「大丈夫ですか!!しっかりしてください!!」
何か遠くで声が聞こえる。
あれ……、何があったんだっけ?
たしか道を歩いていて、
対向車線の車が歩いているこっちに向かってきて……。
ああ、そうだ。それで避けようとしたんだ。
そしたら避けた方向に車が曲がってきて……。
ということはきっと轢かれたんだろうな。
あ、なんか映像が見えるぞ。
死ぬ直前は走馬灯を見るって言うけど本当なんだなぁ。
これは社会人5年めで大失敗した時のやつ、
あの時は本気で会社を辞めるか悩んだなぁ。
あ、これは入社直後に転勤を命じられた時のやつだ。
いきなり引っ越しする羽目になって大慌てだったなぁ。
これは……高校時代か。あの時が一番いろいろあったなぁ。
良いことも悪いこともいろいろあった。
総じていえば良い人生だったと思う。
ただ結局彼女いない歴=年齢だったなぁ。
大学生のころに告白も何度かしたけど全て断られた。
社会人になってからはそもそも女性との交流自体なかったから、
告白以前に好きになる相手もいなかった。
風俗とかも怖くて行かなかったから結局童貞のままだった。
一度ぐらい経験してみたかったなぁ……。
「後悔したことはあるかい?」
「突然出てきたあんたは誰だよ」
「僕? そうだね、僕は神の使いだよ」
夢の中でいろいろ思い返していると、
神の使いとかいう少年が声をかけてきた。
こんな記憶あったかな?
さすがにこれほど怪しい人間は忘れないと思うんだけど。
「君の記憶の中の人物ではないよ」
口に出した覚えがないのに返事された。
年下っぽいのになんか偉そうだ。
「なんだ、夢か」
「いやいやいや夢じゃないって言ってるだろう?」
「じゃあなんだってんだよ」
「生と死の狭間」
「は?」
「君の後悔をやり直させてあげようという神の慈悲さ」
「はぁ」
頭がおかしくなったんだろうか。
自分の夢の中なのに言ってる意味が分からない。
後悔をやり直すってなんだよ。
童貞捨てさせてくれるとか?
それなら美人の女神連れて来いよ。
男じゃどうしようもないだろ。
「後悔したことはあるだろう?例えば高校生のころに」
高校……。後悔……。
そうか、たしかに1つだけ大きい後悔がある。
童貞なんかよりはるかに大きい後悔が。
「お、浮かんでるそれにしよう。じゃあ第二の人生頑張ってね」
「は? 何言って」
いきなり世界が回転しはじめた。
平衡感覚がわからなくて目が回る。
・・・
目覚ましが鳴る音がする。
無意識に目覚ましを止めて目を開く。
「あれ? こんなに遠くが見えたっけ?」
普段より明らかに遠くが見える。
とはいえぼやけるのは変わらないけど。
(というか、ここどこだ?)
俺はたしか事故にあって、変な夢を見て……。
あわてて周りを見る。
ぼんやりとしか見えないけど、
あきらかに室内だ。
無駄に大きいベッド、
無駄に大きいブラウン管のテレビ。
本棚には漫画がぎっしりで、
壁にはゲームのポスターが貼ってある。
どう見ても実家に住んでいた頃の俺の部屋だ。
手近にあった週刊誌を見てみる。
高校一年の時の日付だ。
「え?本当にやり直し?」
てっきり俺の夢の中の話だと……。
「いや、違う。これが夢なのか」
きっと過去に戻った夢を見てるんだ。
今までにも明晰夢は何度か見たことがある。
こんなに意識がはっきりしているのは初めてだけど。
「起きたかーー!!」
下から親の呼ぶ声が聞こえる。
懐かしいな、いつも1階から呼んでたんだよ。
眼鏡はたしか枕元に置いていたはず。
眼鏡は懐かしいフレームだった。
そうそう、昔はこんな眼鏡してた。
ああ、遠くが見えるのは当時は視力が多少良かったのか。
でも夢の中なのに眼鏡が必要って面倒だよな。
どうせなら視力を上げられないかな?
