あれから4年…色々なことがあったなぁと懐かしい地元の景色を見て記憶を振り返る。
あの日を境に、私と翼の関係はただの他人同士になった。
どんなに両親が遅く帰ろうとも、同じ家で同じ時を過ごすことはない。
どんなに学校で顔を合わせても、挨拶をするどころか目を合わせることもない。
高校を卒業してからも、その関係が変わることはなかった。
通う大学が近かった所為で、通学時間が時々被る。
同じ電車のホームで待っている時も、偶然帰りの時間が重なって同じ車両になってしまった時も…私達の関係は、変わることなく他人のままだった。
そんな状況に耐えられなくなったのは、言うまでもなくずっと翼のことを想い続けていた私の方。
どんなに時が経っても、どんなに歳を重ねても、想いはどんどん膨らんで限界を知らない。
消えろ消えろと何度唱えても、意味なんて無かった。これっぽっちも無かった。
だから…
大学へ入学してから半年後、私は実家から離れて一人暮らしを始めた。
もう通学の度に、胸を高鳴らせることもない。
駅のホームで、見知った姿を探すこともない。
車両の外を眺めている、愛しい背中を見つめることもない。
君の姿を視界にさえ入れなければ、ずっと消えてくれなかった感情も少しは薄れてくれるんじゃないかと思っていた。
結果はこの通りだ。
消えて無くならないことくらい少し考えればわかるはずなのに、私が無駄だと気づいたのは一人暮らしを始めてから数日後のことだった。
姿が見れなくなった途端、頭の中に浮かんでくるのは一緒に過ごした頃の記憶ばかり。
いつだって側で笑ってくれていたこと。
親のことで辛い時や寂しかった時も、必ず側で支えてくれていたこと。
どんなに冷たい態度をとっても、私から離れずに家族でいてくれたこと。
思い出せば思い出すほど、想いは止まることなく膨張していく。
ガタンゴトンと鳴り響く電車の音を聞くだけで、彼がまた近くにいるんじゃないかと錯覚してしまう。
いくら場所が変わっても、台所に立ってまな板を目の前に包丁を握れば、18年間の愛しい記憶がより鮮明に蘇ってきてしまう。
忘れられるわけがない。
消えてくれるわけがない。
こんなことで消えてくれるくらいなら、もうとっくに足を地面につけて歩いているはずなんだから。
もっともっと、顔を上げて別の道を歩んでいるはずなんだから。
新鮮な空気を欲しようと足掻けば足掻くほど、私の体は鉛のように奥深い海の底へ沈んでいく。
目指す海面は程遠くて、空気だけがコポコポと口から漏れ出していってしまう。
そんな光景を脳裏に思い浮かべた瞬間、ふと私の中で違う考えが浮かんだ。
もういっそのこと、海の中でも良いんじゃないかって。
空気のない海中は苦しくても、目を開けて前を見さえすれば綺麗な世界が広がってるんじゃないかって。
君のことを忘れられない自分を受け入れる。
消えてくれない想いも全て受け入れた上で前を向く。
自分の想いを消さなくてもいいんだと思った瞬間、不思議と体が軽くなって肺で呼吸が出来るようになった。
忘れることが必ずしも幸せとは限らない。
想いを掻き消すことが、前に進む一歩になるとは限らない。
想いに気づかないフリをしていた時より、想いを消そうと必死にもがいていた時より、ずっとずっと今の自分は楽になった。
私は君のことが大好きだ。
何年経っても忘れられないくらい、この先ずっと永遠に消せないくらい、君のことが大好きだ。
見返りがほしいわけでも、もう振り向いてほしいわけでもない。
ただただ想ってる。
君が愛しくて大切で、誰よりも笑っていてほしい幸せでいてほしいと願ってる。
誰かに偽善だと言われるかもしれない。
片想いを続けている自分に酔っているんだと、そう言われるかもしれない。
それでも胸を張って顔を上げて、一歩一歩前へ進みながら叫んでみせる。
私は君のことが、大好きなんだと…
「…翼」
目を閉じて、大切なものを愛でるように持っていた鞄を擦る。
中に入れてきたものを思い出して、フッと笑みが零れた。
今すぐ鞄から取り出したくなる衝動を抑えて、目的の場所まで足を進めていく。
4年ぶりの景色に幸せと寂しさを感じていたその時、横断歩道の向こう側に懐かしい人を発見した。
景色だけじゃなくて、出くわす人までも懐かしい。
その人は誰かと話をしている途中で私の存在に気づき、一度目を逸らしてから勢いよく背中を向けた。
私が笑いながら右手を上げて軽く挨拶したにも関わらず、向こうは一瞬で目を背けてしまう。
そりゃそうか。
今までずっと距離を置いていたのにいきなり挨拶を返すわけもない。
もともと横断歩道を渡るつもりはなかったから、仕方なくこちらも目を逸らして目的の方向へと向き直る。
微かだけど、また昔の記憶が頭の中を駆け巡っていく。
この年になっても残る記憶をぐっと封じ込めようとした刹那、ぐいっと右腕を引っ張られる感覚がした。
驚きながら振り返れば、そこにはさっきまで横断歩道の向こう側にいた懐かしい人が立っている。
息を切らしながらする少し怒ったような表情。
どくどくと胸が騒ぎ出す中、先に声を発したのは息を切らしている向こうの方だった。