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4. 女子との会話の難しさ

放課後


「おーい、高木」

「ん?」


友達の丸井が声をかけてきた。

文化祭では脚本を担当していて今苦労していると聞いている。


「仮台本作ったから見てくれよ」

「お、早いな」

「まだ仮だからな、照明部分以外でも何かあったら言ってくれ」

「わかった」


仮台本と言っていたけどそれなりに分厚い。

中を見てみるとセリフとある程度の動きの指定が書いてある。

照明の指定も書いてあって概略は把握できそうだ。

(これから打ち合わせだしみんなに見てもらうか)


打ち合わせの場所に来ると大木さんがいなかった。

昨日終わりに連絡したはずだし、

大木さん以外全員揃っているので勘違いでもないと思うけど。


「あれ? 大木さんは?」

「あいつ帰ったわよ」

「授業終わったらすぐ帰ってたよ」


山本さんと斎藤さんが帰る所を見ていたらしい。

山本さんの表情はどうでもいいという感じで、

はなから期待していないようだった。


「とりあえず仮台本をもらったので読んでみようか」


いないものはどうしようもない。

とりあえず近くにいた佐々木さんに台本を渡す。

そこから順番に回し読みしてもらえればいい。


「これ、意外と面白いね、ちょっとやる気出てきた」

「好みで作業しないでよ」

「好きなことには力が入るものよ」

「好きなことしか力を入れないの間違いでしょ」


二人は目を離すとすぐに険悪な状態になる。

噛みつくチャンスを伺っていて隙あらば噛みつく感じだ。

(こういうのってどう止めればいいんだ?)

止めに入ると「どっちの味方なのか?」と言われる。

(喧嘩を止めてほしいだけでどっちの味方でもないんだけど)

今も喧嘩になるギリギリのラインだ。


「台本読み終わったなら貸しなさいよ」

「いったん高木くんに返そうかな」


台本を読み終わった佐々木さんがなぜか俺に返却してきた。

山本さんが貸してほしいと言っているのになぜわざわざ……。

また喧嘩になるかと思ったけど、

特に何事もなく俺に「貸して」と言ってきたのでよかった。

台本を渡すと真剣に読み始めたけど、

その様子を佐々木さんが無言で眺めていたのが気になった。


「佐々木さん、どうかした?」

「ううん、なんにも」


明らかになにかありげだったけど、

本人が否定する以上聞かないほうがいいよな。


しばらくして山本さんから斎藤さんに台本が渡される。

斎藤さんはパラパラと流し見をしてなぜか山本さんに返していた。


「はい、希望ちゃん」

「なんであたしに?」

「借りた人に返すものかと思って」


てっきり怒るかと思ったけど

斎藤さんがニコニコしながら返してきたので毒気が抜けたらしい。


「高木君、これ」


山本さんが俺に手渡してきた。

(大木さんにも読んでもらわないとな)


「台本読んだらやりたいこと変わったかもしれないので改めて全員揃ったらやりたいこと聞くね」

「特に変わらないけど」

「わかったよ」

「はーい」


この日はこれで解散となった。

さて大木さんには明日は来てもらえるようお願いしないとな。

(他に何かあったかな?)

いろいろ考えてみたけど、特に今できることはない。

明日以降しか出来ることがないと分かると一気に気が抜ける。

そういえば夢じゃないと気づいてから、

ずっと気が張り詰めていたからなぁ。

自転車から降りて、自転車を押す。

(ふー、久々の故郷だしゆっくり眺めてみよう)


しばらくゆっくり徒歩で移動する。

程よい速度で歩いていると考え事がしやすい。

(やり直しで特典とか何かないんだろうか?)

