じ班を希望する。
普段の言動から見ておそらく高木が気になっているのだろう。
どういうことになるか先行きが面白そうだったので、
私も一緒に照明班を希望した。
案の定山本と佐々木はもめてる。
佐々木もうすうす気づいているようで、
高木を絡めてくる。
高木が関わると態度がコロッと変わるので見ていて面白い。
ただ誤算があった。
いつもの本屋で顔なじみの学生から痴漢されていた時のことだ。
抵抗できない素振りで痴漢を堪能していると、
突然声をかけられた。
「あれ? 斎藤さんは時代小説読むんだ」
(ぶほっ)
もう少しで変な声を出してしまいそうだった。
あせって声のした方を見ると、さきほど別れた高木だった。
「た、高木君」
(なぜこんなところに?)
もう少しでそう言ってしまいそうだった。
そもそも声をかけてくるほど親しくはないはず。
答えに窮していると、
「あ、なんだよ、てめえ」と学生が声を出した。
高木はそれを見て何かを察したような顔をする。
(彼氏と勘違いされた?)
すぐ逃げるように去っていったことから見ても間違いない。
とりあえず私もこの場からすぐ立ち去る。
(面倒なことになった)
間違いなく高木はさっき痴漢をやめさせようとしていた。
たまたま相手を彼氏と勘違いしたから引き下がっただけ。
もし彼氏じゃないと分かったらどうなるか……。
「痴漢を許容している」と説明する訳にはいかない。
かといって「痴漢は嫌だけど通報はしたくない」と言うと、
謎の正義感で暴走されかれない。
……そういえばいつもエロい目で胸や尻を見てきていたな。
本人は気づかれてないと思ってるっぽいけど丸わかり。
あの感じは童貞っぽいし痴漢の加害者にしてしまえばいいか。
ついでに山本もからかえて一石二鳥。