念じてみるけど特に視力は上がらない。
あれ?明晰夢の時って念じたら大体いけると思うんだけど。
まあたまに願いが微妙に叶わないこともあったかな。
夢の中で空を飛びたいって願ったのに、
本当に少し浮くだけだったことがあったんだよ。
夢の中で必死に高く飛べない理由を考察していたけど、
起きた後で考えると前提が明らかにおかしかった。
なんだよ、気力が足りないから高く飛べないって。
「はよご飯食べんかーー!!」
「わかった!!」
夢の中なのに怒られてしまった。
さっさと下に降りるか。
「おはよう、兄ちゃん」
「兄貴また寝坊かよ」
「おはよう、寝坊じゃないぞ、ちょっと考え事してただけだ」
弟二人がすでにキッチンにいた。
もう既に半分以上終わっている。
相変わらずふたりとも食べるのが早い。
「ほら、さっさと食べ」
母親に急かされてご飯を食べる。
(朝からしっかりご飯を食べるのなんて久しぶりだな)
「6月10日、今日の運勢は……」
テレビでは占いをやっている。
今日は運勢1位らしい。
ご飯を食べ終わった後は、
着替えて自転車に乗って学校に向かう。
「うわ、なつかしい。まだ取り壊されてない」
今はもうなくなったでかい本屋がある。
よく学校帰りに立ち読みしてたんだよな。
大学に行ってすぐぐらいに潰れてしまった。
おかげで本を買うのに苦労することになったんだよ。
逆に学校近くのスーパーはまだ見る影もない。
卒業して数年後に出来たから仕方ないよな。
在学中にあれば便利だったのに。
昔を懐かしみながら学校についた。
ただ問題があった。下駄箱の配置が分からない。
こんな細かいことを覚えているわけがないし、
間違えると非常に面倒だろう。
しばらく悩んでいたが下駄箱の命名規則に気づいたので、
なんとか自分の上履きを見つけることができた。
3年間同じクラスメイトという特殊な学校だったから、
クラスメイトの名前を大体覚えていたのが幸いだった。
(それにしてもおかしい、夢の中でこんなことに悩むか?)
こういうどうでもいいシーンは大体スキップされるものだと思う。
疑問を感じつつ教室に向かう。
教室にはもう大勢の人がいた。
(だいぶ遅くなってしまった)
ただそのおかげで席が埋まっているので、
自分の席を思い出すことが出来た。
「おはよう、遅かったな」
「おはよう、寝坊したんだ」
自分の席に向かう途中で友達の谷口が挨拶してきた。
(久しぶりに顔を見たな)
学校を卒業して遠くに引っ越してしまったので、
大分会っていない。
最後に会ったのはもう何年前だろうか。
「おはよう、高木君」
「おはよう」
席に着くと後ろの席の島村さんが声をかけてきた。
(夢の中でも美人だなぁ)
ポニーテールでぱっちり一重の女子だ。
肌が小麦色で彫りの深い顔をしている。
中東系の顔と日本人の顔のいいとこ取りで、
いつ見ても美人だと思う。
小学校のころはよく一緒に遊んでいた記憶があるけど、
中学校が別だったので交流がなくなってしまった。
高校で同じクラスになった時は驚いたし、
かなり美人になっていたので、
昔のように声をかけることが出来なかった。
今も多少会話はするけどそれだけ。
小学校で仲が良かったなんて言われても困るだろうし、
もしかしたら俺が仲良かったと思っているだけかもしれない。
「いつもより遅かったね」
「寝坊しちゃって」
「そうなんだ」
柔らかな笑顔で返事を返してくれる。
もっと話したいと常々思うのだけど、
何も話題を出せなくて終わってしまう。
夢の中ぐらい上手に会話出来てもいいものだろうに。
「おはよー」
「おはよう、希望遅かったね」
「朝練だよ」
遠くで声がしたのでそちらを見ると、
女の子が入ってきて他の子と雑談していた。
俺が驚いて固まっていると、
その女の子と目があって少し微笑んでくれた。
その瞬間、これは夢じゃないと理解した。
だってあれだけ怒らせたんだ。
夢の中とはいえ微笑んでくれるなんてありえない。
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