現実はそんなに甘ったるいもんじゃない。
そう何度も自分に言い聞かせていた頃が懐かしい。
昔の自分を思い返せば思い返すほど、失敗したことや後悔したことが頭の中を埋め尽くしていく。
「あ、ひな。もう帰んの?」
「うん、優衣には悪いけど。こっちに帰ってきたの久々だし寄りたい所もあるから」
「えー、せっかく大学時代の恋愛話を根掘り葉掘り聞こうと思ったのに」
「はは、もう二度と来ねェ」
高校生の時と比べて外見だけは大人っぽくなった友人。
その友人に笑顔で冗談を言いながら、春用のコートと鞄を手に持って立ち上がる。
しばらく会えていなかったはずなのに、笑いながらこんな冗談を言えるのは…相手が心の許せる、最高の友人だったからだ。
「えー、本当に帰るの?」
「これからは私もこっちにいるし、優衣だってここにいるんだから会おうと思えば毎日会えるじゃん」
「まあそれはそうだけどさー」
優衣が可愛らしく頬を膨らませながら近づいてくる。
これだけは聞かせてくれと言わんばかりに、腕をぐいっと引っ張って耳元でぼそっと呟いてきた。
その質問を聞こえなかったかのように振る舞いながら、優衣ちょっと見ないうちに大人っぽくなったねーと思い切り話題を逸らす。
はははと乾いた笑い付きで優衣の容姿をもう一度見たら、実際本当に大人っぽくなっていて改めて驚いた。
黒だった髪はかなり明るくなっていて、ロングだった髪はバッサリと短くなっている。
昔とは全然違う優衣の容姿に、それだけ年月が経ったんだということを思い知らされた。
まあ優衣の場合、校則から解放されて4年も海外に行ってたんだから容姿が変わるのは当たり前か…
「ぐッ…」
「羽交い締めにしても話したがらないってことはー…」
「もう嫌だ!帰る!離して!」
「…!まさか!ひなまだ大宮くんのこと好きだったりするの?!」
驚きながら大声で聞かれた質問に、とりあえず片手で首を絞めるのはやめろと目で訴える。
声どころか呼吸すらさせてもらえなかったことで目はかなり血走っていた。私はニワトリか。
「電話でも大学で恋人出来たの?って聞いたのに答えなかったのはそういうこと?!」
「ッ…ゲホ!ゴホ!」
「嘘でしょ!もう4年も経つのに?!少女漫画じゃないんだからキャー!」
「もうほんと中身は何にも変わってないな…」
一人で盛り上がっている優衣を見ながら、やっと離してもらえた首を大げさに摩る。
苦しかったから、っていう理由もあった。
けどある意味照れ隠しっていう理由の方が強かったのかもしれない。
ずっと優衣に言えなかったことを…
ずっとずっと、自分の口からはっきり話さなかったことを今ここで言おうと思ったから。
「もうひな!何で言ってくんなかったの?!私が海外に行ってても電話とかメールとかやってたのに!」
「……。」
「大宮くんのことまだ好きなら好きってちゃんと優衣にも報告してくれないと駄目じゃ…」
「…好きだよ」
ずっと、高校生の頃から好きだった。今まで言えなくてごめん…
そう相手の目を見て微笑みながら呟く。
でもやっぱり少し照れ臭くなって、すぐに目を下へ伏せてしまった。
「ちゃんと優衣には顔見て伝えたかったから…好きだってこと」
「え、なんか今優衣告られてる?」
「違うわ!翼のことだよ!!」
「…へへ」
大声で突っ込みを入れながらもう一度優衣に視線を合わせたら、嬉しそうな…優しい表情で微笑まれた。
その顔を見た瞬間、今まで伝えきれてなかったものが込み上げてきて、久々に喉を締め付けられる。
両腕を開いて催促してくる優衣へ、今度は照れることなく腕を開いて飛びこんだ。
ぎゅっと優しく包み込まれたのと同時に、涙が一筋だけ頬を伝っていく。
「優衣…ありがとう」
「何がー?」
「優衣に色んなこと教わったから…お陰で大人になれたよ」
「えー、ひな見た目全然変わってないじゃん。胸らしき感触が見当たらない」
「悪かったな貧乳で」
こっちが感極まって涙まで流しているというのに、当の本人は何もしていないかのように振る舞ってくる。
優衣の諭してくれたことがどれだけ大きくて大切なことだったのか、大人になった今になっても身に染みてわかるよ。
「…ねえ、ひな」
「何?」
「…ひなは今」
…幸せですか?
そう優しく問われた質問に、一瞬答えるのを戸惑った。
たぶん優衣はまた、私のためを想って諭そうとしてくれている。
私が何年も抱き続けている、相手への想いについて…
だから今、私が言わなきゃいけない正しい回答はこうだ。
「…すごくすごく、幸せですよ」
優衣が気付かせてくれた想いを、未だに引きずっていること。
目を瞑れば今でも一緒にいられたあの頃を思い出して、涙を流しそうになること。
それらを全部含めて、今ここにいる自分は幸せだと宣言する。
優衣が気にしないようにと気を遣ったわけじゃない。
自分の心を偽って強がっているわけでもない。
想いを否定し続けて見ないふりをしていたあの頃よりも、今の方が心から…幸せだと思うから。
本当に、幸せだって言ったことは嘘じゃないんだよ。
だからほら…
「優衣…泣かないで」
「だって…」
「私は優衣も同じくらい大好きだから、優衣がいてくれて幸せだよ」
「さっきは違うって全力で否定したくせに」
「ごめんって」
ははっと笑い合いながら、抱きしめている腕の力を強くする。
優衣がいてくれたから、私は自分の想いに気付いて前へ進むことが出来た。
優衣がいてくれたから、私は自分の幼さに気付いて大人になることが出来た。
何も話そうとしない私を見捨てずに、ずっと支え続けてくれていた。
4年間、優衣はここから一番離れた地球の反対側で生活していたけど、それでも、心はずっと側にいてくれてたって断言できるよ。
「優衣、ありがとう…お帰り」
「う゛、うッ…ただいま!」
「また明日、優衣が予定無いなら遊びに行こうよ」
「駄目だよ家じゃないと!今まで聞けなかった分色々聞きまくりたいんだから!」
「そりゃそうか、あはは。さようなら」
後ろから優衣の止める声が聞こえたけど、そのまま足を止めずに玄関の方へと向かう。
靴を履いている間、優衣がぶーぶーと言い続けていたけどそれも無視して玄関の扉へ腕を伸ばした。
「じゃあ、また明日」
「もう!そんなに大事な用事なの?寄りたい所ってどこよ!」
「んー、そうだなぁ。強いて言うなら…」
思い出の場所。
そう微笑みながら伝えれば、優衣が悟ったような顔をして大人しくなる。
文句を言っていた口を突然一文字に結び出して、少しつり上がっていた眉は途端に下がりだした。
「明日、ちゃんと全部話すよ。今まであったことも、これからのことも…」
「…ひな」
「長くなるけど…聞いてくれる?」
当たり前でしょう!と威勢の良い返事が来てほっとする。
笑ってお礼を返そうとした口は、優衣が背中を勢いよく叩いてきたことによって閉ざされた。
行ってらっしゃい…と優しく微笑みながら手を振ってくる。
ジンジンと痛む背中に顔を顰めた後、行ってきます!と元気な声を上げてから笑顔でその場を後にした。