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No.15 第7話『大好きだった君へ』- 2



「…俺は、中学の時まで…ひなのことが好きだった」



突然切り出された告白に、ドクッと心臓が大きく脈打つ。


聞き間違えたのかと思った翼の告白は、次から次へと話される新たな告白によって間違いじゃないんだと気付かされた。


「ひなが…全く俺のこと見てないのはわかってた。2人でいる時も、学校にいる時も…俺のことは幼馴染で、家族としてしか見てないことはわかってた」

「…!」

「特に学校では俺のこと避けてて、話しかけても無視で…親しいこと周りの奴に話したら、ひなすっげェ怒って家でも一週間口きかなくなって…」


あの頃のこと、ひなは覚えてる…?


そう聞かれた質問に、一度言葉が詰まって出てこなくなった。

代わりに大きく首を縦に振ってから、翼の方へと体を向ける。


学校で避けていたことも、話しかけられて無視していたことも、怒って口をきかなくなったことも…全部全部ちゃんとした理由があった。


そのことを伝えたくて翼の顔をまともに見た瞬間、言おうとしていた言葉が自分の中へと戻っていく。


戻ってきた言葉が心臓の辺りを突き刺して、ドクドクと血を流しているみたいに苦しくなる。

一筋の涙が頬へ伝っていったのは、振られている私じゃなくて翼の方だった。


「ごめん、今は…言いたいことあっても最後まで聞いてて。ちゃんと説明出来るかわかんねェけど…ちゃんと聞いてて」

「…わか、った」


頬に伝っていった涙を乱暴に左腕で拭ってから、また前へと向き直る。

真っ直ぐ前だけを見据えて話を続けようとする翼に、いつの間にか目が離せなくなっていた。


ズキズキと痛む胸の痛みは…中学の時の翼に比べれば小さいものなのかもしれない。

あの時私はなんて酷いことをしてたんだろう。


「俺、中3の時に…自分の気持ち踏ん切りつけて、ひなのこと諦めてた。もし異性として好きだってバレたら…絶対嫌われると思って。これ以上嫌われたくないと思って」


こんな風に、深く深く傷つけていたなんて気付かなかった。

こんな風に、翼が想っていてくれたことなんて知らなかった。


「だから俺は…ひなのことを家族だと思うようにした。何度も何度も自分に言い聞かせて、思うようにした」


知らないうちに、私はどれだけ翼を傷つけた…?


笑顔で歩み寄ってくる君に、どんな態度で返してた?

手を差し伸べてきた君に、どうやって払いのけてた?