いろいろ動かしたり念じたりしてみるけど何も起こらない。

(まあそんな特典があれば最初に言うよな)

特典があるというなら知識だけか。


やり直し前の知識があると言われて、

まず最初に考えるのはお金儲けだ。

この手で多いのは競馬。

大儲けしやすいのが魅力。

他にはロト6などの自分で番号が選べる宝くじ系。

若干時間はかかるけどリターンが大きいのが魅力。

それ以外に株なんかもある。

特定の時期に限定されるけど莫大な儲けが期待できるのが魅力。


ただ競馬やロト6は当たりを覚えていないし、

そもそもロト6はまだ始まってすらいない。

株ならある程度分かるけど子どもでは買えないし、

この時代だと証券マンに発注だろうから、

親に頼んでもやってくれないだろう。


せっかくのやり直しなのに意味がない……。

そう思いながら本屋の前に来た。

(気晴らしに新刊を見るか)

自転車を止めて本屋に入る。

(うわぁ、懐かしい小説や漫画がたくさんある)

大きい本屋だけあってさすがに品ぞろえ良いな。

ただそう思っていたのもつかの間だった。


新刊コーナーに行ってショックを受けた。

(そうか、新刊と言っても昔の新刊なんだ)

古い本が揃っているんじゃなくて最新の本が揃っているだけ。

(つまり俺にとっての新刊はもっと先になるのか)

楽しみにしていた漫画はまだ連載すら始まっていない。

今佳境に来ているっぽい作品もとうに最終回まで知っている。


よく考えたら、娯楽系は全て駄目なんじゃないか?

漫画も小説もゲームも音楽も全て何が出るか知っている。

もちろんたくさんの未知の作品はあるけど、

好きな作品の続きはずっと先まで見ることが出来ない。

考えれば当たり前のことだけどいまさら気づいた。

(何を楽しみにして生きればいいんだ)


ショックを受けながら店内を歩いていると斎藤さんを見かけた。

時代小説が置いてあるコーナーなので女子がいるのは珍しい。

(もう少し先になったら歴女って流行るらしいけどね)

ただ少し気になるのが隣りにいる男子学生だ。

さっきから見てるけど一向に場所を移動しない。

最初はじっくり本棚を眺めているのかと思ったけど、

かがんだり首を動かしたりすることがない。

あれじゃ棚の一部しか見えないと思う。

そしてそれは斎藤さんも同じだ。

ずっとうつむいて棚の下のほうを見ている。

平積みしている本を見ているにしてはだいぶ長い。

そこで気がついた。

男子学生の手が斎藤さんのお尻に当たる位置だ。

実際に当たっているかはわからないけど、

やけに距離が近いのは確かだ。

(彼氏? それとも痴漢?)

もし彼氏だったら下手に騒ぐと迷惑になる。

(どうしよう、とりあえず声をかけてみる?)

でも人生で放課後に女子に声をかけたことなんてない。

逆に不審がられないだろうか。

悩んでいる間も二人は場所を移動しない。

男子学生の手がくるりと回ってお尻に手のひらを当てた。

(間違いなく触ってる)

意を決して声をかけた。


「あれ? 斎藤さんは時代小説読むんだ」


声をかけた瞬間、

斎藤さんがとびあがらんばかりに動いた。

下を向いていた顔をこちらに向けると、

まずい所を見られたかのような顔になる。


「た、高木君」

「あ、なんだよ、てめえ」


斎藤さんが返事する前に、

男子学生が割って入ってきた。

おとなしそうな見た目に反してがらが悪い。


「ごめん、クラスメイトだからつい声かけたんだ」


斎藤さんの反応は戸惑いのように見える。

少なくとも助けを求める表情じゃない。

男子学生も明らかにこちらを敵視している。

(ああ、失敗だ)

二人のこの反応からして彼氏だろう。

(ただのスキンシップだったのか)

本屋でやるのはどうかと思うけど、

知り合い程度の間柄で指摘することではない。


「ごめん、邪魔しちゃったね」


逃げるように本屋から出る。


斎藤さんに迷惑かけてしまった。

彼氏といるところにただのクラスメイトが声をかけてきたんだ。

彼氏が警戒するのも無理はない。

ただこれで痴漢だと騒いでいたら、

もっと大変なことになってただろう。


……いろいろ上手くいかないな。

やり直しした所で俺の能力は変わっていない。

女性との会話が苦手なのも解消されていない。

これで本当に文化祭上手くやれるだろうか……。


いろいろ考えながらトボトボと歩いて気がついた。

あ、自転車置いてきてしまった。

面倒だけど取りに戻らないと……。

ほんと駄目駄目だな、俺……。

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