思い返せば思い返すほど、後悔と謝罪の言葉ばかり浮かんでくる。


「始めは難しかった。1回好きだって思ったのを家族だって思うようにすんのは辛かった。けど高校に入って歳を重ねてくうちに、少しずつ想いも薄れていってた」


君の心が離れて行った様を、より鮮明に思い浮かべる。


自分がしてしまったことを償うように、自分の罪を罰するように。


今君のことが好きな自分を、より深く傷つけるように。


「高橋が告白してきた時には…ひなへの恋愛感情も無くなってた。あんだけ好きだった感情も、3年も経てば無くなんのかって…薄情な奴だなって、自分でも思った」

「…そんなことない。翼が好きじゃなくなるのは当然だよ。私が…」

「まだ…言いたいこと言えてない。ひなは俺が良いって言うまでしゃべんの禁止」

「…わかった」


無理に口角を上げて笑いながら言われた言葉に、返事だけをして素直に黙りこむ。


翼の言いたいことを全て言い終えるまで、何も言わずに耳を傾ける。

一度目を閉じた後ゆっくりと開いて、涙を流さないようにグッと奥歯を噛みしめた。


「…高橋の告白を受け入れた時、ひなへの恋愛感情は無かったけど、特別高橋が好きなわけでもなかった。ただその時告白してくれた高橋の目が…真っ直ぐで、綺麗だと思った」

「うん…」

「それで、付き合ったその日に高橋が女子から呼び出されてんのたまたま気付いて…イジメられてんのわかった。それの原因が俺だってことも…」


そう言い終えた後、今まで前を向いていた翼が顔を俯ける。

ギリッと歯を食いしばるような音が聞こえて、思わず翼の背中へと右手を伸ばす。


大丈夫かと顔を覗きこもうとした瞬間、下を向いていた翼がこちらへ勢いよく振り向いた。


「ひながイジメられてたって俺に言った時は、大したことない程度だと思ってた!」


高橋がイジメられてたのも、呼び出されて別れろって言われてたくらいで、ひなならあれくらい大丈夫だったろうなって…勝手にそう、思ってた。


けど、そんなもんじゃなかった。

高橋のこと守ってるうちにわかってきたのは、ひなが今までどんな経験してきたかってことだった。


やられてる高橋守りながら思ったのは、何でひなの時は気付いてやれなかったんだろうって…

何で、ひなのことは守ってやれなかったんだろうっていう、後悔だった。


汚れた制服の理由を聞かれても、高橋を守ったからだなんて言えなかった。

ひなの時は守らなくて、高橋の時は守ったんだなんて…口が裂けても言えなかった。


謝ろうと思った。今まで守れなかったこともイジメに気付かなかったことも、謝ろうと思った。

けどいつも通りに笑うひなの顔見たら、安心して…


言い辛いことを無かったことにして、ひなの優しさに甘えてた。


辛いことがあっても俺の側で変わらず笑ってくれてるひなに、馬鹿みたいに甘えまくってた。


「辛い時に、守ってやれなくてごめん。気付いてやれなくてごめん」

「ッ…うん」

「あの時気付いてやれてたらって…今でもずっと後悔してる。あの時守ってやれてたら、ひなだって俺のこと避けなかったんだろうなって」

「うんッ…うん」


今まで治まっていた涙が、また次から次へと溢れ出していく。

落ちていく涙が翼の貸してくれたマフラーを濡らさないように、一生懸命両手で拭う。


何度拭いても間に合わない。

涙の量が多かったのは、悲しさと共に嬉しさも入り混じっていたからだった。


私が抱いていた想いを、翼が理解してくれてて嬉しかった。

辛かったことも悲しかったことも、翼のことを想って笑っていたことも、全部知ってくれてて嬉しかった。


あの時気がついていたら守ってくれていた。

私のことを想ってくれていた。


そのことを聞けただけで、もう十分だと思えた。


幸せだと思えた。

もうこれ以上、何もいらないと思えた。



「ひな…ごめんッ、ひな…!」


「…うん」



だから今から言われることを、しっかりと受け止めて…


笑って…見送ってあげたいと思った。



「俺は…ッ、ひなとは、付き合えない」

「うん…」

「高橋のこと知っていくうちにッ…好きに、なってた。真っ直ぐで…他の奴にイジメられんのわかってたくせに、俺に想い伝えて…イジメられても、俺の目見て笑って好きだって…」

「…うんッ」

「大切に、してやりたい。守ってやりたいって…思う、から…ごめん。ごめん、ひな…」



好きになってくれて、ありがとう…



辛そうに、表情を歪ませながら言われた謝罪の言葉。

悲しそうに、たくさんの涙を頬へ伝わせて言われたお礼の言葉。


その両方を、しっかりと両耳で聞き届けてから頷いた。


ポロポロと零れてくる涙は拭うことなく、笑うことだけに集中して翼を見る。

拭う動作で顔を隠すことなく、翼の目を見て笑って見せる。


親しい関係で会う最後を、悲しい顔で終わらせたくない。

翼が親しかった頃を思い出す時、私の泣き顔を思い出してほしくない。


翼と一緒にいた私は、いつだって笑顔だった。

怒ったりする時もあったけど、それでも、翼といる時のほとんどは笑顔だった。


翼と過ごした18年間は、とても幸せだったから。


とてもとても、幸せだったから…



「翼…」



今まで、一緒にいてくれてありがとう。



そう笑顔で言えた瞬間、目の前の視界が歪んで翼が見え辛くなった。

耐えていた涙が一気に込み上げてきて、ボロボロと大粒の涙が列を作って落ちていく。


瞬きをして目に溜まった涙を落とし切っても、すぐにまた視界を歪めて翼を見え辛くする。

けど瞬きをした一瞬の合間に見えた翼の表情は、泣きながらする笑顔だった。


「ありがとう、翼…。ずっと、今まで側にいてくれてありがとう」

「ッ…ひな」

「18年間、すごくすごく…楽しかった。幸せだった」

「俺も…楽しかった。ひなのお陰で、寂しくなかった」

「うん…ッ」


2人で泣きながら伝え合うことは、たくさんの想いがこもったお礼ばかり。

ありがとうと何度言っても足りない気がして、何度も何度も繰り返す。


このまま続けていてもキリが無いのに、中々自分から止めることが出来なかった。

もうそこまで…来てほしくないと思ってた時が、迫って来ているから…


少しでも長く、翼といたいと思ってしまう自分へ必死の思いで鞭を打つ。

翼が着せてくれたコートとマフラーを脱いで、寒い空気へ自分の体を晒した。

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